第五十二話 神は吐き出す
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目覚めた時、私は保健室のベットで寝かされていた。
頭は痛いし身体は重いし、なんか視界もグルグルしてて気持ち悪い。
つい最近も見た覚えのある天井から窓に視線を移すと、外はもう暗くて夜の帷が降りていた。
「……うぅ?」
なんか生まれたてみたいに記憶がおぼつかない。生まれたてのときの記憶なんざないけどね。もちろんね。
前にこの天井を見た時には、確か体力測定でクラスメイトからの衆目に耐えられず、アガリにアガってバタンキューしたんだったよね。
んでその後……そっか。
また体力測定しててブッ倒れたのか……。
もうこれアレルギーでしょ。流石にトラウマんなるわ。
来年も体力測定があるんだったら、仮病を使ってでも絶対にサボろう。
今年ガンバって素ん晴らしい記録を叩き出せたんだし、使いまわしてもらおう。そうしよう。
「……神さん? 声が聞こえたけど起きたの?」
ベットを囲むカーテン越しに、養護教諭の鷲北先生の声が聞こえた。
つい先日に倒れた時も、その前にも、さらにその前にも。
何度もお世話になっている優しいお姉さん先生である。
寮の食堂のお姉様方とは違って、ガチのマジでお姉さん。しかもオッパイも立派。
胸部が立派に発達した、いつでも優しくて綺麗なお姉さんである。
そんで、たぶん私のことが好き。
だっていつも私に優しいし。保健室の先生なだけあって、なんかエッチなオーラも私に向けて放出してくるし。
入学したばっかの頃、慣れなさ過ぎる環境とか、お母さんがそばにいない不安とかストレスのせいで、体調を崩したことが何度もあって。
そんで保健室のベットで寝かせてもらったときも、お願いしたら寝付くまでトントンしてくれたもん。
つまり相思相愛ってこと。私のラブはここにありました。やったね。
「うん。起きましたぁ……」
「そっか。カーテン開けるね?」
シャララとカーテンを流して登場したのは、まごうことなき私のお嫁さんの鷲北女史だった。
カーテン開けたときに、白衣の下で鷲北先生のご立派ちゃんが弾んだ気がした。
とんでもねぇ登場の仕方しやがって……。
「やっぱり、まだ顔色良くないね。どこか痛いとか気持ち悪いとかある?」
「ちょっと……気持ち悪いです」
「そっかそっか。吐きそうだったら言ってね?」
そう言って、鷲北先生は私の頭をナデナデしてくれた。
あ〜癒ざれる〜。脳が溶げる〜。ちょっと吐ぎぞうです〜。
「馬澄さんが戻ってきたら、車で二人とも寮まで送って行くから」
そんな気を使わせちゃって、ちょっと申し訳ないなーなんて思っちゃうんだけど……あっ、馬澄さん!
そだよそだよ!
馬澄さんに体力測定、付き合わせちゃってたんじゃんか!
鷲北先生にエヘってる場合とちゃうぞ!
何日も前にも胸に抱いた、あの日の申し訳ない気持ちを思い出せ自分!
◇◇◇
この前の体力測定中に倒れた次の日の放課後だったか、私は馬澄さんと一緒に南鶴先生に呼び出された。
そんとき、週末の土曜日に私の再測定を馬澄さんと行う旨の打診を受けたのだ。
『ひぃぃ……馬澄さんとは話したことないのにぃ』って緊張したり。
『せっかくの休日に、私の測定に付き合わせてしまって怒らせちゃってない?』なんて心配したりしたものの。
馬澄さんは『イヤ』とか『無理』とかは特に何も言わず、了承してくれていた。
でもあんまり歓迎している顔ではないよね?
なんかムスッとしてない?
やっぱりイヤだけど言わないだけなのかな……とにかく後でひたすらに謝っておこう。
南鶴先生から土曜日は予定空いてるかと聞かれたけれど、あいにく予定なんて全くなかったし。
たとえお母さんが寮に遊びに来るとしても、こっちを優先すべきなんだろう。
そうだ。お母さんにも立ち会って貰えばいいじゃん!
私なんかと二人きりよりは、ウチのママンもいた方が場も和むでしょ!
