第二十二話 神は悦に入り、卯は床に転がる
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卯月さんにお礼を言ってお見送りした後で、私はベットに腰掛けて一息ついた。
ふぅ……てかさ?
なんであのギャル、あんな良い匂いすんの!?
卯月さんが部屋に来た時には、『誰だよ私の部屋にデリヘル呼んだやつは……ありがとうございます!』なんて不審に思ったけれど。
勇気を出して部屋に招き入れて良かったー! あのとき勇気出した私、マジでナイス!
数日前の頭が飛んでた私と同一人物だとは思えない優秀ぶり! マジで今年度のMVP上げて良いレベル!
ただ一つ……卯月さんにはそりゃもちろん、メチャクチャ感謝しているんだけど。
大変申し訳ないことに、多分ってか絶対に私のヨダレを服につけちゃってたな……卯月さん、服が濡れてるのに気づかなきゃ良いんだけど。
はぁ……いやもうマジで余韻がヤバい。匂いと感触と、なんかもういろいろ全部ひっくるめてヤバい。私の語彙力が腐ってるわけでなくて、ヤバいとしか言えないくらいにヤバい体験したわ。
匂い嗅いだだけで身体がバリバリ震えたもん。マジで一生嗅いでいたかった。
さっきお母さんと電話してた時の寂しさとかホームシックとか、んなくだらねぇことは全部まるっと忘れるほどに、夢中でクンカクンカしてしまった。
マジで悦に入ってたよ。メチャクチャにクラクラしたもん。
卯月さんたら体臭にアルコールを含んでるんだよ。もうそれ酒造法違反だから。ダメだから。卯月さんのせいでアルコール中毒になりかけたんだからね。
てかあのギャル、絶対に私のママだわ。
私の頭を撫でてた手から『ママだよ』『ママだよ』って伝わってきたもん。きっと卯月さんもたぶん言ってたわ。私に聞こえてなかっただけで、アレはきっと言ってたね絶対に。
いやもう困るなー……お母さんはそりゃ、いわば殿堂入りだよ?
でも子日ちゃんや猫西先生に続いて、卯月さんもそんなに私にバブられたいのかー。
卯月さんはそりゃもう顔も匂いも優しさも最高なんだけどなー。ただ、おっぱいがねぇ……平均点は超えてるけど及第点って感じだしなー。猫西先生がおっぱいだけ貸してくれないかな?
いやまぁ卯月さんのおまんじゅうも私よりは全然あるし。そもそも煎餅くらいの胸部しか備えてない私ごときが、誰かの胸部をとやかく言うことが、おこがましいにも程があんだろうけどね?
さっきまでの幸せな時間を思い出して浸りつつ。
歯磨きとスキンケアだけはサッサと済ませて、さっきまで卯月さんと一緒に横になってたベットにゴロンと寝転んだ。
仰向けになって天井を見ながら『今日も頑張ったなー』とか、『そういえば化粧水とか上げちゃったこと、お母さんに言っとかないとな―』と、ぼーっと考えつつ。
何気なく寝返りを打った時、私の頭の中で無数の花火がパンパカパンパンと打ち上がった。
枕メッチャええ匂いするんやけど!
卯月さん残り香までお土産で置いてってくれるなんて、ホスピタリティがヤバすぎだよ!
あぁーもうあのギャルちゃんったら、マジでヤババだわ。ヤババの民だわ。
スンスンッ! あぁーあたまおかしくなりゅぅ!
幸せな香りと思い出に包まれつつ、私はそのまま眠りに落ちていって……。
その夜、私はメチャクチャえっちな夢を見たのだった。
◆◆◆
自室のドアを荒々しく開けて、部屋の中に飛び込んだ。
「うおっ! ビックリした!」
ウチの勢いに虎前は驚いてアホヅラ晒してたけれど。
それをからかう余裕なんて、いまのウチは当然持ち合わせていない。今だけは一人で勝手に猿みたいにウキャウキャしてろ。
もらった美容液はとりあえずそっと机の上に置いた後、ウチは自分のベットで布団を引っ被って丸くなって……。
「っあぁぁ!!」
今の時間とか周りの迷惑とかを考えることもできず、まともな言葉にならない感情を叫びとして、なりふり構わず思いっきり吐き出した。
「うおっ! ビックリした!」
うっさいな! アンタそれしか言えんのか!
