第九十五話 神は、申と、未と
◇◇◇
沈んだ気持ちのままで静々とテスト勉強をこなして。
酉本さんに挨拶してから図書館をあとにした私は、寮まで帰る前にいつも通りコンビニに寄り道していた。
はぁ……せめてなんか元気が出るもの買って帰ろう。
じゃがりこと、あとチョコとか買っちゃおうかな。
二つまでは欲しいもの買っていいって、たぶんどっかで決めた気がするし……。
お菓子コーナーで何を買うか、長針が半周するくらい悩んでいたところで。
「おー! 神さん! きぐうきぐうー!」
「うやっ!」
棚の前でしゃがみ込んで吟味していた私の視界に、ニュッと申輪さんの顔が現れた。
「さ、申輪さん。ビックリしたぁ……」
「あははー、ごめんごめん。ドッキリせいこーだな」
笑いながらもこのお茶目ちゃんは、ビックリして地面に尻餅ついた私に、手を差し伸べて引き起こしてくれた。
んもぅ! ドッキリ成功じゃないよぅ!
ビックリし過ぎて心臓が一個止まっちゃったんだからね! んもう!
まぁ引っ張り起こしてくれたときに手を握れたから良いけどさ。女の子の手、柔らけ。
いや、キモいキモい。私キモい。
そんなキモいことばっかりさ、いっつもついつい考えちゃうからイジメられてんのかなぁ……。
「ん? 神さんどしたー? お腹痛いの?」
「いえ、お腹は大丈夫です……大腸菌が頑張ってくれてますし……」
「そうかー? それならいいけど、ってか大腸菌て。あははー、言いかたキモくてちょっと面白いなー」
あっ、やっぱりキモいだって。
死にて。死の。
いやいや頑張れ私! 可愛い女の子と友だちになるまで頑張れ私!
でも可愛い女の子から『キモい』だって。やっぱ無理だ……。
今は申輪さんの何気ない軽口でも致命傷になり、ズーンとひとりで落ち込んでいると。
「あっ、やっぱ元気ないな! どうした神さん。変なもん拾って食べちゃったか! 神さんそういうことしそうだしな!」
……あれ? 私のことイジメてる犯人、申輪さんじゃね?
あまりにも辛辣に心臓を殴ってきてない? 心臓ベコベコになったよ?
「……」
「あ、あれ? 神さん? あれー……?」
コンビニの中でお地蔵さん状態になっている私の様子に、いつもニコニコお元気満タンな申輪さんも面食らって戸惑っているご様子。
「神さん? 神さーん?」と私の肩をツンツンしているのも、先週までなら嬉しいスキンシップではあったんだけれども。
ごめんだけど、今はちょっと素直に浮かれポンチにはなれませんわ……。
「すいません……私、先に帰ります……」
「えっ? あ、うん」
べつに申輪さんのド失礼でノンデリで、サディスティックな心無さが過ぎる言葉のせいだけではなくてね?
イジメの件とか『復讐』のこととか、色々重なっちゃったから……。
私は申輪さんをその場に残して、ヨボヨボと萎みながら、何も買わずにコンビニから退店した。
大好きなコンビニまで来て、こんなふうに何も買わなかったのは初めてのことである。
ひやかしになっちゃったな……店員さんごめんなさい。
コレからまた一人っきりの自室に戻って、心休まらない時間を過ごさないといけないのか。
『気が重いなぁ……』とショボくれながら、寮までの帰り道を辿っていると。
「どーん!」
「わっ……」
いつの間にやら隣までやってきていた申輪さんが、そんな元気な声と共に、肩をコツンと優しめにぶつけてきた。
「あはは! コレ、神さんにあげる!」
ちょっと強引に手渡されたビニール袋の中を見ると……。
さっき私が自分へのご褒美候補として見つめていたスナック菓子とか、駄菓子とか、ジュースが目一杯に詰まっていた。
「神さんが元気ないとわたしもつまんないからな! あと、えーっと……はい! コレもあげる!」
さらに申輪さんは学生鞄の中から木の棒を引っ張り出して、私の胸ポケットに差し込んだ。
ポケットからはみ出した部分には、『あたり』と小さくかかれてる。
「え、これ……」
「もう一本ある! これはわたしのなー。いつか神さんと一緒に帰れたとき、また一緒にアイス食べようと思って持ち歩いてた!」
お揃いとばかりに、私の胸ポケットに収まっているのと同じ木の棒を掲げながら、申輪さんはいつも通りに笑っていた。
いつもと同じ、見ているだけで元気になれるような……明るくて、とても可愛い笑顔。
「あっ、それ大丈夫だからな! ちゃんと洗ってあるヤツだから!」
えっ……いいのに。
洗わなくてよかったのに……。
「今日は神さん元気ないから、また今度一緒に食べよ!」
そういって、申輪さんは私のことをギュッと一度抱きしめたあと。
ちょっと恥ずかしそうにしながらも、「んじゃなー!」といって手を振って走っていった。
「……あっ、あの! ありがとう! 楽しみにしておきますね!」
走り去る背中に向けて声を振り絞ると、その声はちゃんと申輪さんに届いてくれて。
「んー!」
振り返った申輪さんが大きく手を振って、そのまま走って角を曲がって行ってしまった。
……そりゃそうだよ。
当たり前じゃん……当たり前だよ!
申輪さんが犯人なわけないじゃん! 私のおバカ!
だって申輪さん、私のこと好きだってさ!
私のこと大好きな申輪さんが、大好きな私のことイジメるわけないってばよ!
