第82話 料理教室……! 2
カラァン……。
テーブルの上に、俺の持っていたスプーンが落ちて甲高い音を響かせる。愕然とした気待ちで、口を押さえ俺は涙を流す。震える声で言った。
「クソまずい……」
うっうっ、と。嗚咽するようにえづきながら俺は目の前に置かれたゴミを手で避ける。こんなクソまずいもの、食への冒涜だ。
「貴様ぁ! セリナの作る飯が不味いと抜かすかっ!!」
はっきりと正直な気持ちを述べた俺に対して、ラングレイよりも年齢がちょい上のおっさんが立ち上がって俺に向かって吠えてくる。騎士団長だ。
俺はムカついたので立ち上がって吠え返す。
不味いってんだろ! ボケかっ! んなもん食えたもんじゃないわ!
「なんだと!? この貧乏舌がぁ……! セリナの作ったものが不味いわけなかろうが!」
ゴミをパクパクと食べてみせる騎士団長に思わず顔が引き攣る。横で全く手をつけず、しかし真顔で感情を殺しているラングレイを俺は睨みつけた。
やい、テメェもそう思ってんだろ!?
「え? いや、俺は……うん、個性的な味だなって」
俺に振るなよと顔が語っている。その顔を引っ叩いた。ぱちーん。ええい! この根性無しがっ!
「ラングレイぃ〜! 貴様からも言え! このガキに! セリナの料理は美味しいですと!」
お前なぁ! クソ不味い料理を作ってきた女に嘘で美味しいよって言う奴がかっこいいと思うなよ!? 不味いもんは不味いって言う方が良いに決まってんだろ! カッコつけたかったら不味いって言った上で全部食え!
「だから美味いって言っているだろうが!」
パクパクパクーッとすごい勢いで食べる騎士団長。流石の俺も察する。これは恐らく本気で言っている。
例えるなら、とりあえず焦げていてドリンクバーで多種に渡るジュースを混ぜ合わせた様な混沌とした味のモサモサネチョネチョぐみょぐちょした食べ物(?)を、本気で。
バカ舌ってレベルじゃねえぞ……。ちらりとゴミを見て、おえっと俺は吐きそうになって口を抑える。あぁ……材料が勿体無い……。
「や、やっぱり、下手なのだろうか……」
もはや言うまでもない事実を呟いて、ショックを受けているセリナ婦人。おいおい、誰か教えてくれる人は居なかったのか? ん?
横にいるラングレイがコソコソと耳打ちしてくる。
「あそこのおっさんが美味いって言い張って、部下の誰もそんなこと言えなかったんだ」
ぷんぷんとしながら妻の手料理(?)を嬉しそうに食べる包帯まみれのおっさんを見つめ、悲しそうな顔をするラングレイ。
「あの、ペペロンチーノ嬢。はっきり言って欲しい……私は料理が下手なのだろうか」
俺は首を振った。
その様子を見て、皆がキョトンとする。俺は言った。
「あんたのは料理と言わん」
おっさんと喧嘩になった。
*
俺はセリナ婦人を連れて龍華の街を歩いていた。鎧姿でなく、私服のセリナ婦人はどこからどう見ても綺麗なお姉さんだ。それを連れ歩く俺はとても気分が良くなる思いだった。
それに、『十華仙』の一人と歩く俺を闇討ちしようなんて輩が現れるわけもなく、龍華にて少なくない恨みを買っている俺にとって良いボディガードにもなった。
「その、料理なんてしたことがなくて……最近になって勉強し始めたのだが、ウチの旦那はあのように『美味い』としか言わなくて……」
そういう奴には作り甲斐がないよな。わかるよ。だからこそあんたに必要なのは、ちゃんと問題点を教えてくれる奴だ。
しかし、そもそも何故料理を? 俺がそう聞くと、頰を赤く染めたセリナ婦人が恥ずかしそうに頬を掻く。
「料理を作れると、その、魅力的かなって」
昨今の龍華には新たなる価値観がもたらされている。それは、戦争をやめて人が流れてくるようになったアルカディアからのものなのか、それとも至る所に少なくない数が潜り込んでいる……プレイヤーのものなのか。
武力至上主義の龍華に、密かな女子力ブームともいうべきものが広がっていた。言うなれば家事力。男女問わず戦いでなく普段の暮らしに目が向き始めている。
つまり、セリナ婦人はそういう空気に流されているのだ。しかし、俺自身も魅力的だという意見には賛成なので、むしろ後押ししてやる事にした。
そうだな……剣こそが誉れという時代は終わった。今は包丁だよ、剣より包丁が強しってな。
「私は剣を使わないんだが……」
じゃあ手ごねハンバーグでも作れば?
まぁとりあえず言える事は、人をぶん殴るだけの奴より胃袋をぶん殴れる奴の方が強いって話だ。
ところであんたは何故、魅力的になりたいと?