そう思いついたもんで、その夜お母さんに聞いてみたんだけど。
『どこの世界に娘の体力測定を参観する親がいんのよ?』と一蹴されて、それも叶わなかったんだっけか。
そして今日の測定が決定となったんだけど、実は昨日からずっと緊張しまくりだった。
ろくに話したこともない馬澄さんと二人きりなこととか。私のせいで手間かけちゃってることとか。
あと、予告されての体力測定に臨まないといけないこととか。
そのせいで、昨日の夜は全然まったく寝れなかったんだよね……。
だから今日の朝も寝不足でグロッキーだったけど、体力測定にはエネルギーが必要だろうと思ったから、朝ごはんと昼ごはんは死ぬ気でお腹におさめたっけ。
その結果がこれである。
はっきりしている記憶から辿り、さっき持久走で倒れたことをようやく思い出した。
全部の測定が終わるのに夜までかかってしまっただけでなく、最後は倒れるなんていう始末。
結局、馬澄さんにイッパイたくさん迷惑をかけてしまった。
マジで合わせる顔がねぇです……。
いやでも、五十メートル走ったときとか持久走のときなんかは、馬澄さんもけっこう応援してくれてるみたいだったし。
『感動した』とか褒めてくれてた気もするし、結構乗り気で付き合ってくれてたかも?
いやでも、迷惑はかけちゃったのは事実だし。
私たち二人しかいなかったのに、私が倒れたのは絶対に困らせちゃったよね。
鷲北先生に頭を撫でられながら、グーとかピーとか悩んでいると……。
保健室のドアが開いて、今は顔を合わせるのがちょっと恐ろしかった馬澄さんが入ってきた。
「失礼します。先生、神さんは……あっ、神さん! 大丈夫!?」
そう言ってベットのそばまで駆け寄ってきた馬澄さんは、鷲北先生と逆サイドから私の頭を撫でながら。
『大丈夫か』とか『もう平気か』とか、めちゃくちゃ私を気遣う言葉をかけてくれた。
あっ、怒ってはいないっぽい。
よかったぁ。エヘヘェ……もっと撫でてぇ。
ひとまず、馬澄さんにとんでもないほどに嫌われたとか、怒らせたってことはなさそうだったので。
私は安心しながら、二人から撫でられ続ける時間を享受したのだった。
◇◇◇
そこでその日に起こった印象的な出来事が終わっていれば、全部マルっとモーマンタイだったんだけど……。
鷲北先生がさっき言っていたように、私と馬澄さんは寮まで、先生の車で送ってもらえることとなった。
歩いても、たった十数分の距離ではあったけど。
お外は暗いし私がグーデロ状態だったから、先生として気を遣ってのことだったんだろう。
運転席の鷲北先生は、後部座席で隣に座っている馬澄さんと何やら話しているけれど。
ふたりが何を話しているか、その内容は私の頭に全く入ってこなかった。
何故なら私の状態は、もう限界に近かったからである。
寝不足だったことや、体調が優れない中でも無理やり食事したこと。
さらには半日中、慣れない運動で身体を動かして続けたこと。
そもそも、そんな最悪なコンディションで、よくここまで持ったものだよ。
だけどそんなギリギリの状態で鷲北先生の車に揺られたのが、きっと決め手になったんだろう。
私は昔っから、とんでもなく乗り物酔いをしやすいタチなのである。
電車とかバスとかもアカンから、入試の時とか面談の日なんかは、お母さんが酔い止めの薬を用意してくれていた。
そんないろいろな乗り物の中でも、車ごとの独特の匂いとか、過去に攫われかけた嫌な思い出とかで、特に車に弱かった。
それでもなんとかかんとか、寮に着くまでは耐えきった自分をマジで褒めてあげたい。
我慢に我慢を重ねて、ようやくたどり着いた寮の門の前。
ぐるぐると回る視界の中で、去っていく鷲北先生の車を馬澄さんと並んで見送って……。
「ふぅ。今日は本当にお疲れ様。それじゃあ、寮に帰ろっか……神さん?」
今日一日、さんざんお世話になった馬澄さんのすぐそばで。
まるで舞台の上で役者を強調してるスポットライトのように、門の上から差し込む電灯に照らされながら……。
もうどうあっても抑えきれなくなったゲポポ感が、私の限界を突破したのだった。
◇◇◇