申輪さんから分けてもらった元気とお土産のおかげで、つい数分前までよりもすごく軽くなった足を動かして。
『今度ちゃんと申輪さんにお返ししないとな』って考えながら、私も寮まで帰っていったのだった。
◇◇◇
その夜、そろそろ謎の怪文書、といっても何も書いてないメモなんだけど。
例のメモが差し込まれる時間だなとビビりながら、寮の自室に籠っていたとき。
コンコンっと、部屋のドアがノックされた。
ひぃっ! ついにノックきた! 乗り込まれてボコボコにされるんだ!
あっ、でも鍵かけてるし……。
でも『ドアとか鍵って、壊されたら意味なくね?』とビビって応答できずにいると。
「……神さん? いないの?」
ドアの外から聞こえた声は、天文部でご一緒な部員様の羊ちゃんのものっぽかった。
「ひ、ひつじちゃん?」
「よかった、いたのね。入っていい?」
「あ、ちょっと待って……」
ドアまで近寄って鍵を開けようとして、はたと気づいた。
これ、イジメの犯人が私を騙すために、羊ちゃんの声で誘っているのでは……って、んなわけないがな。
鍵を回してドアを開けると、そこには私よりも身長の小さい、正真正銘の羊ちゃんがいらっしゃいました。そりゃそうだ。
「遅い時間にごめんね。部長から伝言を頼まれてて、まぁラインで送っても良かったんだけど……」
ちょっ、羊ちゃんアンタ!
こんなドアを開けっぱなしで何を悠長に!
「は、入って! はよ! はよ!」
「はっ? え、ちょっと!?」
危機感が私との身長差ほどに足りてない羊ちゃんの手を引っ張って、ほんのちょっとだけ強引に部屋に招き入れると。
羊ちゃんもメチャクチャ嬉しそうに、『わーい!』とハシャギながら部屋に飛び込んできた。
はい嘘ゴメンね。羊ちゃんたらメッチャ混乱してら。可愛え。
だけどこっちも必死なのだわよ。
羊ちゃんを部屋に引き摺り込んだあと、急いで鍵をかけてコレで一安心や。ふぃぃ。
「ちょっと何よいきなり! しかもカギまでかけて」
「あ、だいじょぶだいじょぶ。気にしないで?」
「気にしないは無理でしょ。突然なんなのよ、まったくもう……」
プンスカと可愛らしく怒ってら。かわよ。
私の部屋に羊ちゃんがいて、こんな遅い時間に二人きり……やばい、緊張してきた。
こんなの何も起きないはずがないよね!
「ご、ごめんね……とりあえずここ座って」
せっかくきてくれたお客さまを立ちっぱなしにしておくことなどできまいと、私はベットの端に腰掛けて、その隣をポンポンっと叩いた。
ほら、はよ。はよこい。となりこい。
遠慮とかいいから。早くこっちきて。くっついて座ろ?
「えぇ……まぁいいけど」
そう言いながら、この恥ずかしがり屋ちゃんったら。
私からひと一人分くらい開けた場所にヒップをポンした。
そっか……しょうがないね。
よっこらせっとぉ!
「ちょ! なんでこんな近くに座り直すのよ! 暑苦しいでしょうが!」
「えっ……でも、ここ私の部屋だから……」
「だったらなんなのよ!」
そんな風にガナリたてなくてもいいじゃん。イチャイチャしたいんだもん……。
「はぁ……もういいわよ。それで部長からの伝言なんだけど、明日から部室……」
「その前にさ、羊ちゃん。ひとついい?」
「使えない……ってなによ?」
寮の中でも、クラスの中でも、ちょこちょこっとだけ関わることになった女の子は何人かいるけれど。
そういう子たちの中でも羊ちゃんは、私にとってはけっこう仲良くなれた方だと思っている女の子なわけである。
同じ部活だし、ラインの交換もしたし。
部室でちょっとしたケンカがあったのだって、私には仲を深めることになる良いキッカケであったと信じてるし。
……いまの私は正直言って、けっこう心が不安定というか、落ち込んだり病んでたりしているところはあって。
だから、羊ちゃんは今の私が甘えることができて、そんで癒しを摂取することのできる数少ない相手なのである。
「ちょっとだけ、モフモフさせてもらっちゃ……だめ?」
「はぁ? 何よモフモフって……」
「ホント? ありがとう。んじゃ早速」
「いや、だからモフモフってなに? あと『ありがとう』ってまだ許可したわけじゃ……ってちょちょっと!?」
羊ちゃんが快く快諾してくれたので。
ベットで羊ちゃんの後ろに回り込んで、小さい背中を後ろから抱きしめてから、羊ちゃんのモコモコした髪に顔を思いっきり埋めた。
「ちょっと! だからまだいいって言ってないっての!」
「……」
「神さんってば! 神さん……え、あれ? な、泣いてるの?」
「……ないてない」
羊ちゃんを抱きしめる腕に、ギュウっと少しだけ力を込めた。
まだ、もう少しだけ一緒にいて欲しかったから。
強引に部屋に引っ張り入れたのも、話の途中で強引に割り込んだのも。
もしかしたら要件が済んだら、羊ちゃんはとっとと自分の部屋に戻っちゃうかもしれないと思ったからで。
なんだかんだ強がってはいたけども。
今までに乗り越えたことがないような状況に陥って、だけど誰も頼れないで、ひとりで何とかしなきゃいけないと思っていたことが。
私にとってはとんでもなく大きな不安として、心に抱え込んでしまっていたのだと思う。
「はぁ……もう、ホントどうしちゃったのよ」
声だけ聞くと、私の突然の行動に、羊ちゃんは呆れているみたいだと心配になったけれど。
彼女のお腹に回した私の手の上に、羊ちゃんが手を重ねてくれて、気遣うようにソーッと撫でてくれたから。
私は安心して、そのあとしばらく羊ちゃんに甘え続けたのだった。
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