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ダストンを探して

 カイトのいた街の入り口の門は固く閉じられていた。

 外で鎖に繋がれていた兵士達の姿も見えず、 レイヴンの倒した魔物の死体も何処かへ消えてしまっている。


 新しく積もった雪は戦闘の痕跡を綺麗に消し去って、レイヴン達の足跡を刻んでいた。


「この街か?壁とか門の周りの氷とか雪が取り除かれてるって事は人がいるんだよな?」


「ああ。だが、いたとしても兵士だけだろう。俺が街へ入った時にはもぬけの殻だった」


「煙も見えるし、ほんの少しだけど食べ物の匂いがする……」


 門の外から見る街は至って普通の街にしか思えない。しかし、問題は門の先だ。

 大人のいない子供だけの街はカイトが仕切っている。


 地下にあった部屋は全て食料備蓄庫。レイヴンがサラ達に渡した食料はその一室から取って来た物だ。

 この街の規模であれば最低でも五年。食い詰めれば十年は食べて行けるだけの量が保存されていると思われた。と言っても、魔法や魔具を使わない限り十年もの間食料を保存する事は不可能だ。だが、レイヴンが入った部屋にはそれらしい痕跡は何もなかった。

 考えられる方法としては旅人から奪った食料を部屋毎に備蓄する事。ダストンが普通の商人としてこの街を訪れたのなら、あの備蓄庫にあった食料の中にもカイトに奪われたダストン達の食料があったのかもしれない。


「どうする?人を探すなら中へ入る必要がある。二手に分かれて探した方が早いだろう」


「いや。ランスロット達は四人で固まっていてくれ」


「おいおい、もう忘れたのか?俺達はーーーー」


「そうでは無い。ただ、探しているダストンとはちょっとした因縁がある。俺が昔、奴隷だった事は知っているか?」


「ああ……詳しくは知らねえけどな」


 ランスロットとゲイルは既にレイヴンが何を言おうとしているか察した様だった。


「ダストンはかつてのーーーー」


「言わなくて良い……!ただ、一つだけ聞かせてくれねえか。どうしてそんな奴を助ける?俺なら助けねえ。誰に何と言われようが助ける気にはなれねぇよ」


 ランスロットは疑問を口にしようとしたクレアとルナの前に立ってそれを遮った。


 いつに無く真剣な目をしたランスロットの雰囲気に二人も何かを感じ取った様だった。

 大人しく後ろに下がって黙っている。


「恨んでいるかと聞かれたなら、今でも恨んでいると答える。俺は前に進んだからといって何もかも許せるほど器用じゃ無い。それでも……」


 それはレイヴンの中に現れた変化の一つ。

 人は変わる事が出来る生き物だと知ったのだ。

 これはレイヴンにとって、サラと出会った事で気付く事が出来た新しい発見だった。


 これまで出会って来た中には、救いようの無い悪党やクズがいた。

 欲に目が眩んだ連中の事だ。

 ダストンのやって来た事はその最たる物と言えるだろう。

 だが、ダストンは逃げなかった。まだ食料も体力も残っている内にサラと仲間を連れて逃げる事が出来たのに、街の人間を助けて北の大陸に残った。

 カイトに弱味を握られていたのかもしれない。それでももっと他に選択肢はあったと思う。それ位の事は考え付く奴だ。


 あの時こうだったらだとか、自分の無知や無力を言い訳にするつもりは無い。

 それでも、近くにいた誰かがほんの少しだけ優しさを分けてくれていたなら……そう思った事はある。

 だからという訳では無いけれど、自分がその役になってみれば良いんだと気付いた時には少し気持ちが楽になった。


 どうせ人間のやる事なんてどどのつまりは自己満足。無償だの何だと謳ったところで、結局の所そういう事だ。

 まだ出会った事は無いけれど、もしかしたら真に無償を貫く人間もいるかもしれない。


(俺はそこまで器用じゃ無い。だから、自己満足で良い)


 それで誰かがほんのちょっと前に進めるのなら、それで良い。

 それが自分に出来る精一杯なのだから。


「そうだな……。これは依頼だ。俺がサラから受けた依頼の一部。……だから父親であるダストンを助ける。それだけの事だ」


 レイヴンの赤い目には後悔や憎悪といった感情は浮かんでいない。


 出来る事をする。

 それだけなのだ。


「……それだけの事か」


「ああ。それだけの事だ」


「そっか」


 ランスロットは唇の端を僅かに吊り上げてレイヴンの肩を叩いた。


 ランスロットに言わせればレイヴンは自分よりもずっと人間臭い。

 自分がレイヴンと同じ立場なら絶対に許せない。

 しかし、レイヴンは過去を割り切った訳でも無いと言いながら、全く新しい方法を自ら見つけて選んだ。

 恨みの感情では何も拭え無い事をよく分かっている。言うなら、過去を乗り越える為に立ち位置を変えたのだ。


 救われなかった自分の為では無く、救われなかった他人の為に手を伸ばそうというのだから、レイヴンのお人好しには頭が下がる。

 一体どうすればそんな事を考えつくのか検討も付かない。


「じゃあ、しょうがねぇな」


「ああ。仕方ない」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 門に近付いた一行は街の中から聞こえてくる賑やかな声に顔を見合わせた。

 レイヴンの話では街はもぬけの殻。人がいるように見せかけているとも言っていた。


「あんた達、旅人かい?外は寒かっただろう。門を開けるから少し待っていてくれ!


