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不死なるプレイヤーズギルド  作者: 笑石
本編……?
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第112話 壊れたブレーキ

 

 ごきげんよう。私は、長い緑髪と低い身長にしては大きな胸部が特徴の美少女メイド、チノです。


 アルカディア連合と呼ばれる複数の国が集まって出来た地域? でのんびりと旅をしていたところ、私は突然怪しい奴らに襲われてしまいます。

 なんとか死なずに逃げ切った私は、しかしそいつらから負わされた傷が深く途中で行き倒れてしまいます。そこを拾い上げ看病までして下さったのが……現在私が仕えているジェット様でございました。


 竜の絡んだ……色々と怪しい要素があるらしい事件で両親を亡くし、小さな弟妹を抱え、更には親の持っていた広大な領地の管理まで残されているようです。

 しかし少し目を離した隙に自宅は荒らされ、汚い大人の洗礼を受けたジェット様の弟君であるレオン様は人を信じるという言葉を見失ってしまったようで未だに私に心を開いてくれません。


 ジェット様はこの国において高貴なる血筋であります。しかし随分前に亡くした祖父祖母に加えて今回の件で両親まで失ってしまい、その高貴なるお家の運営が成人して間もない彼の肩にのしかかりました。

 ところで、なぜそれほど大きなお家に勤め上げていた使用人達が、ジェット様方を裏切り家を物理的に荒らしたのか……そこに、何やらきな臭いものを感じます。

 いくら後継が若いからと見限るのが早すぎますし、何よりわざわざ家を荒らした意味が分かりませんよね。誰かが裏で手を回しているのではないでしょうか。私はそう思いました。


「つまり、ジェット坊の親はその一連の『なにか』に巻き込まれて殺されたんじゃってことか?」


 と、そんな感じの事をつい昨日ジェット様の家臣となったケンロンという男に私は教えてあげました。訂正をします。

 殺されたと、決まったわけではありませんが……。ジェット様の家は、この国でも五指に入る名家らしく、保有している資産や領土もなかなかのものらしいのです。


「つまり、どういうことだ!?」


 私は、息を呑み言いました。


 この家を乗っ取るために、何者かが魔の手を伸ばしておるのではないか。


「……ッ!! その為に、『殺し』をッ!? こそこそと、竜を使って!?」


 私はケンロンのその反応に、少し眉を顰めました。

 彼は、隠しているつもりのようですが龍華王国の人間です。ジェット様のご両親が巻き込まれた事故に竜が絡んでいるとあって、最近アルカディアと龍華は少し揉めました。

 しかし龍華にとっては寝耳に水らしく、少なくとも国家単位では全く関与していません。とはいえ竜は龍華にとって色んな意味で大事な存在です。


 それを、もし悪意あってこのような事件を起こした存在がいるとしたら……龍華としては許すことはできません。

 なので、恐らくにはなりますが龍華も極秘裏に調査をしているのでしょう。これは私の予想にはなりますが、ケンロンがこの家に来たのも恐らくはその一環です。


 しかし……私は頭が痛くなる思いでした。

 このケンロンという男は国家の威信をかけた尖兵として、相応しい『格』を持っています。持ってはいるのですが……。



十華仙トカセン


 龍華王サトリ直属の兵士たちであり、龍華でも選りすぐりの精鋭達だ。その選定基準は戦闘力のみに限らない。例えば『千里眼』はその名の通り千里を見通す魔力を持っており、その光学系魔法の腕を見込まれて十華仙に任命されている。

 では、このケンロンという男は何をもって選ばれたか。


 それはもちろん、戦闘力である。



「許せんッ! 正々堂々というわけでもなく、ましてや竜を巻き込むとはのォ……ッ!」


 ケンロンが勝手に肥大した妄想で怒りを露わにする。それだけで、床のタイルは割れ、窓のガラスにヒビが入った。


 私は彼を宥めました。

 まぁ、そうと決まったわけではありません。貴方には力仕事をしてもらいますので、こちらに来てください。


 メイドの仕事には力も要るのだ。そういう意味では、コイツの存在はありがたいのかもしれない。




「ですから、ジェットお坊ちゃん。私も君のお父さんにはお世話になっていてね。正直大変な状況だろう? ぜひ、手助けしたいんだ」


 ちなみに今ジェット様は来客のお相手をされています。少しでっぷりした腹の、おじさんです。でもジェット様の家と同じくこの国で五指に入る貴族の方らしく、豪勢な馬車を見せつけるように庭先に止めております。

