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予感と直感

 

 明けない夜が何なのか。

 それを聞く前にカイト達はレイヴンを連れて何処かへ歩き出した。


 長い長い通路を抜け、幾つもの扉を超えた先にそれはあった。


 街よりも巨大な範囲で広がる“穴”


 ひたすらに深く、その穴は闇を飲み込む様に口を広げていた。

 風の音なのか、それとも腹を空かせた魔物の腹音なのか。

 不気味な音が絶えず響いている。


 一体何処まで続いているのかも検討も付かない。


「何処まで行く気だ?俺は食料が欲しいと言った筈だが?」


「こんな場所で食料がどれだけ貴重か知ってるだろ?簡単には渡せない。あんたには……そうだな、レイヴンと呼ばせてもらう。レイヴンにはこれからちょっとした試験を受けてもらう。俺達の仲間になれるかどうかはそれ次第だ」


「試験?勝手に決めるな。俺はお前達の仲間になる気は無い。協力が必要なら依頼しろ。俺は冒険者だ」


「冒険者?ああ、魔物を専門にした職業の事だな。て事は、レイヴンはこの辺りの人間じゃあ無いんだな。この国には冒険者は存在しないからな。試験と言っても難しい事じゃ無い。会って欲しい人がいる。レイヴンは“あいつ”に認められたみたいだからな」


 カイトの話は要領を得ない。

 一緒に歩いている少年達は黙ったまま。


「認められたとはどういう意味だ?あの女を知っている風な口振りだな」


 カイトはチラリとレイヴンの方を見ると、それ以上は何も言わず唇の端を吊り上げた。



 巨大な穴の脇を通り過ぎた場所に開けた空間があった。


 そこには生活に必要な物資が一通り置かれ、一番奥に見える扉は今までの物よりも頑丈な作りになっていた。

 見張りがいるということは食料を備蓄している部屋なのだろう。一つ気掛かりなのは、見張りを含めて全員が子供だという事。大人の姿は一人も見当たらない。


「こっちだ」


 カイトに案内された部屋は薄暗く異様な気配に満ちていた。


「お前はさっきの……」


 椅子に座っていたのはレイヴンにこの場所を教えた女だった。

 項垂れて動かないが間違い無い。


「やっぱり見えるか。此処には椅子しか無い。俺達の中でも彼女の姿を認識出来る奴は僅かだ」


「どういう事だ。説明しろ」


「その前に聞かせてくれ。何故嘘を吐かなかったんだ?適当にそれらしい事を言えば信じたかもしれない。だが、レイヴンはそうしなかった。答えてくれ。それが試験だ」


 こんな事に付き合っている暇は無い。けれど、食料を得るには試験とやらに合格する他にない。

 まどろっこしい話だと思いつつ、レイヴンは理由を説明する事にした。


「適当な事を言うのを簡単そうに言うが、俺には何も思い付かなかった。兵士を倒したのは事実なのだから証拠はある。嘘を吐く必要の無い事だ。ありのままを話しても無理なら俺にはどうしようもないと思った。力強くで食料を奪う手も考えたが、それでは盗賊と同じだ。俺の本意では無い。それだけだ」


「……こいつは驚いたな。全部真実だ」


「……?」


 疑問を浮かべるレイヴンを見たカイトは椅子に座った女の側に立つ。


「彼女の名前はレイナ。レイナの前ではどんな嘘も通用しない。偽りを口にすれば氷漬けにされているところだった」


(レイナ……見えない者もいるという事はやはり人間では無いのか?)


 魔物でも人間でも無い。実体の無い存在。

 そんな存在があり得るのだろうか。


「それで?試験とやらは合格か?」


「勿論だ。試すような事をしてすまなかった。本当はレイナが見えたと言った時点で信用出来るだろうとは思っていたんだ。でも、どうしても俺の目で確かめておきたかった。確か食料が欲しいと言っていたな。詳しい事情を聞かせて欲しい。俺達の事も含めて話をしよう」


「良いだろう」



 カイトが見張りをしていた少年に何か指示を出した後、先程見た広い空間に移動して話し合いが行われた。

 丸いテーブルについたのはカイトとレイヴンだけ。他の子供達は慌ただしく自分の仕事をこなしていた。


「騒がしくてすまないが、他に空いている部屋が無いんでね」


 巨大な穴を中心にして部屋らしい扉はいくつもあった。その全てが埋まっているとはどういう事なのか分からない。


「食料の事だが……」


「それなら心配無い。仲間を南へ向かわせた。じきに南にいる連中と接触出来るだろう。レイヴンのおかげだ」


「俺のおかげ?何もした覚えが無い」


「俺達はずっと奴等が操っている魔物をどうする事も出来ずに手をこまねいていたんだ。それをレイヴンが倒してくれたおかげで暫くは自由に行動出来るって訳さ。南に生き残りがいるのは()()()()()んだけど、これで助ける事が出来る。ありがとう」


