龍弥の好きなもの
明日は龍弥と冬休み最後のデート。
しかし、まだ行くところも決まっていないので、電話でどこに行くか話し合っていた。
「本当に行きたいところないの?」
「うん、こないだも言ったけど、龍弥と一緒ならどこでもいいから…」
こんなことを言ってる自分が恥ずかしくなる。
目の前に龍弥がいなくてよかった…絶対に顔が赤くなってるもん…
「うーん…じゃあ動物園でも行く?」
「動物園かぁ…動物園!?それだけは嫌!」
「なんだよ、どこでもいいっていっただろ」
動物園にはいい思い出がない。
創のことを思い出してしまうので、そこだけは嫌だった。
「ほ、ほら…寒いしさ…」
「それもそうか」
言い訳をしたが、龍弥はこういうところが鈍いので気づかれずにすんでホッとした。
ただ、これで話はまた振り出しに戻ってしまう。
「龍弥は行きたいところないの?」
「なくはないけど…」
なんだ、あるんだ。
「だったらそこに行こうよ」
「いいけど真央はきっと面白くないよ。俺の趣味の世界だし」
龍弥の趣味…そういえば龍弥の趣味ってなんだ?
男同士の友達の頃の記憶を探ってみる。
映画の話はよくした、ゲームやテレビの話もよくした、あとはバイトの話…
「映画じゃないの?それともゲーム?」
「いや、それも好きだけど本当に好きなのは別」
「じゃあなに?」
「たいしたもんじゃないよ、明日行けばわかる。けどいいのか本当に?」
どこに行くのか教えてくれないと、いいのか悪いのか判断できない。
けど、龍弥が行きたいところに行こうと言ってしまった手前、
場所を聞いて否定するのも申し訳ない。
「いいよ。何かわかんないけど、もしそれをわたしも好きになれば龍弥と共通の趣味ができるし」
「わかった。じゃあ明日。つまんないかもしれないけど」
何度も念を押されると相当つまらない場所だと思ってしまうので、
言わないでほしい。
それに…
「だから、龍弥と一緒なら楽しいの!何度も言わせないでよ。恥ずかしいんだから…」
「ごめんごめん、くれぐれも遅刻しないように!じゃあな」
「うん、バイバイ」
そうだ、もう遅刻しないようにしないと!
そこだけは細心の注意を払って、明日に備えた。
遅刻せずに待ち合わせ場所に行くと、同タイミングで龍弥がやってきた。
「おはよ、遅刻しなかったよ」
「当然だ」
ポンと軽く真央の頭に手を置いてから、龍弥が歩き出したので、
真央は横に並んでついていった。
「で、どこに行くの?」
「もうすぐ着く」
まだ明かさないのか。
3分ほど歩き、龍弥が足を止めて「ここ」と言った。
「ここって…本屋じゃん」
「そう、俺の趣味」
「本屋に来るのが趣味なの?」
これを聞いて龍弥は深いため息をついた。
「お前な、本屋に来るのが趣味なはずないだろ。本屋に売ってるもの!読書が俺の趣味なんだよ」
まったく想像していなかった趣味だったのでポカーンとしてしまう。
「漫画?」
「小説。俺、あんま漫画読まないから」
「そうなんだ…でも小説が好きなんて素振り、学校でまったく見せないよね?」
「学校じゃ読まないしな。だから誰にも読書が好きっていうのも話してない」
悪い趣味じゃない、むしろいい趣味だと思う。
見直しながらも、なぜ誰にも言わないのか気になったので訊ねてみた。
「別に理由なんてないけど、まわりに小説好きなやついないしさ、話してもわからないじゃん?ってことは面白くないから言わなかっただけ」
「ふーん…だったら、わたしが好きになる!龍弥がおすすめの小説教えてよ」
「うん。けど無理に読まなくていいからな。合う合わないもあるから」
「ちょっと、わたしには小説合わないっていうの?」
「違う、内容の話。ミステリーが好きな人もいれば、恋愛が好きな人もいるだろ」
あっ、そういうことか…
とりあえず中に入り、真っ先に文庫コーナーへ向かった。
「あ、これ知ってる!映画で観たよ」
「ああ、映画は話題になってたね。本は読んだけど映画は観てないや」
「映画面白かったよ。レンタルで観ればいいのに」
すると、龍弥は「いいや」と言って首を横に振った。
「今まで読んだ本が映画やドラマでやったのを何作か観たけど、どれも本より面白いと思ったことないから。キャストのイメージも違うし、ストーリーも微妙に変わってるし」
「そうなの?」
「本は活字でイメージするからさ、そのイメージしていた人物と映画化された人物のイメージが違うのなんてザラだよ。それだけで観ようと思えなくなる。キーになる部分が違う焦点になってることもあるし、どれも正直、原作を超えるものはなかったよ」
「そうなんだ…」
なんか映画が楽しいと思ってたのに、原作のほうが面白いなんて意外…
「試しに真央が見てない映画で、小説が元になってるやつを見比べてみなよ。先に本を読んでから映画を観るの。俺の言っている意味がわかるはずだよ」
龍弥の言っていることに興味が湧いてくる。
確かに見比べてみるのも楽しいかも!
「どれがおススメ?」
「そうだな…」
龍弥が文庫を見まわして、真剣なまなざしで選んでいる。
「これ、映画観た?」
「慰めの月…タイトルは聞いたことある気がするけど観てないや。誰が出てるんだっけ?」
「それ言ったら、その人物をイメージして読んじゃうからダメだろ」
「あ、そうか…ストーリーは?」
「ミステリー系だけど、恋愛もあるから真央も楽しめると思うよ」
恋愛もあるなら…読んでみようかな!
