第118話 地波壇編 完
迷宮都市で遊んで帰ってきた俺はフゥムスの瞑想する部屋で身体を投げ出した。周囲を見渡す。無限が何故か刀を研いでいるし、レッドは謎の土人形とチャンバラしている。ヒズミさんは横になって頬杖をついてうたた寝をしている。実家かな?
さて、次の天体魔法はなんだ?
しかし俺の問いに誰も答えることはなかった。ヒズミさんが目を薄らと開けて俺を見た。そしてそのまま目を閉じて俺に背中を向けてくる。
最初に言い出した女があんな様子なんだが? どういうことなの。
暇なので俺は仕方なくフゥムスに話を振る。
お前、死にたいって言ってたな。俺の知り合いにもポラリスっていう……死にたがりの知り合いがいてな。まぁあいつは不死身の身体での死の探求に取り憑かれた、死が目的のようでそうではなかった変人としか言いようのないわけわかんない奴ではあるんだが。
「ふむ……何が言いたい」
つまり、あんたもその類なんじゃないかと、思っている。漠然と死にたいが、死に方は何でもいいわけじゃない。いや、むしろポラリスの例のごとくどう死ねるのか、が目的になっているのではないか?
「ほう、それは……なるほど、一理あるのかもしれない」
一理あるのか。俺は適当に喋っていたのに同意されて驚いた。ならば、と俺は頷いた。
「ついてきな。俺が人生の素晴らしさってやつを教えてやる」
*
紹介しよう、俺の知り合いである魔法使いのフゥムスくんだ。
そういうことで、俺は巨漢でありなんか色んな二つ名をもつアイドルオタクでありランス(故)くんのライバルっぽいガーランドと、なんか腕が四本生えてる異世界からの異邦者オニヤマ。そして一時期は人間化してたのに今は普通に竜形態……しかし以前はもう少しデカかった気がするのに、だいたい人間と同じサイズになっている……俺の元愛竜であるオリーブ達にフゥムスを紹介した。
オリーブが寝そべりながら『くぁ〜』と欠伸をして舌をちろちろだす。
おうおう久々に見たが、随分と成長したなぁ。俺はそう言ってオリーブの頭を撫でた。
『息災であったか、ペペロンチーノ。我は元気である』
オリーブよ、以前も言った気がするけど、お前その喋り方でいいのか? キャラ変完了したの? それ迷宮に居座ってた時の口調だよね。その後違う口調じゃなかった? あれ? どうだっけ? 基本的に放任主義の俺とオリーブは離れて久しく、既にコイツの口調など把握していなかった。
「有難い……! 我々は皆、魔法が得意ではないのでな。ちょうど魔法使いの仲間が欲しかったんだ!」
「中々の界力……! ガーランド、彼は凄まじいぞ!」
ガッ! とフゥムスの手を掴むガーランドに、馴れ馴れしく後ろに回って肩と腰に手を回すオニヤマ。
ゴツい……。俺は目が腐りそうだった。どいつもこいつも筋肉質なのに薄着だしその状態でベタベタするもんだからキショくてかなわん。
だがまぁ、フゥムスは細くしなやかな筋肉なのに対し、ガーランドやオニヤマは岩盤の如き鋼の筋肉。印象として硬い筋肉と柔らかい筋肉の組み合わせはまぁ、王道とも言えるか……。
見るからに貞操観念が高そうなフゥムスに対し、馴れ馴れしいオニヤマはボディータッチが多い。それを見かねたガーランドはおそらく紳士的で、オニヤマに対し苦言を呈す。
ガーランドはフゥムスが望まない限り無闇に触れることは無い。しかし一度許されれば、強く、もう逃さないとばかりに肉を掴まれるだろうな。
「お、おい、ペペロンチーノ……。ど、どういうことだ……私は、迷宮には……」
顎に手を置いてニマニマと考え事をしていると、困ったようにフゥムスが話しかけてきた。
俺は答える。まぁまぁ、一度行ってみようよ。行ったことないの?
「……迷宮には、安易に関わるべきではない。この世の理から外れた存在なのだ。それゆえに、現世の縁は強く惹かれ、飲み込まれる」
よく分かんないけど食わず嫌いはやめろッ! テメェいくつだ! 一回だけだから大丈夫! 先っちょだけだ!
「!? いや、どういう意味だ? 貴方は迷宮の恐ろしさを知らぬのか?」
なんか、最初は自分の力高める為だったり、中で手に入る貴重な素材を売り捌いて財を築く為なのに、気付いたら迷宮潜りが手段から目的になるやつでしょ?
