墓穴を掘る
真央は帰りに香蓮のところに寄っていた。
「信じられない、あの根津さんと一緒に仲良く帰ったなんて」
「だろうね、でも本当だよ。固いところは相変わらずだけど、普通にいい子だった」
「何があったの?隠しても無駄だよ」
さすがの香蓮でも好きだったということは話さない。
仲が良ければ、人の秘密をペラペラ話していいわけがないのを理解しているからだ。
「俺の女らしさを知って、女って認めてくれたんじゃない」
「はあ?なにそれ、わたしから言わせてもらえば、真央はまだまだ女らしくないし」
「なんで!香蓮の裸見たってどうも思わなくなったじゃん、プライベートでも女っぽい服着るようにもなったじゃん」
それにこないだはリップも買ったし…
「だーかーらー、「俺」って言い方!今の真央に合わないから!「わたし」って言ってみてよ」
「えー、しかたないなぁ…」
真央は姿勢を正して、香蓮の顔を見た。
少しからかってやる。
「香蓮…わたしね、かわいい服いっぱい着たいの、それにメイクだってしたいし…だから今度一緒に買いに行こ」
「メイクしたいんだ…じゃあ今からしてあげる!」
「へ?」
香蓮が立ち上がってコスメボックスを漁りだした。
「待って待って!冗談だから」
「そんなのわかってる。けど言った真央が悪い、女に二言はないっていうじゃん」
「それを言うなら男に二言はない、だ!」
「どっちでもいいよ、もうやるって決めたから」
真央は散々抵抗した。
可能な限り抵抗した。
その結果、真央は香蓮の前に座らされていた。
「まずは下地からね。本当は化粧水とか付けたあとがいいんだけど」
そういいながら、香蓮は真央の顔に下地を塗って薄くのばしていた。
なんでこうなるんだ…
「わたしをからかおうとした罰。はい、できた!次はファンデね、目つぶって」
下地はよくわからなかったが、
ファンデーションはメイクをされている感覚がわかってしまう。
もう抵抗しても無駄なので、真央は諦めることにした。
「うん、次はフェイスパウダー。これやると肌に立体感が出るんだよ」
「へー」
真央は無心になって受け答えしていた。
「よし、次は眉毛ね。アイブロウで少しぼかすの」
香蓮は真面目に説明しながらチェックしている。
「いい感じ、次はアイシャドウ、これラメ入っててかわいいんだよ」
「あっ…」
「どうしたの?」
香蓮が持っているアイシャドウはシャーロットフランシスだったので
思わず反応してしまったが、なんで知ってるの?と突っ込まれると、
お店に行ったことがばれて、誕生日プレゼントを買ったこともばれてしまう。
それだけは隠さなければならない。
「あ、いや…なんかそれ可愛いなと思って…」
「でしょ、これシャーロットフランシスのアイシャドウなの!発色もすごくいいしお気に入りなの」
香蓮の目は、こないだの巴菜やお店にいた女の子たちのようにキラキラしていた。
よっぽど好きなんだな、香蓮も。
アイシャドウが終わると、今度はアイラインを引く。
「目を上にむけて…ちょっと垂れ目っぽくなった、うん」
香蓮は一人で納得しながらメイクを続けていく。
真央は自分の顔がどんな風になっているのか、想像がつかなかった。
「次はビューラー、これでまつ毛を上に向けて、マスカラをして…よし。今度はチークね、どの色がいいかな…オレンジ…ううん、やっぱりピンクだ!」
チークを軽くはたき、最後にリップだった。
これはこないだ経験してる…
「どうせならグロスも付けよう」
さらに唇に塗られていて、もはや真央には、何が何だかわからなかった。
「できた!我ながらうまくいったね」
香蓮は自画自賛している。
マスカラのせいか、瞼が重い。
