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不死なるプレイヤーズギルド  作者: 笑石
本編……?
125/134

第122話 攻略組の生態①



 彼女は生まれた時から醜かった。顔の話だ。

 あまりの醜さに直視する事が耐えがたかったのか親には捨てられ、ただ道を歩くだけで人々からは石を投げられた。


 しかし彼女には才能があった。ただの魔法ではない、魔法を薬に込める才能だ。元の効能から飛躍的に上昇し、ただの栄養剤が腕すら生やす回復薬となる。



 それほどまでに強力な才能も、彼女の醜い容姿のせいで『魔女の妙薬』と呼ばれて人々は恐れた。効果が高すぎた事で、その薬を飲む事で悪魔に身体を乗っ取られるという根も葉もない噂すら流れた。

 いつしか彼女の薬を求める者は暗い闇の住人だけとなる、その使い道はとてもではないが口にする事が躊躇われるような結果を生むことになる。


 やがて彼女は自らの才能を閉ざした。

 あまりにも善良な彼女の性根は、誰かを救う為に作った自らの薬が悪用される事に耐えられなかったのだ。



 *



「こんにちは」


 彼女は、その声を聞いて自分でも分かりやすいなと自虐してしまうくらい顔を明るくさせた。深くフードを被り、自らの住居を訪ねてきた客人の元へ急ぐ。


「グリーンパスタさん、こんにちは」


 今までの人生で、自分からこんなにも朗らかな声が出るなんて彼女は彼に会うまで知らなかった。グリーンパスタと呼ばれた彼……特徴のない顔立ちをした少年は、ニコリと人の良さそうな笑みを浮かべて中に入ってくる。


「お邪魔しますね。進捗はどうでしょう? 僕の方も───」


 彼とは、共同研究をしている仲だ。突然彼女の住居兼店舗(もはや形骸化しているが)に尋ねてきた彼は、どのようにして薬に魔法を溶かすのか、と技術に興味があるので教えて欲しいと言ってきた。

 彼自身も、薬に別のアプローチでなんらかの効能を与えたいらしく、それは彼女にとっても新鮮な手法であったので興味が湧いて、互いに意見を出し合って高みを目指していた。



 彼女は、はっきり言って浮かれていた。彼と話すのは、楽しい。彼から奏でられる人の良い声色には、今まで出会ってきたすべての人間から感じてきた嫌な音が乗っていない。

 彼女がトラウマからフードを深く被って顔を隠していても、彼はその中身を過剰に気にしたりしなかった。

 そもそも近くで作業する事もある以上完全に隠すことなど不可能なので、何度か醜い顔を見られたことはある。しかし彼は……彼の顔色は一切何も変わらず、その視線は彼女の外見なんて全く写さず、中身を見通すような───彼女自身を、偏見を持たず見てくれているような……。


「グリーンパスタさん、貴方は、私の顔を見て嫌な気持ちにならないんですか?」


 突然、彼女はそんな質問をしてしまった。

 これは欲だ。彼の、本心を知りたい。隠すのが上手いのか、それとも本当に顔なんて関係なく、『人間』を見てくれているのか。


「? ん? あぁ……もしかして、随分と酷い思いをしてきたんですか? まぁ僕の友人も言っていましたね、『人は外見で中身を判断する。それは決して非難すべき事ではなく、生き延びていくための術なのだ』って」


 彼女の質問に対して、動揺の一つも見せずに彼はそんなことを言い始めた。その反応の時点で、彼女は既に心が救われていた。普通の人間がどうあっても、彼にとっては外見など些末なことなのだと、その様子からもう察する事が出来たのだ。


「『外見もその人間を構成する要素の一つ、蔑ろにする事こそ人間性に欠けた行為だ』とも言っていてね。その場の勢いで言っている言葉だとは思うけど、過激でしょ? けど僕自身はその友人とは違う意見を持つ」


 世間話をするように、薬を調合しながら彼はつらつらと語る。すこし回りくどい話し方をするのが、彼の欠点でもあるが彼女にとってはそれすらも愛しく感じていた。


「《器》と《精神性》は互いに影響し合うものだけど、僕はそれでも変わらないものがあると知っている。僕が見たいのはそこなんだ。つまり何が言いたいかと言うと、僕は貴方の外見について何も思う事がない」