怖いよね、いつの間にか迷宮を攻略することが目的で、築いた財も高めた力も全て迷宮を攻略するために使うんだって。
「そこまでわかっておるのに、私にそれを課すというのか?」
うるさい奴だな。男らしくない……。
抵抗するフゥムスだが、筋肉隆々な男二人と謎の竜の押しに負け、少しだけ迷宮に潜ってみる事になった。俺としても、千壁を頼る事がなくて良かったよ。
千壁といえばロードギルくんは元気にしているだろうか。異端審問の長だったのに、自身が仕える神に剣を向け、というか刺して多方面から命を狙われる事になった彼だ。
正直殺されてもしょうがない罪だが、アルプラ教というこの世界の絶対神を崇めた、この世界で唯一許された宗教の実質的トップである聖女と恋仲なので迷宮都市送りで済んでいる。
たまには様子を見に行くとするか……プレイヤー経由で、聖女が彼の様子を気にしているという噂も聞くし。
そうして俺はフゥムスの元を離れ、そのまま一ヶ月忘れていたのであった。
*
「そろそろ『空雷』探さないとなぁ」
フゥムスの家にどこからかソファとかを持ち込んだ俺が寛いでいると、同じくソファで寝そべっていたヒズミさんが怠そうにそう言った。
覚えてたんだ……。
俺は驚愕した。何故なら俺は忘れていたからだ。
「まぁ、思ったよりお前が大人しくしてたからなぁ。元々は、お前の気を引くためのもんだし。あまりにおとなし過ぎて、レッドとか無限は居なくなってるし」
そういえば、俺やk子に大人しくしておけ。という話が発端であった。俺は同じく持ち込んだテーブルに広げた原稿を集め、たしかにこの一ヶ月程は大人しかったかもしれないと自分に対して思う。
何故なら執筆活動に追われていたからだ。
新作を鋭意執筆中で、その締切に追われた俺は自身の脳内を洗練させる為にフゥムスの家に閉じこもっていた。
仙人っぽいやつの家は脳を休めるのにちょうどよかったのである。ちなみにネタとしては、迷宮都市のオラオラ系筋肉隆々漢と紳士系筋肉隆々漢が細マッチョ系……あっ。
「てかフゥムスのやつどこ行った?」
ヒズミさんが今更の疑問を口にする。俺は気付くの遅過ぎるだろと呆れてしまった。
迷宮都市で探索者やってるよ。
俺がそう言うと、ヒズミさんは疑問符を頭に浮かべる。
「え? なんで? あんなに嫌がってたじゃん」
アイツめっちゃ押しに弱かったけど……。俺の言葉に、まぁ確かにそういう一面はあったかもしれないとヒズミさんは顎に手を置いて昔を懐かしむような顔をする。
「様子見に行くか」
そうする事になった。
*
「おお、ヒズミ。久しいな。おっと、たった一ヶ月で久しいとは、随分下界慣れをしてしまった」
迷宮都市に行くとフゥムスは普通に居た。特に以前と変わった様子はない。今はガーランドやオニヤマらパーティメンバーとミーティングの途中らしい。テーブルに迷宮内の地図を広げて探索計画を練っていた。
「……フゥムス、迷宮の呪縛はどうだ?」
ヒズミさんが真顔で聞くと、フゥムスは顔を上げて何も心配はいらないという笑顔を見せてきた。
「何も問題はない。決して迷宮に囚われることなどなかった。どうやら杞憂だったらしい」
「まぁ……加護者は影響を受けにくいと聞く」
底抜けに明るい笑顔で言い切る彼に、ヒズミさんは頬をひくつかせながらそう答える。
「ところで空雷の話だが……」
「おお、ヒズミ。それは私も気にしていた。ちょうど、『空雷』があれば楽に越えられる迷宮があるのだが。出来れば仲間に引き入れたいと思っている」
ん? と、俺とヒズミさんは首を傾げた。
「ん? そうなのだ。実は魔法使いがもう一人ほどパーティに必要なのではないか、そう結論が出てな」
「はっはっは。やはり近接前衛職二枚に対し、後衛も二枚欲しいところだ」
「オリーブは別枠だからなぁ」
ハハハ、と賑やかな彼らのパーティ。俺とヒズミさんは顔を見合わせ、静かにその場を去った。
どうやらダメみたいですね。
おもむろに俺がそう言うと、ヒズミさんは諦めた顔で頷いた。
「なんでお前そんなひどいことするの?」
ひどいこととは、心外ですね。俺は立ち止まり、迷宮都市を歩く探索者達の顔を見渡す。そして、ヒズミさんにもそうするよう促した。
見ろよ。特に上位探索者になるほど、曇りなき眼をしているだろう? あれは俗世のしがらみから解き放たれ、生と死、ただシンプルな世界を生きる者特有の眼さ。
俺は遠くを見つめるように、憂いを帯びた笑みを浮かべてみせた。
「ちげえよ。生と死すらただの手段でしかなく、己の死すら他者が迷宮を乗り越える事に捧げる狂人の眼だぞ」
ふっ……と俺は鼻を鳴らした。
ヤバくない? この街。
誰だよこんな迷宮とか作ったの。アルプラさんか? アースさんか?
「まぁ、私らだな。叛逆のほれ、あの塔作った時に、なんか出来た」
しかもなんか知らんが増えてるらしい。
まぁあれだな……ゲームでいうところの経験値ダンジョンみたいなもんか。ストーリーとかを楽しんでいたプレイヤーもそのうち効率求めてそこしか走らなくなる。それがつまり迷宮に囚われる、という事なのかもしれない。
「フゥムスはもうダメだな。まぁ天体魔法使いが迷宮に囚われるなんて前代未聞ではあったが、ある意味健全かもしれん」
……迷宮攻略以外には悪用もしないだろうしね。
こうして俺とヒズミさんの、天体魔法捜索『地波壇』編が終了した。
生き方と死に方。
悩める仙人はただ道を見失っていただけで、ただどこか向くべき方向を知りたかっただけ。
今回、俺がその道を示してやれたことで、きっと彼の心は救われただろう。ヒズミさんは眉を顰めていたが、俺は満足気に笑ってその場を去った……。
TIPS
迷宮が何故出来たのか。
それはアルプラを眺める数多の神々でも説明は出来ず、すなわち偶然と超常の産物である。
原因としてはヒズミ達一行による神の打倒を目的とした世界への干渉とされるが、叛逆の塔以外……すなわちほぼ全ての迷宮の誕生は神々が『面白い』と判断した事で見逃された事による『自然発生』。
迷宮が生み出す『無限の界力』は世界へ多大な影響を与えているが、そのほとんどがまた迷宮へ『還る』事になる。