 護衛を五人ほど連れて客間でまるでジェット様に威圧するようにですが、お客様はお客様……私は優雅にお茶の用意をしてきたので、テーブルの上に並べようとします。

 むむっ。私は驚きました。慌ててジェット様の方を見ます。ジェット様は、少し表情筋が弱いらしくいつも仏頂面です。目つきが悪いので、いつも不機嫌に見えますが優しいお方です。なので今はどう見ても不機嫌な無表情面ですが、私ほどのスーパーメイドともなれば、彼の感情なんてすぐに分かります。

 困惑しています。突然の話に追いついていないと言った感じでしょうか。


 私がむむっと驚いたのは、テーブルの上に置かれた契約書だった。


「まぁね、私も口約束で『はい』っというわけにはいかない。だからサインだけして欲しいんだが」


 私はそれの内容をスラッと読み込み、指摘しました。

 要約すると、表面上は聞こえのいいこと書いてありますがしれっと権力関係にくいこもうとしてませんか? そして、何やらこのお家の事情に詳しいですねぇ……。


 私の喉元に、剣が突きつけられました。


「下女風情が、でしゃばるんじゃない」


 護衛の一人です。たしかにお貴族様二人が会話している中割り込んで、しかも大事な書類まで勝手に読み込んだのです。ただの使用人の私が。それは貴族社会において大層な不敬でしょう。

 私は鳥肌を立てました。顔を真っ青にして、ブルブルと震えます。それは喉元の剣のせいではなく、でっぷりお腹のお貴族様が舌舐めずりをしながら俺の脚を撫でているからである。殺意が湧いた。


「まぁまぁ、君……意外と見てるね? でも勘違いだよ」


 ニコッとでっぷりお腹のおっさんは笑い、


「舐めんじゃねェーーーッ!!!」


 ケンロンのアッパーを食らって天井に刺さりました。天井から血の雨が降ります。プランと垂れ下がったでっぷりお腹さんを皆が見上げ、ふーっふーっと荒い息のケンロンを見ます。護衛の方達が剣を抜こうとしました。しかし、


「このクソどもがァッ!」


 私に剣を突きつけていた護衛さんがまず蹴飛ばされます。腕がひしゃげました。吹っ飛んだ先で護衛の人達二人くらいにぶつかって止まります。しかしケンロンは止まりません。


「ワレラ舐めたマネしくさりよって!!」


 ケンロンの拳がまとめて吹っ飛ばしました。三人まとめて壁に叩きつけられて血反吐を吐きます。残りは二人になりました。慌ててケンロンに斬りかかりますが、腕の一振りで二人とも剣をへし折られてしまいます。


「ワシらに刃向かえばどうなるか、思いしれィ!!!」


 そのままフロントキックで他の方々と同じく壁に叩きつけられました。もう部屋はボロボロです。ケンロンの蹴りを腹でまともに受けた人はやばい量の血を吐いてます。


 全てが終わり、唖然としていたジェット様が言いました。


「な、なんて事を……」


 ハッとしたケンロンが慌てて頭を下げます。


「す、すまん! すいません! ついカッとなってしもうた。ちょっと、ちょっとやりすぎたかいの?」


 ちょっと? 皆そう思って凄惨な現場を見渡します。天井から今更でっぷりお腹さんが落ちてきました。酷い姿です。


「気をつけろとは言われとったけん、殺してはないんじゃが」


 しかし本人の言う通りケンロンは命までは奪わなかったようです。全員が生きていました。無事ではありませんが。

 ジェット様が、こんな状況でもあまり読めない無表情で言います。


「こ、この家はおしまいだ……これがバレたら……」


 えっ!? と私はジェット様の発言に肩を震わせました。あまりの非情さに、しかし大物の器を感じさせます。私はゴクリと息を呑み、ジェット様の意図を言葉にしました。


「死体に口無し。トドメをさせと……?」

「なるほど、豪胆じゃの。分かりました」


 ケンロンがニコリと笑って、言葉には出来ない事をしていきました。ジェット様は無表情に気絶しています。私は家を守る為に、非情な男になる決意をした彼に感動すら覚え涙しました。


