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決意

 

 “くだらないな” そう言ったレイヴンの声はとても静かで、伏せた目はどこか寂しそうだった。

 シェリル達はレイヴンが何か悪意があってくだらないと言った訳では無いと気付いていても、その言葉を選んだレイヴンの真意を測り兼ねていた。


「ほんと、くだらねえよ。何だよそりゃ……」


 目を覚ましていたランスロットは、仰向けになって天井をぼうっと見上げたまま呟いた。


「ランスロット、あなたいつの間に……」


「俺だけじゃねえよ。そっちの三人もとっくに起きてるさ。あまりにも俺達には場違いな話だと思ったから、このまま黙ってようかととも思ったんだけどな。この話はくだらねえよ……」


 クレア、ルナ、ミーシャの三人は寄り添い合う様にしてレイヴンにしがみ付いていた。


『お主ら……揃いも揃って妾の魔法が効かぬとはな……』


 翡翠の扱う魔法の中でも決して効果の強い魔法では無かった。だとしても、まだ半日も経たない内に全員が魔法の効果から立ち直っているというのは驚きだ。


「じゃあ、今までの話は……」


「ああ。全部じゃねえけど、聞こえてたぜ。にしたってよ、何なんだよ神だの悪魔だのって。いいや、そんな事よりよ……人が人を好きになって夫婦になろうってのに、種族なんか関係ねえじゃねえか。神や悪魔ってのは随分と狭量なんだな。人の恋路を何とかってやつだ。くそ……胸糞悪いぜ」


 ランスロットの言う通りだった。

 人が人を好きになるのに種族は関係無い。それが例え禁じられた恋路であったとしても、世界の均衡を揺るがす禁忌だったとしてもだ。


「馬鹿ランスロット。これはそんなに簡単な話じゃ……!」


「簡単だね。簡単過ぎるんだよ。だから、くだらねえって言ったんだ」


 レイヴンがくだらないと言ったのもおそらく同じ理由だ。


「彼等の行いを擁護する訳ではありませんが……それでも、世界の理に干渉出来る力は脅威なのです。私は彼等と同じ立場でありながら、手を出さない事でしか抗う術を持ちませんでした。何と言われても弁明の余地は無い。けれど、世界に逆らうというのはそれだけ重い事なのだという事は分かって頂きたい」


 アルフレッドの言葉を絞り出す様子に翡翠達も何も言えずに黙っていた。

 手を出さない事でしか抗えない。あの場にいた誰もが見殺しにした様な物だ。その気持ちはよく分かる。


「だが、リヴェリアは手を出した。そうだな?」


「……ええ。リヴェリアには辛い役目を負わせてしまったわ……」


 二人が世界を相手に戦いを始めた時、当初はリヴェリアも手を出さずに見守っていたそうだ。竜人であるリヴェリアもまた聖の魔力を持つ者。世界を相手に戦う訳にはいかなかった。


 リヴェリアは戦いに参加しない代わりに、食料や替えの衣服、武器や回復薬の調達に至るまで、戦いに必要な物資の全てを一人で用意して届けたそうだ。

 だが、世界を相手にたった二人で戦うのは、如何に魔王と神の眷族と言えど無謀な事だった。戦いは苛烈を極め、昼夜を問わず何日も戦い続けた。

 やがてアイザックが倒れ、残すはシェリルだけとなった時になって、リヴェリアは決断した。


『言っておくが自暴自棄になったのでは無いぞ。リヴェリアは自らの意思で選んだのじゃ』


 “シェリルが誰かの手にかかるくらいなら、いっそ自分の手で”


『妾達には最後まで出来なかった……』


「あの決断は誰にでも出来る事ではありません。リヴェリア以外には出来なかった。……世界がどうのという以前に、戦いは何の関係も無い人達や生態系にまで影響を及ぼしていました。当然、彼女にはそんな事どうでも良かったと思います。しかし……」


「リヴェリアはシェリルを……無二の親友を手にかけた。世界に向かって戦いの終わりを宣言した時のリヴェリアの顔は今でも忘れられないわ……」


 愛剣レーヴァテインを高らかに掲げたリヴェリアの精神は既に壊れていた。

 哭いていたのか、それとも嗤っていたのか……。

 声にならない悲痛な叫びは戦いの終わりを告げ、多大な犠牲を払った神と悪魔も、それぞれ兵を引いた。


 愛し合っていた二人の命と芽生えたばかりの新しい命を犠牲に、崩れかけた世界の均衡はギリギリの処で持ち堪えた。


「皆さんもリヴェリアがどういう人物なのかよくご存知でしょう。彼女は清廉にして潔白。他に類を見ない程に真っ直ぐで、竜王の名に恥じない高潔な人物です。そして強大な力を有している実力者でもある。そんな彼女が……いや、彼女でさえ、世界には抗えなかった」


