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神はケモノに×される  作者: あおうま
第一章 ながすぎるアバン
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第七十九話 神は避難する

 

◆◆◆

 

 とある日の放課後。

 ホームルームが終わるや否や、私は図書室に避難していた。

 読書とか自習をするために用意された机の中で、一番奥の席に身を潜めるように座ったところで、ようやく一息つくことができた。

 ……いったいなにが起こってゅの?

 なんか知らんけど、アイスを食べすぎてお腹を壊して休んだ次の日、つまり今日なんだけど。

 顔を合わせたり、すれ違った何人かの子たちが、何故か知らんが『ごめんなさい』って謝ってきた。

 そんなことを言われる理由もぜんぜん心当たりないし……。

 理由も意味もわからず、周りの人たちからいきなり謝られるとか怖すぎるんだけど!

 なに!? 私なにかされたの!? 

 それともこれから何かされるの!?

 いつの間にか異世界に迷い込んだような恐怖体験を経て。

 寮の部屋に戻って一人でいる時にカチコミされても怖いし、部室に行って羊ちゃんや部長に迷惑かけるのも嫌だしってことで。

 逃げ場所を求めて、学校の隅の方にある図書館にたどり着いたのです……。

 さてと。

 学生鞄の中から、英語のプリントを何枚も取り出した。

 ちなみに今日の授業で出された宿題ではない。

 この間の英語の補習にて、最後のテストで残念ながらあと一歩だったために、先生から無理矢理に持たせられた課題である。

 ぐぬぬ……。

 その何日か前の数学の再テストでは、八十二点というとんでもない高得点を叩き出してしまったから、ちょっと油断してしまったのかもしれない。

 浮かれてお母さんに自慢しまくったもんね。

 お母さんは『再テストでしょ?』とか『一回やったテストでしょ?』って、イチャモンつけるばっかで全く褒めてくれなかったけれど……。

 あとまぁ、英語の再テストが終わったら、アイスをどんくらい沢山買って帰れば良いだろうって。

 そのことに気を取られすぎたのも、ちょっとだけ関係あるかもしれない。

 そういった色々な事情が複雑に絡み合って、いま私を苦しめている多数のプリントが、このたび懐に飛び込んできたわけである。

 てか英語なんてわかるわけないんだよぅ……だってあちし日本人だもん。

 外国の言葉わかんないよ! 日本語で自分の気持ちを上手に話すことすらできなのにさ!

 そんな不満をいくら抱えていても、プリントの空欄が埋まってくれるなんてことは、モチロン起こらないので。

 私は泣く泣くシャーペンを握りながら、プリントに対峙するしかないんだけどもさ……。

 あぁ……早速わかんないし、やる気が出ないしぃ。

 申輪(さるわ)さんズルいよ!

 同じ部屋の子に教えてもらって、数学以外の補習を回避するとかさ!

 私には勉強を教えてくれるようなルームメイトはいないのに!

 もうこんなプリント投げ出してしまいたいという思いと、でも期限までに提出できなかったら、きっと先生に怒られちゃうという恐怖。

 そんな葛藤に板挟みになりながら、英語のテストに取り組んでいたそんな時。

「……あれ? もしかして、神さん?」

 ひとり苦しむ私に声をかけてきたのは、同じクラスの酉本(とりもと)さんだった。

 

◇◇◇

 

 で、でた……。

 図書委員の擬人化こと、酉本さんじゃないですか。

 物静かで、メガネをかけていて、美人で胸が大きい。

 どうしてそんなにも理想の図書委員みたいに成長できちゃったんだとビックリ仰天な、ずっと気になっていたクラスメイトの一人である。

 まぁ『クラスメイトの一人』とか言って、クラスメイトの子は全員もれなく気にはなっているんだけども。

「こ、こんにちは……」

 私は酉本さんのことを教室でもよく観察してたし、よく知っているんだけど。

 でもこんなふうに挨拶くらいしか……っていうかタイミングが合わなかったせいで、挨拶の一つすら今までにした機会がなかったかもしんない。

 でも酉本さんも私の顔と名前を覚えてるくらいには認識してくれているとは、なんとも嬉しい限りだよ。

「……」

「……」

 椅子に座っていた私は、隣で立っている酉本さんを見上げながら。

 そのままの姿勢で、二人でしばらく黙って見つめ合った。

 えっ、気まず……。

 なんか話してほしいんだけど。

 あっ、でもいきなり謝るのはやめてほしい! それが怖くて図書室まで逃げてきたんだし!