 捉え方によっては突き放したような言葉に、しかし彼女は幸福を覚えた。

 それほど、彼女は外見を非難されて生きてきたのだ。簡単には変えられない、一生付き合っていく《器》の形を。

 それはとても辛い日々だった。だからこそ、たとえ彼の『人間』を見ていないような発言にすら嬉しく感じてしまう。


「しかし、そうだな……。見た目だけを変える事は案外簡単だったりしますよ。貴方程の界力ファルナの持ち主だと中々上手くいかなかったんでしょう? 要は手法の問題です。より詳しい人を知ってますよ」


 付け加えるように、彼は困ったような笑顔を浮かべた。


「もう一つ、好きに《容姿》を変える方法もありますが……それは、段階を踏んでからにしましょうか」




 *



「ぺぺにお願いがあるんだけどさ、ヒズミさんに会わせたい人がいるから取り持ってくれない?」


 突然、俺の元へやってきたグリーンパスタがそんな話を切り出してきた。ちょうど無限アンリミテッドインフィニティとラーメンを食べに行くところだったので、挨拶もそこらにとりあえず着いてこいやとラーメン屋の席に座った後のことである。


「ここのさぁ、濃口ラーメンが好きなんだよねぇ」


 無限はグリーンパスタのことを一切気にも止めずラーメンの話しかしていない。このメニューはぁ、とか言ってる無限を無視して俺はグリーンパスタを睨みつけた。


 自分でアポ取ればいいだろ。いちいち俺を介するな。


「あの人、《プレイヤーズギルド》の回線を切ってるんだよね。そんなことが可能なあたり、流石だと言わざるを得ないんだけど……」


 なるほど……つまり掲示板等を利用した呼び出しが無効化しているわけだ。


「と言ってもまぁ、向こうからは《干渉》出来てるはずだから、僕が探しているのも気付いていそうだけど……」


 ……なんかきな臭いと思って無視してんじゃね?

 そう言えば、昨日ヒズミさんがそんなこと言ってたような気がする、と俺は考えながら適当に答えた。


『なんかグリッパが私のことを探しているんだが、どう思う?』


 そんなヒズミさんの質問に、『あんな胡散臭い奴無視しておいた方がいいよ』とかなんとか言った気がする。


 てか、ぽてぽちに頼んだらいいだろ。あいつなら、たとえヒズミさんといえど逃げ切る事は不可能だろ。


 俺の問いに、顎に手を置いて考え込んだグリーンパスタは、しかしため息を吐いてそれを否定した。


「それは、一線超えているかなぁって。僕だって彼女に嫌われたくはないよ」


 なんの要件なわけ? 会わせたい人だっけ? 


「うーん。そう、なんだけど。非常に顔の造形にコンプレックスを持った人でね。素晴らしい才能の持ち主なんだけど、うん。なんとか出来ないかと思って。ヒズミさんならその辺詳しいと思ったんだけど」


 なるほどな。

 造形って言い方はどうだよ? と思いつつも俺は腕を組んで頷いた。


 確かにあの女は顔の整形魔法に通じた存在と言える。しかしだぞ、ヒズミさんはパーツが地味なだけで、骨格や配置は本人が気にするほど酷くはない。もし、その会わせたい人とやらが……その、なんていうかだな、骨から悪い感じだったとしたら……あの女は、私の方がマシだな、みたいな顔をするぞ絶対。性格悪いから。


「ふぅん。でも、進んで助けてくれそうじゃない?」


 そこはそうかもしれないが……感じ悪いぞ絶対。そもそもだな、この世界の容姿については神の采配があまりにも大きい。もし、『加護』によるものだとしたら……かつてのヒズミさんの様に、容姿を変える事は出来ないかもしれない。もしそうなった時の、会わせたい人とやらの気持ちをお前は考えたのか? 少しは。


