平和学習
ボストンバッグに詰めた荷物を確認する。
うん、全部入ってる!
そのボストンバッグを持って玄関まで移動すると、雅子が待っていた。
「重そうだね」
「うん。重い…」
女になって、本当に力がなくなったな…
荷物が多いので、学校まで雅子が車で送ってくれることになっていて、
家の外で待っている香蓮も一緒に乗っていく。
「香蓮も荷物いっぱいだね」
「うん、3泊だからね。おばさん、お願いします」
「はいはい」
雅子が車のエンジンをかけているあいだに、真央と香蓮はバッグをトランクに置き、
真央は助手席に、香蓮は左の後部座席に座った。
「じゃあ出発!」
雅子が軽快に車を発進させ、
真央と香蓮は移動中ずっと楽しみだという話で盛り上がっていた。
30分ほどで学校に着き、車から降りる。
「2人とも気を付けてね」
「うん、ありがとう」
「おばさん、ありがとう」
雅子にお礼を言って、みんなのところに合流する。
「送ってもらったんだ、いいな」
「だって荷物重いんだもん」
巴菜とそんなやり取りをしていたら、バスの出発時間になった。
ここから空港へ行き、飛行機で沖縄に行く。
移動中、真央だけでなくみんなが終始ハイテンション。
誰もが楽しみにしている修学旅行だ。
「空が青い!沖縄だ!!」
香蓮が嬉しそうにはしゃいでいる。
「香蓮ってすぐはしゃぐよね」
「それが香蓮だけどね」
その様子を見ながら、巴菜と会話をする。
初日は平和学習なのでバスに乗り、まずはひめゆりの塔へ。
学校の授業でしか習ったことのない、太平洋戦争の悲惨さを学ぶことになる。
「わたしたちと同じくらいの年齢の人たちが犠牲になったんだ…」
遊び感覚に近かった香蓮たちも、神妙な面持ちになっていた。
続いて向かったのは、平和祈念堂。
ここで真央たちは戦争体験者の話を聞くことになっていた。
登壇したのは、新垣茂という80歳の男性だ。
新垣のプロフィールが紹介される。
幼少の頃に戦争を体験し、激戦区となった沖縄で母と弟を亡くし、
出征していた父も戦死、生き残った祖母に育てられ、以後は戦争体験を語り継いでいる
ということだった。
プロフィール上では、あまりピンとこなかったが、
新垣の話を聞いて自分たちの無知さと戦争の悲惨さを知ることとなる。
「みなさん、太平洋戦争はいつからいつまでだったか知っていますか?1941年から1945年までです。開戦当初、わたしは7歳でした。戦争のことはあまりわからなかったですが、母親の話によると、日本が破竹の勢いで勝ち進んでいる、と言っていました。実際に当時の新聞でもそう書かれていて、日本は本当に強かったんです。ところが、徐々に反撃にあい、いつしか防戦一方になっていました。連合軍は、本土へ攻撃するための足掛かりに選んだのが、ここ沖縄でした。1945年4月から本格的に戦闘が始まり、最初の空襲で母、そして6歳の弟が亡くなりました。落ちてきた爆弾で…」
当時を思い出したのか、新垣の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「それからの私は、祖母や村の生き残った人たちと、ただひたすら逃げるだけの毎日です。あっちこっちで爆発や銃の音、いつ死んでもおかしくない状況です。一番怖かったのは寝るときでした。寝たらそのまま死んで、一生目が覚めないのでは…そんな恐怖で熟睡できた日なんて1日もありません。食べるものもほとんどなく、本当に地獄でした」
実際に体験した人の話は重みがある。
新垣は実体験だけでなく戦力が足りなかったため、島民たちも兵士として戦ったこと、
日本で唯一の地上戦が行われたこと、沖縄戦で20万近くの日本人が亡くなったことなどを細かく沖縄戦について説明してくれた。
この話を聞いていて、泣き出す生徒もいた。
そのうちの一人が真央だ。
真央を含め、今の若い世代にとって、戦争は遠い過去でしかない。
いつ戦争が起きたのか、終戦から何年経っているか、日本はどこと戦争をしていたのか、
そういったことを知らず、歴史の授業で習う一つくらいにしか思っていなくて、
風化してきているのが現実だ。
体験談が終わっても、真央の涙は止まらなかった。
「真央…大丈夫?」
「だって知らなかった…たった70年前に日本がこんなひどい戦争をしていたなんて知らなかったの…」
そんな真央が気になったのか、出ていこうとしていた新垣が真央のところまでやってきた。
「ちゃんと話を聞いてくれてありがとう。少しは戦争の悲惨さを理解してくれたかな?」
「はい…絶対に戦争なんてしたらダメです…こんなひどいこと繰り返したらダメです…」
「うん、それがわかってもらえてよかったよ。だからもう泣くのはやめなさい」
「だって…こんな話聞いたら、このあと楽しもうなんて気持ちになれない…」
すると、新垣はやさしく微笑んだ。
「みんななんで戦争で亡くなったと思う?それはね、君たちのように若い世代に明るい未来を築いてもらうためなんだよ。だから泣くのをやめて、亡くなった人たちのぶんまで思いっきり笑顔で楽しみなさい」
そういって、新垣は真央の頭を撫でてくれた。
とても暖かく、やさしい手だった。
そうかもしれない、戦争があって、亡くなった人たちがたくさんいて、
その上に今のわたしたちがいる。
その人たちのためにも、今を精いっぱい生きないと!
真央は両手で涙をぬぐった。
「はい…そうします」
笑顔で新垣を見つめ、新垣は「うん」と頷いていた。
真央にとって、この平和学習は貴重で大事なものとなった。
すいません、この回だけテイストが変わってしまいました。
ちょっと真面目に戦争の話をしたかったので。
次回からはいつもの話に戻ります。




