実際にやってみて
今日から香蓮とバイトだ。
あっさりと受かり、5日間の短期バイトに励む。
責任者の有田という40くらいの男性が2人を作業場に案内する。
「ここにあるおまけを全部ペットボトルに付けて、箱に入れていくだけの作業だから。じゃあよろしく」
アバウトな説明だなと思った。
真央と香蓮のほかに、5人の女性がいた。
みんな主婦のような年齢で、若いのは真央と香蓮だけだった。
しかも、誰も会話をしていない。
ただ黙々とやるだけの作業に、真央と香蓮は顔を合わせていた。
「これってしゃべっちゃいけないんだよね?」
「多分…」
2人はそこに加わり、作業を始めた。
有田のいうとおり、とても単調な作業だ。
それだけに会話もできないのは辛い。
始めて1時間くらいで香蓮は苦痛な顔をしていた。
頑張ろう、香蓮…
苦痛なのは真央も同じだった。
2人ともこういう作業をひたすら続けたことなどないうえに、
初めてのバイトというのもあり、リアルに後悔していた。
12時になり、やっとお昼休憩の時間。
お弁当を食べながら、ここぞとばかりに会話をする。
「しゃべっちゃいけないのが、こんなに辛いことだと思わなかった!」
「延々同じ作業なのもキツイ!」
「真央、次はコンビニとかにしようか…」
「うん、そうしよう…」
こんな会話をしている2人に、同じ作業をしていた50歳くらいの女性が話しかけてきた。
「あなたたち、お金を稼ぐっていうのがどれだけ大変かわかってないのね。コンビニだろうがなんだろうが、働くのは辛いことなの。それをやって初めてお金がもらえるのよ」
突然怒られて萎縮してしまう。
「は、はい…」
「まずは今やっている仕事を真剣にやりなさい。文句や次のバイトの話はそのあと」
なんで怒られなきゃいけないんだと不満を感じながらも「はい」と返事をしていた。
休憩後もひたすら苦痛に耐えて、やっと1日目のバイトが終わった。
帰りながら、早速愚痴りだす。
「あのオバサンなんなの!偉そうにさ。こっちはまだ高校生だっていうのに」
「ね!たかだかバイトなのにさ。それにあんな作業をひたすらやってたら誰だって嫌になるよ」
「これがあと4日も続くのか…ホントうんざり」
いいたい放題言って家に帰ると、雅子が仕事から帰ってきていた。
「おかえり、バイトはどうだった?」
「最悪だよ。しゃべっちゃいけないし、同じ作業をずっと繰り返さなきゃいけないし、知らないオバサンに説教されるし。ほかのバイトにすればよかったよ」
「そうなのね。逆にそういうバイトでよかったんじゃない?働く大変さやお金を稼ぐ難しさを知ることができるから」
雅子もあのオバサンと同じようなことを言ってきた。
「そんなの社会人になってから知ればいいよ。たかがバイトだよ」
「真央、あなたそんな甘い考えの持ち主だったの?もっとしっかりしてると思った。少しガッカリ」
こんな風に言われると思っていなかったので、真央は戸惑っていた。
それでも雅子は話を続けてくる。
「バイトでもパートでも就職でも、ちゃんと働くからお金がもらえるのよ。たかがバイトなんて考えなら今すぐやめなさい」
「母さん…」
「お父さんもわたしもお金をもらう以上、責任感を持って真面目にやってるの。真央はそういうのわかってる子だと思っていたのに」
雅子はこれ以上なにも言ってこなかった。
部屋に戻り、雅子の言った意味を考える。
母さんもあのオバサンも同じようなことを言って…
そんなに俺の考え方が子どもなのかな…?
だって苦痛なんだし仕方ないじゃん…
言いたいことはわかるけどさ…
そういえば龍弥もバイトやってるんだよね、聞いてみようかな?
龍弥に電話をかけるのは久々だ。
女になった当初にかけて以来かもしれない。
あいつ出るかな…?
7回ほどコールしてから龍弥は電話に出た。
「はい…」
電話からでも緊張しているのが伝わる。
そういうのは後まわしにして要件を切り出す。
「バイトしてて苦痛だったり、やめたくなったりってない?」
「唐突だな…まあ…そ、そういうほうが俺も話しやすいけど。今の倉庫のバイトは辛いよ。やめたいと思うこともある」
途中からは昔の龍弥みたいにスラスラ話してきた。
バイトの話だからだろうか?