「……そうか。では次だ。此処には大人の姿が無いようだが?」


「それを説明する為には先ず俺達の状況を知って貰う必要がある」



 カイトから聞かされた話によると、この国の名はニブルヘイム。

 かつては緑豊かな国だったという話だ。

 氷に閉ざされた国となってしまった理由は大きく二つあるという。


 一つは前国王の死。

 国王は代々天候を司る神を崇めていた。

 王が正しく治世を行う事を条件に豊穣の恵みをもたらす秘宝を授かっていたとされている。

 だが、問題は国王が秘宝の在り処を誰にも伝えずに死去してしまった事だ。

 崇めるべき神も祭壇も分からず終い。次代の国王には神への信仰心は無く、治世を正しく行わなかった。

 故に神の怒りを買う事になり、大地は氷に閉ざさる事となったそうだ。


 二つ目は現女王の即位。

 国を乱した父王に変わりニブルヘイムの王座についたのは第一王女でも第二王女でも無い。

 国王が戯れに侍女に産ませた娘だった。

 娘はどういう手段を使ったのか、有力な大臣を取り込み自らが女王となった。

 そして、王座につくなり先代国王が正しく治世を行わなかったのは、魔を疎かにしたからだと言って悪魔崇拝を布教した。

 当然、他の大臣達は猛反発した。

 しかし、そんなものが上手く行く筈が無いと誰もが思っていた時に起こってはならない奇跡は起きてしまったのだ。


 氷に閉ざされた状況こそ変わらないものの、魔物の強大な力を操って他国の圧力を排し、国民を救済してみせた。それから食料となる獣と新たなる労働力となる人間を呼び寄せたのだ。

 人間というのは不思議な生き物だ。

 一年中続く過酷な環境も、慣れてしまえば気にならなくなっていった。

 魔物の脅威に怯えて暮らす必要は無くなり、黙っていても食料は自分からやって来る。

 過酷な環境にさえ慣れてしまえば、これ以上の安全な暮らしは他の国では到底得られない。

 女王の即位から僅か一月の間にもたらされた恵みを国民は諸手を挙げて歓迎した。

 その頃には猛反発していた大臣達もすっかり女王を信頼していた。それは最早、狂信的とも言える忠誠心。盲信に近い物かもしれない。

 女王の行いは全てが是となる。

 狂った治世の始まりだった。



「兵士達はこの国の大臣の命令で街を占拠していたんだ。人が住んでいる様に見せかけて、やって来た旅人を捕まえるのさ。大人は労働力になるとか言って皆んな王都に連れて行かれたよ。残された俺達も連れて行かれそうになったんだけど、大人達が念の為にと掘っておいてくれたこの穴倉のおかげで助かったんだ」


「……」


 どうしてだろうか。

 レイヴンはカイトの口から語られる経緯を聞いている最中もレイナの事が頭から離れなかった。

 この国がこうなってしまった原因がどうであれ、それが真実であるとどうしても思えなかった。


「確かに王都での生活は素晴らしい物なんだろう。兵士達の話を盗み聞きした限りじゃあ、連れて行かれた大人達は贅沢な暮らしをしているそうだ。でも、そんなのおかしいじゃないか!!!それならどうして誰も俺達の事を迎えに来ない⁈ 俺達はずっとこの街で帰りを待っているのに!どうして帰って来ないんだ!!!」


「落ち着け。話がずれている」


 カイトはレイヴンの声で我に帰ると、深呼吸をして荒くなった呼吸を整えた。


「ああ……すまない。ここはまだ奴等には気付かれていない。武器も食料もある。魔物さえどうにか出来れば王都へ乗り込んで狂った大臣と女王を止める事が出来る。どんなに豊かに暮らせたとしてもこんな世界間違っている!だから俺達は力を合わせて国を変える事にしたんだ!」


「成る程。それで変革を目指す者という訳か」


「そうだ。レイヴン、俺達に力を貸してくれないか?魔物を倒したその力があれば作戦を決行できる。俺達が王都へ入るまでで良い。入ってしまえば後はどうにでもなるからな。同志になれとは言わない。だが、考えてくれないか?俺達はこの状況を変えたいんだ」


(カイトが嘘を吐いている様には思えない。なのにこの違和感は何だ?)


「報酬があるなら考えよう」


「食料ではどうだろうか?こんな状況じゃ、金を貰うより価値があると思うんだけど」


(まただ……)


「……分かった。では、もう一つ教えてくれ。明けない夜とは何だ?」


「この狂った世界そのものさ。一年中氷に覆われて暮らすなんてどうかしてる。大人達を連れて行ったのもそうさ」


「そうか……。お前達の状況は理解した」


「良かった!レイヴンならそう言ってくれると思っていたよ」


「……」


 レイヴンの手にかけられた縄を解いて食事の用意を始めたカイトを他所に、レイヴンの視線はレイナが居た部屋に向けられていた。


(お前が助けてくれたんだな。やれやれ……食料を調達次第、魔剣を探しに行った方が良さそうだな)


 それは予感。

 幾たびの戦いを経て来たレイヴンの直感とでもいうべきものだった。


(この国はもう滅んでいる)


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