 俺はグリーンパスタというプレイヤーが人の感情を真に理解出来ていないと考えているので、責める様に言った。


「あー、なるほど。期待させた分、落胆が大きくなると」


 そしてやはりこいつは善良な皮を被っているだけの破綻者なのか、顔色ひとつ変えずに、言葉だけ取り繕ってくる。

 俺は訝しげに見つめながら言葉の続きを待つ。


「だったらその時は、僕が責任を持ってその人を……プレイヤーにするよ」


 ……。

 俺は唇を引き締めて考える。コイツ……現地人をプレイヤーに変えようとしている。薄々とその気配は感じていたが……。

 確かにプレイヤーになった上で、《化粧箱》を用いれば容姿なんて簡単に変えられる。しかしそれは……。


「お前らうるせぇぞ。そろそろラーメン来るから腹整えとけ」


 無限が苛立たしげにそう言ってきたので、一旦話を打ち切って俺達は押し黙った。


 しかし、ラーメンか……。俺は腕を組んでふんぞり返った。なんでも、ラーメンとは俺達の世界にある日本のラーメンの事を指すらしい。つまり、プレイヤーがこちらに来て齎した文化という事だ。


 とはいえ、どうやら店を切り盛りしているのは現地人らしい。プレイヤーは商品開発に携わったということか……?

 ふん、それならあまり期待できないな。はっきり言って、俺達の世界の食文化というものはかなりの高水準であったと言わざるを得ない。この世界は『魔法』という便利で、しかし個人差の激しい力があったせいで技術の一律化が難しく、故に文化というものが今現在を生きる存在に左右されてしまう傾向がある。


 だが、待てよ? と俺は考え直した。そう考えると、『美味しくなぁれ』の魔法が存在し得るこの世界において、もしかすれば俺達の世界のラーメンなんか比べ物にならないものが出てくる可能性もある。


 無限はβテスターらしく、己の秀でた才能以外基本的には興味が薄い。例えばこいつならば武器の扱いだ。そして、それで他人を苦しめることを愉悦に感じる破綻者の一人……。そんなイカレた奴が、ラーメンにハマるとは……つまりそれほどの味だということか……。


「へいおまちぃ。濃口らーめん三つ!」


 ドンドンドン! と勢いよく俺達の前にラーメンが三杯置かれる。俺とグリーンパスタは初めて来たので、無限と同じ物を頼んだ。


 さて、まずは一口……。


「おいぺぺロンチーノ。まずはスープを一口飲め」


 えっ。

 無限から鋭い声でそう言われた俺は戸惑いながら箸に絡めた麺を落とす。レンゲを手に取り、とりあえず啜ってみる。美味しいけど、なんか強い眼力で睨まれながら食べているせいか集中出来ない。


「……意外と、無限は奉行タイプなんだね」


 グリーンパスタも苦笑いを浮かべながら俺に続いた。その様子を見ていた無限はにっこりと笑ってから、豪快に麺を啜る! 俺はキレた。


「テメェ! しばくぞ! 俺達にはスープから飲めだのほざいておいて……!」

「うるさいぞ、飯時は静かにしろ。黙食だ。ラーメンに集中しやがれ」


 な、なんて横暴なやつだ。

 しかし迫力に押し負けた俺はおずおずと座り食事を続ける。


 うん。美味しい。


「美味しいね」


 グリーンパスタと無難な解答をする。別に俺達はラーメン通というわけでないので、個人的に美味しいか美味しくないかくらいの答えしか出ない。


「お前らに分かるか? ここは出汁にこだわっていてな……」


 得意そうな顔でうんちくを語りだす無限。俺とグリーンパスタは微妙な表情でそれを見るしかなかった。

 すると隣に座っていた客が大きくため息を吐く。


「ぷぷっ。濃口じゃ出汁の味や香りなんてわからないだろ……」


 かなり、太い身体をした脂ギッシュな奴だ。見るからにラーメンが好きそうな身体をしている。


「はァー? かっちーん」


 今のあまりに失礼な物言いは俺達にしっかりと聞こえており、無限は据わった目で堪忍袋の緒が切れた効果音を自分で表現している。

 グリーンパスタは面倒なことになりそうだと苦笑いで、俺も思わずため息を吐いてしまった。


「おい、そこのデブ。今私に向かって言ったよな? あ? 誰が味音痴の舌馬鹿だ? コラ」


 そこまで言ってないと思うけど……。

 立ち上がり、ビキビキと額の血管を破裂させそうになりながら無限が言うと、太った客はまた鼻で笑う。


「この店は竜骨を煮干してから燻製にした……かなりこだわりのある先鋭的な出汁をとってるんだけど、確かに濃口らーめんの売りであるコッテリさと豪快な香りのキツイ薬味脂に負けないワイルドな味わいさ。しかしね、僕みたいなラーメン通には分かる繊細かつ洗練された……」