「あの、勉強してたんですね。邪魔しちゃってごめんなさい。神さんが図書室にいるのを初めて見たから、つい話しかけてしまって……」

 だけどそんな私の懸念も杞憂に終わってくれるらしく。

 酉本さんはちゃんと理由がはっきりしている謝罪の言葉を口にはしたけれど、理由のわからない謝罪をしてくることはなかった。

「いえ、ぜんぜん大丈夫です」

 むしろ『話しかけてくれてありがとうございます』ってくらいだし。

 酉本さんとはずっと話してみたかったもん。

 とはいっても、何を話して良いやら。何か共通の話題、共通の……そうだ。

「そういえば酉本さんって、申輪さんと同じ部屋ですよね?」

「はい。あっ、そういえば申輪さんもこのまえ、神さんのことを話してましたよ」

「えっ……ど、どんなことを?」

 補習という苦楽を共にして、一緒に買い食いまで出来るくらいには仲良くなれた申輪さんだけど。

 私のいないところで、あの子は自分をどう話しているかはとてつもなく気になる。

 『一緒にいてもクソほどつまらなかった! 地蔵と会話した方がマシ!』とか話されてたら、死ぬほどヘコむだろうけど……。

「えっと、そうですね……『面白い子』って言ってました」

 よし! どっちかっていうとプラスな印象である気がする!

 つまんない子って思われてるよりは全然マシでしょ!

「あとはその、申輪さんご自身よりも、なんていうか……ちょっとアレって言ってましたけど。あっ、やっぱり何でもないです。ごめんなさい」

 ……そこまで言いにくそうにマゴついた上で、ようやく出てくる『アレ』ってなんぞ?

 そこには何を代入すれば良いわけ?

 可愛いとか頭いいとか、そういうポジティブな言葉は絶対に入らないじゃん。

「『アレ』ってどういう……あ、やっぱいいです」

 わざわざ追求するのはやめとこう。

 自ら傷つきに行くのもイヤだし。

「酉本さんは申輪さんと仲良さそうですよね? このあいだお話したとき、酉本さんをアダ名で呼んでましたし」

「そう、ですね。申輪さんは人付き合いがとても上手な人なので、私なんかとも仲良くしてくださってて……」

「確かにコミュニケーション能力、すごい高そうですね」

 私も酉本さんと全く同じ意見だよ。

 人付き合いがほんの少し不器用な私とも、あんな賑やかな時間をつくってくれるんだもん。申輪さんのイケイケな感じは見習っていきたいな。

 そんな憧れを感じたことが影響したのだろうか。

 申輪さんのスタンスを思い出し、そしてそれに感化されて。

 私は酉本さんに対して、ちょっと前のめりになり始めていた。

「あの……もしよかったら、私も酉本さんのこと『とりっぴー』って呼ぼうかなぁ、なんて」

 酉本さんは落ち着いてて優しそうだし。

 なんかお願いしまくれば、胸の一つや二つくらいなら、ちょっと触らせてくれそうだし。

 だから急にこんな提案をしても、なんか流れで『いいですよ』って……。

「えっ! そ、それは……ご、ごめんなさい。勘弁してください」

「あっ、調子に乗ってすいませんでした……」

 どうやら酉本さんは、嫌なことはちゃんと『イヤ!』って断れる人のようでした。

 ……安心したよ。

 押しに弱いなんてこともなく、変な奴に変なことを頼まれても、ちゃんと断ることができるってことだもんね。

 でも、そりゃそうだよね。

 初めて話したような私みたいなのに、アダ名でなんて呼ばれたくないもんね?

 アダ名って仲良くなるためのモノでしょ?

 私と仲良くなるつもりなんて、きっと少しもないから嫌なんだろうからね。

 いいんだいいんだ。私には部屋に親友のテディベアもいるし。

 全然大丈夫だし、むしろ入学してからこの一ヶ月で慣れたもんだよ。

 平気だよ平気。大丈夫だよ大丈夫……うぇん。

「あの、せっかく付けてくれたアダ名にこんな事を言うのも良くないとは思うんですが。『とりっぴー』ってアダ名、ちょっと恥ずかしくて……すいません」

「ぜんぜんいいよ!」

 なんだ、よかったぁ。

 私が嫌でウザくて断ったわけじゃないんだね!

 『アダ名でなんて呼ぶんじゃねぇよ! 馴れ馴れしいアホぼっちが!』とか、そんなことを思われてるわけじゃないならいいんだよ!

 確かにあのアダ名って、緑色の謎の鳥みたいだもんね! 恥ずかしい気持ちもわかるよ!

 さっきアダ名で呼んで良いか聞いて断られたときには、酉本さんに心臓メッタ刺しにされたような気分になったけど。

 断った理由が『神さんだからイヤ!』ってのじゃなくて安心したよ!

 申し訳なさそうにモジモジしている酉本さんと、心の底から安堵して笑っている私のほかには、誰も存在しない二人っきりの放課後の図書室にて。

 私に訪れた新たな関係は、少しずつそのページを(めく)っていったのだった。

 

◆◆◆

 

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