「わかった、買って読んでみるよ」
「買わなくてもいいよ。持ってるから貸すよ。学校で渡せばいい?」
「ホント?ありがと。うん、学校でいいよ」
そうだ、考えてみれば内容を知っているうえに勧めるくらいだから持っていて当然だ。
「龍弥はミステリーとかが好きなんだね」
「うーん、嫌いではない。最初はさ、面白そうなのを片っ端から読んだんだけど、読んでいくうちに好きな作風とか作家がわかってくるんだよね。だから今はまず、好きな作家の新作が出たら必ず読んで、新作が出ないときに、こうやって面白そうな文庫を探して読む感じかな」
こうやって聞いていると、本当に読書が好きなんだというのが伝わってくる。
龍弥って、本当は誰かとこうやって本の話をしたかったんだ。
でもまわりに好きな人がいないから話せなくて…
やっぱりわたしも読書を好きになって、いっぱい本の話をしよう!
「面白そうなのはあったの?」
「1冊だけね。けど今日のメインは単行本だから」
「単行本?」
真央が聞き返すと、「ああ、そうか」と呟いてから移動し始めたのでついていく。
そして大きくてカバーが堅い本が並んでいるところにやってきて、
そのうちの1冊を手に取った。
「これが単行本」
「なんでこんな大きいの?」
「なんでと言われても…基本的に単行本ってこういうものだからなぁ。それで人気のあった作品が何年か経って文庫になるんだよ」
「最初から文庫で出せばいいのにね」
「それも一理あるんだよな、値段が全然違うし。けどね、好きな作家の本は単行本で読みたい気持ちもあるんだよ」
「そういうもんなんだ。値段違うの?」
「倍以上違うよ。単行本は1800円くらいするけど、文庫なら700円とか800円くらいだからね」
「そんなにするの?」
普段、本を読まない真央にとってはかなり高価なものに感じだ。
「高いけど、そういうもんだって認識もしてるから。そのかわり本当に好きな作家のしか買わないよ」
聞いていて、真央はあることを思った。
「なんかコスメに似てるかも」
「どの辺が?」
「基本的にはプチプラで済ますんだけど、大好きなブランドのコスメが新作を出したときは、それを買うみたいな」
龍弥は顔をしかめてから、首を傾げていた。
「よくわかんねーよ」
それもそうか、龍弥がコスメ事情など知るはずがない。
「プチプラっていうのは、ドラッグストアとかで売ってるコスメで、大体500円から1000円くらいで買えるの。リップとかも1本700円くらいかな、アイシャドウやチークもそれくらい。で、ブランドのコスメだとリップは3000円から5000円くらいかな、アイシャドウも5000円くらいで、チークも3000円とか4000円とか」
「高!単行本より全然高いじゃねーか。そんなの買ってるのかよ?」
「たまにね!そんな毎回は買わないよ」
「そんなのプチプラでいいじゃねーか」
「基本はプチプラだよ。でも、好きなブランドのはほしいの!基本は文庫だけど、好きな作家は単行本がいいっていうのと同じじゃない?」
「言われてみればそうかも…」
「そうだよ、本とコスメの違いだけ」
なんか違うような気もするが、とりあえず龍弥は納得していた。
話が脱線してしまったので、再び本の話に戻す。
「で、龍弥が買いたかった単行本はあったの?」
「あったよ、これ!」
龍弥が手に持ったのは、町田美月という作家の「いつか見た青い空」という本だった。
「この人が龍弥の好きな作家?」
「うん。女性の作家なんだけど、どれも面白くて好きなんだ。結構有名な作家なんだよ。まだ30代半ばなのに直木賞も取ってるしね」
直木賞がよくわからなかったが、なんとなく人気の作家というのは理解できた。
「映画で話題になった「陽のあたる朝」の原作がこの人だよ」
「あ、それ観た!この人が原作なんだ…知らなかった」
知っているタイトルが出てきたうえに、真央が面白かったと思った映画だったので
テンションも上がる。
「これも本来なら先に原作を読んでもらいたかったな。真央はハッピーエンドとバットエンドどっちが好き?」
そんなの決まってる。
「もちろんハッピーエンドだよ。嫌な終わり方とかすると気分が落ちるもん」
「だったら町田美月好きかも。この人のは基本的にハッピーエンドだし、読み終わった後に心が温かくなるんだよ。それでいてクスッと微笑んじゃうような感じでさ」
「そういうのすごく好き!町田美月の本も貸してよ。読んでみたい」
「もちろん!おススメのを何冊か持っていくよ」
いつの間には真央も本の話に夢中になってきていて、
本当に読みたいと思うようになっていた。
龍弥が単行本と文庫を2冊買う。
これで龍弥の用は済んだので、次は真央が買いたかったところへ行く。
コンビニでも買えるけど、本屋にいるなら本屋で買おう。
どうせ今日あたりに買おうと思ってたし。
真央が買いたかったものは、付録の付いてる女性誌だ。
「最近のって付録が付いてるんだ」
「そうだよ、バッグやポーチ、コスメ、いろいろあるから、その付録によって買ったりしてるの」
「へー、なんか付録がメインなのか本がメインなのかわかんないな」
「んー、両方かな」
そういいながら、真央が手に取った女性誌はトートバッグが付いているものだった。
「これ買いたかったの。シャーロットフランシスのバッグなんだよ!」
嬉しそうに真央が話しているが、シャーロットフランシスを知らない龍弥には
さっぱり伝わらない。
あまり興味なさそうに「へー」と言っていた。
一瞬ムッとなったが、考えてみれば真央も男の頃はシャーロットフランシスを
ほとんど知らなかったので、仕方ないかなのかなと思った。
真央が雑誌を買い、このあと他にいろんな本を見てから本屋を後にして、
2人はとりあえずカフェに入ることにした。




