母親の存在
バイトばかりだったので、大晦日の午前にやっと部屋の掃除をする。
大掃除といえるほど、部屋が散らかっていたわけではないので、
軽く片付けて部屋を見まわした。
「きれいにはなったけど…なんか殺風景かも」
濃い青のカーテンだったり、ベッドのシーツもグリーン系、
テレビ台にはテレビと端に真央が買ってきた小物が置いてあり、
机にコスメ系を並べていて、そこに鏡を置いている。
基本的には男の頃のレイアウトとそんなに変わっていない。
シンプルといえばそれまでだが、少しつまんない部屋だなと思ってしまった。
そういえば、香蓮や巴菜の部屋はかわいかったな…よし!
真央は立ち上がり、リビングにいる雅子のもとへ向かった。
「ねえ、カーテンっていくらくらいするの?」
「ピンキリだけど。ほしいの?」
「うん。バイト代で買おうかなって…」
すると、雅子が「もう」と怒り出した。
「前から言っているけど、そういうのは買ってあげるから気にしなくていいの」
「だって…あるのに買うのって悪いじゃん」
「あるけどないようなものでしょ。わたしも前からずっと実は思っていたの。もうちょっと女の子らしい部屋にしたほうがいいなって。だから買いに行こう」
雅子と買い物なんて久しぶりだが、今日は大晦日なのにいいのだろうか?
「大丈夫、ほとんど終わらせてあるから」
なんだかんだで雅子も楽しそうにしているので、素直にお願いした。
それに、雅子との買い物は真央も楽しみだった。
支度をしていると、そこに博幸が顔を出す。
「出かけるのか?」
「うん、買い物に行ってくる」
「俺も暇だし、一緒に行こうか?」
別にいいけど…と思っていたら、奥から雅子が代わりに答えた。
「いいけど楽しくないと思うよ、女同士の買い物だから。それに長いと思うし。お父さん昔からそういう買い物嫌いじゃない、すぐに「まだか?」って言ってきて。そういう文句を言わないならいいよ」
「うっ…やめとく」
別にのけ者にしているわけではない。
雅子の言う通り、絶対に博幸が来てもつまらないからだ。
ただ、真央は女になってから父親の博幸と出かけることが
全然なくなったことにも気づいてしまった。
たまには父さんとも出かけたいな…でも、そうなったらどこに行くんだろう?
そんなことを考えていたら、支度を終えた雅子がやってきた。
「真央、お待たせ」
「はーい。じゃあ行ってくるね」
博幸に声をかけ、雅子の運転する車に乗り込んで出発した。
運転中、雅子は楽しそうに話しかけてくる。
「ねえ、真央の彼氏ってどんな子なの?」
絶対に聞いてくると思った。
いや、むしろこういう話をしたかったから買い物に来たんだろうな。
母親であっても、やはり女だ。
「ん…母さんも知ってるよ。何度か家にも来たことあるから」
名前を言うのが恥ずかしかったから、少し濁しておく。
それを聞いて誰だろうと、少し首をかしげて考え込む。
「ああ、木谷くんだっけ?そうでしょ」
なんだ、あっさり当てちゃった…といっても、
男の頃はあまり友達を連れてこなかったから覚えていればすぐにわかるけど。
「うん、正解」
「へー…友達からの発展か。いいね!彼、優しそうだったし」
「まあ、優しい…のかな」
優しいというより、いざというときの頼りがいに惹かれたのかもしれないけど、
それを話すと絶対に言えないあの事件が絡んできてややこしくなるので、やめておく。
「でも安心した、真央が楽しそうに過ごせてて。最初は心配だったんだよ、いきなり女の子になっちゃってどうなるんだろうって。でも普通に女の子ライフを楽しんでるから本当によかった」
「うん、わたしもそう思う」
なぜここまで女の生活に順応できているのかわからないけど、
気がついたら自然に自分は女だと思うようになっていた。
考え方も感情も、もう男の頃のものは残っていない。
しかも、まさか彼氏までできるとは思っていなかったので驚きだ。
誰に強制されたわけでもないのに…
いや、香蓮には強制されたかも。
でも、今となっては女の生活が楽しいので女になったことに対して、嫌な思いなど何もない。
それに、こうやって母親の雅子と買い物に行くようなことも
男の頃ではほとんどなかったので、そういった意味でも楽しいことだらけだ。
「ニヤニヤしてどうしたの?」
「ん?母さんと買い物行くのもいいなって思ったから」
男の頃なら恥ずかしくてこんなこと言えなかっただろう。
けど、今は恥ずかしいなんて思わないので自然に言える。
「そうね、わたしも娘がいたら買い物とか一緒に行きたかったから、それが叶って満足」
母親と娘は、ときには姉妹のような友達のような関係になると言われているが、
今の雅子と真央はまさにそのような関係だった。