「漢じゃの……っ! 弟や妹の為に、血を流す事すら厭わぬとは……ッ!」


 ケンロンもジェット様の決意に痺れたようです。彼は鼻の頭を掻いてへへっとわらいました。ジェット様は気絶しています。

 私はケンロンに言います。

 ジェット様は、どうやら大きな決断をした模様です。私達もしっかり支えていきましょう。


「そうじゃの……! ワシァ、力になりたい。坊の覚悟に報いたいわ!」



 *



 お偉い貴族の人が行方不明だそうです。腕利きの護衛もいたらしいのですが、行方不明だそうです。

 なんでも、ジェット様のお家にお出かけしてから行方不明だそうです。

 とはいえ、私達としても分からないものはわからないと国からきた調査員みたいな人達に言います。

 帰る途中で事故にでもあったんじゃないんですか? 私がそう言うと、その方々は訝しんだ目でジェット様を見ます。ジェット様、こんな状況でも表情を崩しません。大したポーカーフェイスです。


「なんじゃ? ワシらが嘘ついとるとでもいう気か?」


 ケンロンが額の血管をピクピクさせながら殺気を撒き散らします。調査員とは言ったが、恐らく国お抱えの兵士様方です。国の中ではお強い人種なのでしょうが、ケンロンは龍華でも上澄みの強さ。放たれた殺気に彼らは身震いしていました。

 しかし困った事にワシらは嘘をついているのです。でもこのケンロン覚えていないのか、もしくは何か勘違いしているのか本気で知らないと言った様子です。

 ジェット様が、このままではケンロンの野郎また暴れるのではないか? と不安そうな顔をしています。


「なんだこの野蛮な男は……まさか、お前らッ!」


 調査員のリーダー格みたいな人が顔を引き攣らせながら一つの可能性に思い至ったようです。それは恐らく的中しているのでしょう。

 その時、突然何かが飛来して窓が割れました。それは私の眼前で止まります。なんと、不気味な呪符が巻かれた矢でございました。

 その不気味な矢を掴み取ったケンロンが怒りに身を震わせます。


「こ、こ、この……ッ! 腐れ外道がァッ!」


 パァン! と小気味の良い音を立てて矢が弾け飛びました。握力と殺気による超常現象です。粉々になった矢の破片が、ケンロンから上気する殺意で舞い上がります。


「まさか、おなごを狙いワシらを脅そうっちゅうんかいッ!!」


 あまりの殺気に調査員の方々は剣を構えました。ジェット様はポカンと口を開けて、まさかまさかと天に祈りを捧げているような気がします。


「卑怯もんどもがァッ!!!」


 だめでした。やはりと言うべきかケンロンは調査員の方々を蹴り飛ばしてしまいます。その勢いで壁が吹っ飛びましたが、私は無事です。

 庭を転がる五人ほどの調査員。ケンロンはすかさず庭に降り立ち、一歩足を踏み締めました。彼らは震え上がります。あまりに現実離れした強さに悪夢を見たと顔が物語っていますね。

 しかし残念ながら現実でございます。ああなったケンロンは誰にも止められません。


「あ、あぁ……おしまいだ……に、庭が血に染まる……」


 ジェット様が絶望顔で呟き、私はハッとしました。これはいけない。小走りでケンロンの元に走り寄り、耳元で囁きます。


「庭師の方に失礼です」

「それもそうじゃのぉ……こんな綺麗な庭を、あのような薄汚れた血で染めるわけにはいかん」


 ギラリと、ケンロンは調査員達を睨みます。この男に整えられた庭を綺麗だと思える感性があったことに心底驚きですが、その瞬間に生まれた隙を調査員の方々は逃さず、一目散に逃げ始めました。

 チィッ! と舌打ちをしたケンロンがその後を追いかけようとして


「待てっ! ケンロンさん、彼らを見逃してくれっ!」


 後ろから慌てたようにジェット様が声をお掛けになられて、不服そうに足を止めます。


「なぜだ、舐めた真似をされとるんじゃ、どうなるか教えてやらんと」


 ケンロン、あなたはジェット様の仰っていることが理解できないのですか?