単細胞で神さんのストーカーの、アンポンタンのスカポンタンのポカホンタスめ!
そもそもアンタがあんな挑発したから!
アレさえなければ、さっきみたいに神さんと……。
「ぅだあぁぁ!」
「だからウルセェっての! お前いま何時だと思ってんだ!」
知んないしそんなん!
虎前が布団越しにポスポス叩いてきやがった。
いつもだったら反撃するたけに噛み付いてるところだけど、ウチはひたすらに布団の中で身悶えるしかできなくて。
そんな時……ウチらの部屋のドアが、コンコンコンと叩かれた。
「あぁもう、ほら。お前が騒いでっから……」
虎前が溜め息を吐きつつも、ドアを開けて来客の対応をしはじめて。
「ちょっと。うるさいんだけど」
「あぁ委員長。悪ぃ」
ウチらの部屋にやってきたクレーマーは。
隣の部屋で生活している、みんなの委員長こと辰峯さんらしかった。
「卯月がなんかひとりで騒いでんだもん。ほら、あの丸くなってる馬鹿のせいだ」
「あの状態で叫んでたの? 大丈夫?」
そりゃ心配もすんだろう。ちょっと変だもんね、流石に今のウチは。
それも全部、神さんが添い寝なんか誘ってくるから。添い寝なんか……。
「っんんー!」
わざわざ苦情をいいにきた委員長に配慮して、声はなるべく出さなかったけど。
そのかわりベットにパコパコと頭を叩きつけて、無限に湧いて来る謎の激情を発散した。
「大丈夫……ではないかもな。たしかに」
「ヤバいわねアレは。いったい何があったのよ……」
うるせぇー! お願いだからほっといてー!
ウチだって騒ぎたくて騒いでんじゃないっての!
「まぁあんな風に叫ばないでいてくれるなら、別にいいんだけど」
「次また叫ぶようなら、ブン殴ってでも止めとくから」
「いえ、叫ぶ前に止めて欲しいんだけど……まぁいいか。よろしくね。おやすみ」
「おう。おやすみ」
就寝の挨拶を機に委員長は自室へと戻っていった。
流石にゴメンとは思っておこう。迷惑かけたのはウチなんだし。
はぁ……もうホント疲れた。このまま寝てしまいたい。
ドッと力が抜けた身体で、布団の中でウダウダと考えながらダンゴムシになっていると。
被っていた布団が急にバッと剥ぎ取られて、ウチの身体が世界にまろび出た。
「……なにすんのよ?」
「いや、なんでそんな奇行にはしってんのか気になって。頭大丈夫か?」
「うっさい! ほっとけ!」
んっ、と手を伸ばして、ヘタレの持ってる布団を取り返そうとしたものの。
この女がヒョイと避けやがったせいで、疲れ果ててたウチは無様にベットから転がり落ちるという醜態を晒すことになってしまった。
「ぐえぇ」
「あっは! 何してんだよお前!」
頭の上からメタクソにムカつく笑い声が聞こえる。
このヤンキー女、いつかマジで寝てる隙に化粧水ぶっかけてやるからな……。
でも今日は勘弁しといてやる。んな元気ないし……。
「んもうお願いだから、今はほっといてぇー……」
ベットにもどる元気もなかったウチは床にひっくり返ったまま、辟易としながらヤンキー女なんかに弱々しく懇願してしまった。
こんな無様さは普段のウチじゃ絶対に許せないけど、これも全部神さんのせいじゃんか!
明日から、平気な顔して神さんに接することができるのかを不安に思いながら。
ムカつくヘタレ女に永遠と煽られ続けたままで。
入学してから一番ド派手だったウチの一日は、そのまま終わっていったのだった。
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