「その……あの……誰にも言わないでくれよ?」
言いませんよぉ。俺はニコリと言い切った。
「モモカはさ、ほら……料理が出来るだろう? サトリなんかも実は出来る。私だけ……なんか負けてるなって」
照れ照れと言うセリナ婦人は年齢不詳ながら十代の様な若々しい仕草だった。強気な美女という外見とのギャップも相まって、俺の周辺にいる女性の中でも高位のヒロイン力を見せてくる。
余談だがサトリの場合は、料理に男が色々と元気になるものを不自然なく混ぜ合わせる為に技術を磨き、プロ顔負けの料理を作れたりする。
あと、モモカさんはサンドイッチくらいしか見たことがない。多分。
「それで……良い先生を知っているんだって?」
そう、実はただデートをしているのではなく、料理のイロハをセリナ婦人が勉強する為に俺の紹介する先生の元へ向かう途中なのだ。
腕を組み自信満々に答える。
ふふふ、そうです。『彼ら』にかかれば、あのバカ舌オヤジの舌を矯正する事すら可能でしょう。なんなら、店を開くのも良いかもしれない。『十華仙』監修のレストラン、うん……龍華ならウケるだろう。
そんな俺が案内したのは、街中にあるなんの変哲もない建物。少し前に『十華仙』の獣人と謎の槍使いが暴れた場所だが、今それは関係のない話である。
それはさておき中に入る事にしよう。外の階段を登り、二階にある扉の前に立つ。
『料理研究会"にっぽん"』
扉に掲げられた看板には、達筆な毛筆でそう書いてあった。ちなみに『日本語』で書かれているのだが、上に現地の文字でフリガナが振ってあるのでこの世界の人達にも読める。
「にっぽん……?」
ええ、私の仲間……まぁ同郷の『検証組』と呼ばれる連中です。つまり何が言いたいかと言うと……ちょっと変わった奴らです。
ですが、勤勉でかつ知識をひけらかしたい連中は教え上手なところがありましてね、今回はそいつらに日の目をみてもらおうかと思いましてね。
「は、はぁ……」
まぁまぁ、早速中に入りましょう。ガチャリと扉を開けて中に入る。眼前に広がるのは、何台も置かれた調理台。そして、部屋の中央に陣取る四人のプレイヤー。それぞれが謎のポーズを決めている。
ひょこりとセリナ婦人が俺の後ろから顔を出すと、そのプレイヤー達の瞳が爛々と輝いた。
「あっち!」
「socchi!」
「こっち!」
「チッキん!」
向かって左から右に向かってポーズを取り直しながら自己紹介をしていく! 最後の一人が叫んだ瞬間……! 四人が顔を合わせて強く頷きあった……!
「あ、どうも〜リーダーのチッキんですぅ。今日はよろしくお願いしますー」
リーダーが前に出てセリナ婦人に握手を求めた。戸惑うセリナ婦人に、俺は頷いてニコリと天使の様な笑みを見せる。
じゃあ俺はやる事があるから!
俺は去った。
*
一ヶ月後。
再び料理研究会の元へ訪れた俺は、目の前に出された肉じゃがを前に真剣な顔をした。とりあえずカメラでパシャり。横を見て、とりあえず聞いてみる。
なるほど、頂いても?
視線の先、セリナ婦人が自信満々に頷く。後ろに立つ、あっちsocchiこっちチッキんの四人がニコニコと見守っている。
俺は、箸を持ってゴクリと唾を飲み込んだ。ふむ……見た目良し。くんくん……匂い良し、出汁の美味しそうな香りだ。どれどれ、じゃがいもっぽいものをつまみ、口に運ぶ。
「……う、美味い!」
素直に賞賛した。ワッ! と喜ぶセリナ婦人と研究会。
「やりましたね! セリナさん!」
「やはり、愛……愛ですね!」
「ふふ、鼻が高い」
「我々の、知識は通用するという事ですね……!」
研究会の連中は様々なの喜びでセリナ婦人を褒め称えた。どうやらそれぞれに色々と思うところがある様だ。感極まって涙を流す者もいる。
「ありがとう、ありがとう皆……!」
セリナ婦人も、それに当てられて思わず涙している。
ふっ……。どうやら、俺の慧眼に間違いはなかった様だな。腕を組み、ウンウンと頷く俺は懐からとある紙を取り出した。
それを渡されて、キョトンとした顔で紙を見つめるチッキん。
「これは?」
それはだな、ここを料理教室兼・定食屋にでもしようと思ってな。どうだ? 日本食……広めたいだろ?
その紙とは、言うなればここに店を作りますよと書いてある契約書のようなものだ。その責任者の名前の所にはチッキんの名前が書いてある。
「え!? これを……俺達に?」
ああ……任されて、くれるか?