「……」


「レイヴン、貴方の考えが簡単に変わったりしない事はもう分かりました。もう説得しようなどとは思いません。けれど、最後にもう一度だけ言わせて欲しい。世界の理を変えようなどとは思わないでください。世界は貴方が思っている程、優しくはないのです」


『主の力は当時のリヴェリアすらも超えておるじゃろう。しかし、世界を相手にするにはあまりにも非力過ぎる。これは精霊王として世界を想うから言うのでは無い。主と共に歩む者の事を考えろと言っておる』


 アルフレッドも翡翠も、そしてカレンも考えは同じなのだろう。表情を見る限り決意は固い様だ。


 世界樹の力を使えば延命出来る。願いを叶える力を使った歪みが取り除かれれば、暫くは魔物堕ちも避けられるだろう。

 クレア達と旅を続けるというささやかな願いを叶える事も出来る。

 だが、そんな事をしても結末は変わらない。

 何をしたところで、いずれは魔物堕ちする。ならば、世界に、運命に抗って道を切り開く他に選択肢は無い。


 沈黙を守っていたシェリルがレイヴンに先んじて口を開いた。


「貴方の思うようになさい。最期の瞬間まで願いを込めて手を伸ばし続けなさい。願いの力は万能じゃ無い。けれど、きっと応えてくれる。後悔だけはしない様に……他の誰が貴方の敵になったとしても、私はレイヴンの味方だから」


 シェリルの言葉に誰も反論はしなかった。


 当事者であったシェリル以上の言葉など出てくる筈も無く、母親として息子に言い聞かせる姿を見ては、そこに挟む言葉があろう筈が無かった。


 選ぶのはレイヴンだ。

 どちらの言葉を選んでも、正否など決められ無い。

 あるのは己がどうありたいと願うのか。それだけだ。


 ランスロット達も黙ってレイヴンを見ているだけで何か言葉をかけたり、喋ろうとはしなかった。


 レイヴンは皆を見回した後、ゆっくりと口を開いた。


「問題無い。俺は俺だ。世界が相手だろうが、神だろうが悪魔だろうが、誰にも邪魔はさせない。世界の理は俺が変える。だがそれは、自分に都合の良い世界を作る為じゃ無い。崩れた均衡とやらも歪みも、全て元に戻す。

 リアーナは俺に言ったんだ。朝、目が覚めたら“おはよう” の一言で今日が始まる。畑を耕し、腹が減れば飯を食い、夜になれば“おやすみ” と言って眠りにつく。そしてまた朝が来て新しい一日が始まるのだと。

 その日を生きる為に毎日戦い続けるのには、もううんざりだ。俺は戦う為に産まれた訳じゃ無い。こんな力も要らない。特別なんか要らない。俺はありふれた当たり前が欲しいだけなんだ。皆んなと笑って過ごせるだけで満足なんだ。だからーーー」


 レイヴンは自分を落ち着かせる様に、一度大きく息を吸い込んだ。


 右も左も分からず、毎日戦いに明け暮れるしかなかった頃を思えば、贅沢な願いだ。


 未だに自分の足元も覚束ない。皆に足元を照らしてもらってようやく歩けているところだ。けれども、長い戦いの日々を過ごして足掻く内に、どんな後悔があろうと歩みを止めず、前へと進もうとするなら、手を差し伸べてくれる人がいると知った。


 小さな一歩だ。

 けれど、途轍もなく大きく前へと踏み出せた。


「俺に皆の力を貸して欲しい。世界を破滅に導く為じゃ無い。当たり前が当たり前にある世界にする為に、世界と戦う為の力を貸してくれないだろうか。……どうやら俺は随分と我儘になったらしい。明日だけじゃ足りないと思い始めている。俺は、未来が欲しい」


 “未来が欲しい”

 その言葉はレイヴンの決意の表れだった。


 皆はそんなレイヴンを誇らしく思いながら、万感の想いで頷いた。



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