「じゃあなんで続けてるの?」
「お金がほしいからに決まってるだろ。時給もいいし」
まさにその通りだ。
根本は真央たちと変わらない。
「お前、バイト始めたのか?」
「うん…でも単調作業が最初から最後までずっと続くし、作業中はしゃべっちゃいけないから死ぬほど苦痛でさ」
「それ普通じゃん。まあ俺のは忙しくてしゃべる余裕もないだけだけど」
「普通なの?」
「お前、なんか勘違いしてないか?学校や遊びじゃないんだから当然だろ」
「あっ…」
龍弥に言われて気づいた。
香蓮が一緒だから、無意識に遊びの延長線上のような感覚にいたことを。
「お前…女になってから考え方が軽くなったな。男のお前はもっとしっかりしてたぞ」
龍弥も雅子と似たようなことを言ってきた。
女の俺は…しっかりしてない?
「あんまりよくわかんないけどさ、前の真央って大谷をリードするような感じだったのに、今の真央は同じ目線になってる気がする」
確かに以前は、香蓮の無茶ぶりに説教もしたし、子供っぽいところは正したりしていた。
龍弥の言っていることは正しいかもしれない。
「まあ、お前が楽しいならそれでいいけど、切り離すところはしっかり切り離して考えたほうがいいぞ」
「うん…ありがとう…」
「あ、ああ。じゃあな」
通話が切れてから、龍弥が言った意味について考えてみた。
男の頃と比べると、香蓮と一緒にいる時間も圧倒的に増えた。
最近では同じようにはしゃぎ、同じようなことで笑っている。
それが楽しいからだ。
香蓮が近すぎるのかも…
いや、それは違う!
香蓮が近くにいないなんて考えられないし、これからもずっと一緒にいたい。
問題なのは一緒でも常に同じ感覚にいないことだ。
少なくとも龍弥のいう通り、バイトは遊びじゃない。
お金をもらうために働きにいっている場所だ。
認識が甘かった、ただそれだけだ。
明日からは気持ちを切り替えてやってみよう。
今朝とは違う意味でやる気になった真央だった。
翌朝、このことを香蓮に言おうと思ったら、逆に香蓮から言ってきた。
「真央、少なくともバイト中は愚痴るのやめよう。お母さんに怒られちゃった。遊びにいってるんじゃないって。そうだよね、これバイトなんだもんね。苦痛でも真面目にやろう」
「香蓮に同じこと言おうと思ってた。ちょっと舐めてたね。うん、真面目にやろう」
気持ちを切り替えた2人は苦痛に耐えながらも真面目にバイトに励み、
5日間を無事に終えることができた。
「終わったね、5日間」
「うん!働く大変さを知ったよ」
2人で話しながら出ようとしたら、あのオバサンが話しかけてきた。
「おつかれさま」
「あ…お疲れさまでした…」
「やればできるじゃない。見直しちゃった」
笑顔で言ってくるので少し驚く。
「いえ…こないだ怒られたからです…」
「ふふふ、どこの職場にも怒る人はいるからね。そうやって怒られて人は成長していくのよ。怒られないで成長する人なんていないんだから。これからも頑張ってね」
「はい!」
2人は元気よく返事をして会釈をしてから、ここを後にした。
給料はその場で渡されたので、今手元には40000円がある。
「すごいね、40000だよ」
「これでいろいろ買えるね。いつ買い物に行く?」
「そりゃ明日に決まってるじゃん!」
「だよね!」
2人は完全に浮かれている。
そんな中、真央は今日どうしても買いたいものがあった。
「香蓮、ケーキ屋寄らない?」
「いいけど…あ、とりあえずケーキ食べようって感じ?」
「ちょっと違う…母さんたちに買っていこうかなって。いつもお世話になってるしね」
こないだ説教されてから、少し気まずい状態が続いていた。
そのお詫びと初給料で何か買いたいという思いからだ。
「ふーん…じゃあわたしも買っていこうかな」
香蓮と一緒にケーキ屋に寄り、家族分のケーキをそれぞれ買って家に帰った。
「ただいま」
リビングに行くと雅子が夕飯の支度をしていた。
「おかえり」
「母さん…これ」
ケーキの箱を手渡す。
「あら、どうしたの?」
「給料もらったから買ってきた…」
それを聞くと、雅子はニッコリして「ありがとう」と言ってくれた。
その笑顔が見れて満足した真央は、軽い足取りで自分の部屋に向かった。