それに顔全体に違和感がある。
これがメイクというものなのか…
「真央、見たいでしょ?はい、鏡」
香蓮に手渡され、恐る恐る覗き込んでみた。
「これが…俺なの…?」
肌がきれいになっていて、目が大きく見える。
それでいて、少し垂れ目になっていて、瞼は少しキラキラしていた。
唇はツヤがあってプルンとしている。
まさにイマドキの女の子の顔になっていた。
「どう、めっちゃかわいくなったでしょ」
「う、うん…」
素直にそう思っていた。
メイクって…すごい…
「まあ、わたしも普段はここまでやらないけどね。今日は特別。これで真央もメイクの魅力を理解したかな?」
思わず「うん」と言いそうになったがこらえた。
言ってしまったら、遊ぶたびにメイクをしなければいけなくなるし、
本当にメイクを好きになってしまいそうだからだ。
まだ今は、これはこれ、で留めておきたい。
「真央、写真撮ろうよ」
「いいけど…インスタとかに載せない?」
「載せるに決まってるじゃん」
「じゃあ嫌だ」
「こんなにかわいいのに?」
「嫌だ」
「かわいいは否定しないんだ?」
「うっ…」
香蓮は笑ってから、やさしく微笑んだ。
「載せないよ、インスタには。ただ記念に真央と撮りたいの」
「だったら…いいよ」
真央と香蓮は笑顔で何枚か写真を撮り、2人で確認して笑いあっていた。
「そろそろ帰ろうかな、これどうやって落とすの?」
「メイク落としで。顔洗う前に落とすんだよ」
「ん、顔洗う前に?」
「うん、お風呂とかでね。家に帰っておばさんに借りて」
本当はシートでも落とせるけど、香蓮はあえて言わなかった。
「ちょっと待って!じゃあこのまま帰れってこと?」
「そういうことだね」
「香蓮!」
「怒鳴らないの、メイクはメイク落としじゃないとちゃんと落ちないんだから」
こんな顔を父さんや母さんに見られたら恥ずかしくて…死ぬ!
真央は憂鬱になりながら玄関へ向かった。
「あら、帰るの?」
「うん…あっ」
由紀恵が玄関まできて、顔を見られてしまった。
「真央ちゃん、メイクしたんだ。かわいい」
由紀恵はニコニコしている。
「ど、どうも…それじゃあ、お邪魔しました」
真央は恥ずかしくて、逃げるように帰っていった。
「香蓮がしてあげたの?」
「うん、思った以上にかわいかったでしょ」
「そうね、真央ちゃん普通にかわいかった。それにしても…香蓮もメイク上手になったのね。初めの頃はひどかったのに」
「一生懸命練習したんだもん」
それを聞いて、由紀恵は「ふふ」と微笑んでいた。
うー…家に入りづらい…
真央は家の前で5分ほど立ち尽くしていた。
「真央、何してるんだ?」
後ろから博幸の声がしてビクンとなる。
ちょうど帰ってきたタイミングだった。
「家入るぞ」
横に並んで顔をチラッと見てから「ん?」となって顔を覗き込んできた。
真央は慌てて顔を逸らす。
「お前…化粧…してるのか?」
「ち、違う!香蓮にされたんだよ!」
博幸はずっと苦笑いをしていた。
まあ…女になったんだから仕方ないけど…どんどん女になっていくな…
家に入り、雅子も一瞬驚いたがすぐに「かわいい」と言ってきた。
「ねえ…メイク落とし貸して…」
「お風呂場にクレンジングが置いてあるよ。それを顔に付けて馴染ませるようにして洗い流すの。マスカラとかアイシャドウしてるから目元は特にね」
「はーい…」
いわれた通りやって、やっとすっぴんに戻った。
その顔を見ると、一気に幼くなった感じがする。
メイクってすごいんだな…
引き出しから買ったリップを取り出して眺める。
なんか近いうちに使っちゃいそうだ…
そんな予感がすると、少しワクワクしていた真央だった。