 門の上から顔を出した弓兵は陽気な声でレイヴン達に待つように告げて顔を引っ込めた。


(あの弓兵は確か、俺が気絶させた奴だ)


「どう見ても敵対してるって感じじゃあねぇよな」


「何だかとっても楽しそうな声もする……」


「油断は禁物だ」


 門が錆び付いた音を立てて開く。

 中から出て来たのは魔物を操ってレイヴンとサラ達を襲って来た指揮官の男。


 レイヴン達は警戒し、剣の柄に手をかけて構える。


「あんた達この辺りでは見かけ無い顔だな。何処から来たんだ?」


「……」


「まあまあ、そんなに警戒しなくても良い。街は安全だ。しばらくゆっくりしていくと良い」


 指揮官はレイヴンの事など覚えていない様だった。それどころか、街を案内してやろうと言ってレイヴン達を招き入れた。


「なあ、何か変じゃねぇか?」


「僕もそう思う。敵意は無いみたいだけど、何だか嫌な感じがする」


「とにかく入ってみよう。クレアとルナも警戒はしておけ」


「はい!」


「はーい!」


 街へ足を踏み入れたレイヴンは思わず立ち止まって辺りを見渡した。

 誰もいなかった筈の街は人で溢れ、日常と何ら変わらない生活を送っていたのだ。

 大通りには屋台が並び、芳しい香りが食欲をそそる。行き交う人々も痩せている者は一人もおらず、その表情は活気に満ち溢れていた。

 すれ違う家族は皆、この国に起こっている異変など知らないかの様に幸せそうな笑顔を浮かべている。


(どうなっている?)


「ルナ、魔法や魔術の気配を探れるか⁈ 」


「ううん、駄目……何も感知出来ない。それに幻術の類でも無いみたい。この人達は本物の人間だよ」


「そんな馬鹿な……」


 魔法でも魔術でも無い。

 ならば一体これは何だ?


「街は至って普通だな。特におかしなところは無いようだ」


「どういう事何だ?魔物の気配も臭いもしねぇ……」


「予定に変更は無い。このままダストンを探す。俺は地下へ続く入り口があった場所へ行ってみる。皆は街の中を探してくれ。顔に爪で引っ掻かれた傷跡のある痩せた男だ。見れば直ぐに分かる」


「分かった!行こっ!クレア!」


「え、あ、ルナちゃん、ちょっと待って〜!」


 二人はあっという間に人混みの中へ消えて行った。

 戦闘に関しては大人顔負けの二人ではあるが、やはりまだまだ子供。あちこちの屋台で買い食いしてるのが見えた。

 早速後を追って行ったゲイルに怒られている。


(やれやれ、遊びじゃ無いんだぞ……)


「二人を頼む」


「おう。やらなきゃいけない事は変わねえけど、もう少し肩の力を抜けよ。ま、ルナは抜き過ぎだけどな」


「ああ……」



 ランスロット達と別れたレイヴンは、レイナが指し示した家を探して歩いていた。

 あの時は門からもっと近い場所にあったと思った家が遠く感じる。通りに溢れた人混みを掻き分けて進んで行く。


 これだけの人間が一体何処に居たのか分からない。もしかしたら地下には別の部屋があったのではと考えたが、レイヴンはそれを否定した。

 レイナがいる前では嘘が吐け無い。カイトが話した事が真実である限り、大人はこの街にはいないという話と矛盾する。



 ここで間違い無い。

 そう思って足を止めた場所は空き地になっていた。

 敷地の中を歩いて地下へ繋がる隠し扉を探してみたが、それらしい物は何も無い。


(住人はまだいい。家が丸ごとなくなるだなんて事が……)


「レイヴン!見つけた!見つけたよ!」


 クレアが物凄い勢いでレイヴンの元へやって来た。

 探し始めてまだいくらも時間が経っていないというのにもう見つけたとは驚きだ。

 だがクレアの様子がおかしい。

 酷い汗だ。


「落ち着けクレア。何があった?」


「う、うん。だけど……だけど……」


「案内してくれ」



 クレアに案内されて向かったのは街の中央にある枯れた噴水。

 けれど、今は真っ赤に流れた血で染まっていた。


(何だこれは……)


 周囲の音が遠い。


 ダストンは噴水に張り付けられた状態で見つかったそうだ。

 今はダストンを地面に寝かせてルナが回復魔法をかけている。


「くそ!血が止まらねえ!ルナ、どうにかならねえのか⁈ 」


「そんな事言ったって、これが精一杯なんだよ!」


「だがこのままでは死ぬぞ!」


 全身目を覆いたくなるような酷い怪我を負っていた。

 右手と右足が皮一枚で繋がっているのが分かる。他にもまだ……。


 傷を見た限り魔物に襲われた事は間違い無い。

 生きているのが不思議な状態だった。

 けれど、もっと気になる事がある。


「あははは!ママ、晩ご飯はシチューが良い!」


「じゃあ、材料を買って帰らなきゃね。パパもシチュー大好きだからきっと喜ぶわよ?」


 街の住人達はレイヴン達のいる場所を避けるようにして歩いていた。

 まるで何も見えていないかのように普段通りの生活を続けているのだ。


 それは異様な光景だった。

 現実と理想を同時に見せられている気分だ。


「やっと戻って来たなレイヴン。俺を放って行くなんて酷いじゃないか」


「カイト……」


 カイトは虚な目をした子供達を盾にする様にして再びレイヴンの前に姿を現した。



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