 長いな……。俺は突然うんちくを語り出したお腹周りが太い客を冷たい目で見た。あと店長が丸坊主だったりしないかも確認した。髪の毛の混入を防ぐ為に丸剃りしてるような奴が店長だと、かなり意識が高い店だというのは常識だからな。

 しかしこの太い体の客、外見もさることながら、こんなつまらないうんちく語りをするような奴だ。さぞかしモテないだろうな。そう考えている事が視線に乗ってしまったのか、太い野郎は俺を見て、何故か嘲る様に鼻を鳴らした。

 あ? なんかすげえ不快だが?


「おいクソデブ、なげぇんだよ。話は簡潔にまとめろ、つまんねぇ男だな。んな馬鹿みてぇなうんちく誰が聞いたよ?」


 完全にイラついた無限は店の中だというのにマシンガンのように罵倒を始める。おやおや、相変わらず沸点が低くて我慢を知らん奴だな。こりゃ早いとこ店を出ないと迷惑がかかるぞ。


「……ふ、ふん。連れてるのも馬鹿そうだし、馬鹿舌連中に何言っても無駄かな! あーあ、人生損してるよ。馬鹿舌は幸福度が下がるんだよね。まっ、僕には関係無いけど」


 ぶひぶひ言いながらクソデブ野郎は俺に下卑た視線を一瞬向けていたな? 汚らしい口で、今この俺様の事をコケにしたか?


「あ? んだとクソデブ。テメェ焼却炉にぶち込んでその脂全部焼き尽くしてやろうか?」


 俺は気付けばそう口から漏らしていた。立ち上がり、クソデブ野郎の腹を思いっきり抓る。

 ブヒィッ! と鳴く豚を、果たしてどう調理してやろうかと思案する。そして無限も止まらない。


「豚の丸焼きにして出汁を取ってやるよ、クソくせぇ出汁でクソまずいだろうから、そのまま川に捨ててやる」


 ニヤニヤとしながら無限がそんなことを言うので、俺もデブ野郎をコケにした様な笑みを浮かべて続ける。

 おいおい、よせよ無限。お魚さんが死んじまうぜ。


「んがぁぁ!」


 ブヒィィィッ!(効果音) と豚が腕を振り回すと、現地人である豚野郎にプレイヤーである俺達が勝てる道理が無く、五メートルくらい吹き飛んで壁に激突する。

 当然、店の中のテーブルとかも巻き込んでる。叩きつけられた俺がもたついている間に、腕が折れているにも関わらず無限は即座に立ち上がり何処からか取り出した数本の暗器を豚に向けて放っていた。


 ドスドスドス! とおそらく呪装と思われる刃物が豚に突き刺さるが、全身に纏った脂装甲を前に有効打は与えられなかったようだ。


「あの、お客さん。暴れるなら外で」

「ふがァァ! メスガキッ! あのメスガキ達が僕に刃を向けてきたッ! 分からせてやる……!」


 分からせてやるだとぉ? クソブタ野郎がァ……無限はともかく、この俺様に対しても言っていたな? やってみるか? あァ!?



 視界の端で、グリーンパスタが額に手を置いてやっぱりめんどくさいことになったなぁと言いたげな顔をしている。




TIPS

前半の流れはなんだったのか

それは誰にも分からない


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― 新着の感想 ―
[一言] ペペさん相手じゃ用心棒とか逆効果だろうしなあ、こんなの店はどうやって自衛したらいいんだ、修行になるとか言ってレッドでも雇うか。 竜骨スープ……モモカさんやサトリたちだと共食いネタになるのだろ…
[一言]  小さい時から周囲の外聞や外見を大事にするのに嫌気さして中身を見るようにしてたけどそれはそれで弊害あるよ、美醜が分かんないのはどうでもいいけど普通は外見を見るから誰にも興味がないと思われてる…
[一言] 異世界の食文化が成長していない理由を垣間見た そっかー人気になったら潰されちゃうのかーこわいなーとづまりすとこ
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