料理教室がメインで考えているが、定食屋の方も充分稼げると、思っている。俺はセリナ婦人の作った料理をビフォーアフターで載せる広告のレイアウトを考えながら、ニコリと笑った。
ポロリと涙を流し、チッキんは勢い良く言う。
「ああ……! 任せてくれ!」
*
それから、しばらく。
料理研究会の店はかなりの盛況だった。『十華仙』のセリナ婦人を広告塔にした『ここで料理を習ったらこんなに上手になった!』といった感じの、分かりやすい写真付き広告の効果だろうか。料理教室の方は想像以上の人気ぶりに、店の中には収まらず大きな会場を借りてそこで授業をしている。
定食屋の方は、限りなく日本食の味を再現した料理が意外にも龍華の人間にウケている。
売り上げ金を計算している俺は思った以上の成果に唸った。
その姿を見ていたチッキんが、どこか浮ついた様子で話しかけてくる。
「そ、そんなに凄いのか?」
……。俺は少し考えた。顔を伏せ、ゆっくりと首を横に振る。
「ま、まぁそうだよな。そんな、上手くいくわけがないか」
いや、お前達はよく頑張っている。まぁどうしてもショバ代なんてものもあるしな……。ほら、異世界のヤクザモンは怖いし。
恐らく、チッキんが期待していたくらいは稼げている。店舗代や、俺の言うショバ代なんてものは払っていないので尚更だ。
それはもちろん、開店当時に因縁をつけてくるゴミの様な奴等がいたが、話し合いの末にそういうのは無しになった。
だが、全くなにも渡さないというのも色々とご近所付き合いに関わってくるので、定期的にコイツらの店にガラ悪く来店してもらい俺が対応するという寸劇は行なっている。
ほら、これが今月のお前らの給料だ。
そして俺は、先の事も考えて計算した上で研究会の連中に給料を出す。
言うなれば俺は総務担当だ、俺が一番龍華に馴染んでいるのでそういう面倒事は全て引き受けているのだ。
「お、おう。いつも悪いな。なんか、俺達に付き合ってもらってさ」
何言ってやがる。
ニコリと俺は天使の様な笑みを浮かべて言う。
こんな世界に放り込まれてよ……それでも頑張ってるお前らを見て、俺もなんてーか……手伝いたくなったというかよ、一緒に夢を見たくなったんだ。
だから、これは俺がやりたいからやっているのさ。
そう言い切った天使の様な俺に、感極まったのか涙を零すチッキん。
「そうか……! じゃあ、俺みんなに給料わたしてくる!」
照れ臭そうに涙を拭って去りゆくチッキんの背中をニコニコと見つめる俺の口角は、やがてグググ……と緩やかに上がっていった……。
*
「ほら、お前ら今月の給料だぞー」
機嫌良さそうにお金の入った封筒を料理研究会のメンバーに渡していくチッキん。それを受け取り、各々が中身を見る。
歓声を上げて金を数えるメンバー達の中、一人……socchiという名のプレイヤーが不機嫌そうに眉をひそめた。その様子を見て、チッキんが疑問を口にする。
「どうした? なんか嫌な事でもあったのか?」
「あったも何も」
不機嫌を隠さず、苛立たしげに声を荒げるsocchi。
「私は、リアルでそういう仕事についてたからなんとなくだけど! どうも、仕事量と給料が見合ってない気がする!」
その言葉に、他のメンバーは顔を見合わせてまた封筒を確認する。だが、この世界の金銭事情にまだまだ疎い彼らはよく分からない。
だが、現実世界での経験に加えてこちらに来てから自分なりに勉強してきた知識。そして依頼人に内密で仕事の報酬を聞き出していたsocchiは、ずっと違和感を抱えていた。
「絶対……! オーナーは横領してる! あの人の悪評は皆もきいてるでしょ!?」
「でも、しかし……」
チッキんは優しく人の良いプレイヤーだ。それは良くも悪くも、恩のある相手には強く出れない結果に繋がる。
「確かに、あの人のお陰で店を開けたし、仕事は入ってくる……。でも、この報酬は私達の労力に見合ってない!」
軌道に乗り始めた経営……目に見えぬ亀裂は静かに、しかし確実に広がっていく……。
次回予告
オーナーと料理研究会の間に生まれた亀裂は、次第に彼らの信頼関係を破壊していった。
「くくく、駒は駒らしくしておけばいいものを……」
パワハラの限りをつくす破滅の魔女に、協力して立ち向かわねばならない研究会のメンバー。
「俺ぁ、金さえもらえたらいいんすよ」
「給料、前借りできませんかね?」
しかしこの世界に来て何年も燻っていたが故に、急に大金を手に入れたメンバー達の中には正気を失う者も現れる。
「ここが、料理教室『にっぽん』ですか……。まっ、我々の敵ではありませんね」
崩れゆく料理研究会と料理教室、そんな泥舟に迫る……商売敵ライバルの出現。
「俺達が、今再び結束しなければ……! 乗り越えねばならんのだ!」
オーナーとの確執、商売敵の卑劣な罠。
あらゆる障害に、料理研究会『にっぽん』の底力が試される!
「オーナー……! 今は、あんたと喧嘩している場合ではない! 行くぞ、皆!」
「あっち!」
「socchi!」
「こっち!」
「チッキん!!」
『キッチン戦隊! くっくぱっと!』
かつてない団結を見せる料理研究会の面々に、しかし破滅の魔女は不敵な笑みを浮かべる……。
「面白い……やってみろ! どうせこの作者に予告通りの事なんて書けねぇぞ!」
破滅の危機に追いやられた料理研究会はこの危機を乗り越えられるのか。
次回、『泥舟沈む』
絶対、読んでくれよな!