 私の言葉に、ケンロンは首を傾げます。私はジェット様の言葉の真意を教えて差し上げました。


 雑魚に用はない。これを機と見て攻め込んできた者こそ黒幕……つまり、奴らは餌だから見逃せ……という意味ですよ。


「な、なるほど……中々知的な策じゃわい……」


 そうでしょうとも。しかしあえて恐怖を与えた相手を敵陣に戻し、更なる破壊と恐怖を誘おうとは……中々の魔王っぷりでございますね。


「ま、魔王じゃとぉ? 父君と母君の仇を追っているのでは……」


 えぇ……ジェット様の御両親が謀殺されたのはもはや火を見るより明らか。しかし、何故そのような陰湿な手で殺されなければいけなかったのか……ジェット様の心労は計り知れません。もはや人間そのものに対する絶望すらあったでしょう。


「ち、チノ? 何を言っている? 俺はただ、レオンと妹を守る事ができれば」


 そう、残された大事な弟妹を守る術は一つ。

 私は頷きジェット様の言葉を肯定しました。


 敵は全て、排除する。


 そうですよね? と私はジェット様を見ました。キョトンとした瞳で何を言っているのか分からないという顔です。


「だが待て、敵とはなんだ」


 ケンロンが意外にも知的な質問をしてきます。私はジェット様の心の内を代弁しました。


「この国だ」



 *



「ケンロンはどこだッ!」

「えっ? リトリ様突然どうされました? ケンロンさん? 見てませんが」


 龍華城内を慌てた様子で駆け回るリトリに、ラングレイは戸惑いながらそう尋ねた。リトリは片手に何か書類を持っている。


「リトリ様? ケンロンさんの行方なんて探してどうするんですか。関わるだけ疲れますよ」


 ラングレイはとある人物を思い出しながら溜息を吐く。面倒臭さと関わった際の疲れ具合では、『あの』魔女すら凌ぐ男だ。基本的に街から遠ざけているはずの男を探すリトリの事を不自然に思い、嫌な予感が胸中を占める。


「……まずいな、ラングレイ……これがなんだかわかるか」

「これは、アルカディアで起きた竜絡みの事件ですか。言いがかりも甚だしい」


 ラングレイはリトリから渡された書類の束をめくり、最近少しだけ城内を騒がせた事件を思い出す。


「……ケンロンが、最後にこの城内で目撃された時、その場には何故かこの書類があった……」


 パサ……。ラングレイは一瞬で最悪の状況を想像して書類を床に落とした。重力に遊ばれ、散っていく紙を意にすら介せずラングレイは絶望の声をあげる。


「やめて下さい、嘘ですよね……?」

「……どうだろうな」


 そこへ、ちょうどサトリが通りかかった。

 立ち尽くすラングレイとリトリに疑問符を浮かべ、彼女はのんびり近づいてくる。


「母上、ケンロンを見かけていませんか……?」

「え?」


 リトリからの質問に、どうでも良さそうに返事をしてサトリは床に散らばった紙を拾う。


「ああ〜……なんか『汚名を晴らして来ますけん……ッ!』とかなんか言ってたような……」


「嘘ですよね?」


 ラングレイは愕然として呟いた。

 リトリは頭を抱え、サトリはよく分からず首を傾げた。





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[良い点] 主人の真意を悟り、意を汲み影ながらサポートする優秀なメイドだなー
[一言] 暴力と破滅
[気になる点] 魔女とおバカのコラボレーション、キタコレ。
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