第110話 黎明から暁へ……
ロックくんの記憶を盗み見て俺が口を開く。
「スピアちゃん、どうやらコイツは同級生に虐められているらしい……それで、俺が中にいるというのに勝手に死のうとしていてな、しかし義侠心溢れる俺の心が待ったをかけたわけだ」
「へぇ……情けなっ。雑魚じゃん♡」
メスガキかな? ガキというには成長しすぎているスピアちゃんがいじめられっ子ロックを嘲笑う。コイツに人の気持ちを思いやる事と倫理観、そして常識というものは備わっていない。
「え、勝手に口が動くんですけど、それはともかくだな、俺は許せないわけだ。ロックは軟弱かもしれない、だがそれが人を虐げていい理由になるか!?」
「なるな。私なら虐げる」
そうか……俺はロックの体で思案した。コイツにノブレスオブリージュを備えた会話は不可能だな。
「まぁでもさ、いじめられっ子をいじめから救ったとなれば、お前の言ってた飲み会? みたいなのに呼んでもらえるきっかけになるんじゃない? わざわざ色仕掛けみたいなのはしたくないでしょ?」
俺の言葉に、スピアちゃんは考え込んだ。そしてすぐにニコッと満面の笑みを浮かべる。
「それはそうかもしれないな! よっしゃ、ロック! 私がお前を助けてやろう!」
ロックは戸惑いながら答えた。
「あの……僕の身体奪われてません?」
*
そんなことはない。
俺はロックに答えた。たしかに喋ったりするくらいは可能だ、多少動かすこともできる。しかしそれには多大な労力が必要で、とてもではないがお前の身体の自由を奪うことなど不可能だろう。
つまり、お前はお前の思うように身体を動かせるさ。心配するな。
「ええ……信用できない」
殺すぞ。あ、ダメだ、ほんとに死んじゃう。
それはさておき話を進めるとしよう。スピアちゃんも乗り気になってくれているうちに、ロックくんの虐め問題を解決するとしよう。
「まずは……お前はヒョロすぎる。魔法が得意とかあるのか? だとしても身体が資本って奴だ、動けない魔法使いはゴミだ」
スピアちゃんが真剣にそう断言する。
ロックくんはチビガリもやしだ。迷宮都市で鎬を削っていたランス時代を思うと情けなくてしょうがないのだろう。
この世界において魔法使いは研究職のようなもので、スピアちゃんの言葉は世の魔法使いほとんどを敵に回したと言っていい。、
幻想を現実に変える力……それこそが魔法であり、想像力と知識を必要とするそれには肉体的活動にかける時間はむしろ邪魔になるとも言える。
しかし、『強い』人間とはそうではない。特に迷宮を攻略する為には体力が必要だ。仮にロックが魔法に長けていたとして、だから身体を鍛えなくて良いというわけではないという価値観は迷宮都市ならではだが……『強い』人間になる為には、決して間違ってはいない。
「魔法も、別に得意というほどでは……」
「それはゴミカスだな。死ね。あっ、ほんとに死んじゃう。ぶん殴ってやる、その腑抜けた根性をな」
スピアちゃんはどちらかというまでもなくクズだが、己の実力を高めるという一点においては充分人に誇れる努力をこなしてきた。そうでなければあの迷宮都市で多くの人間から恨みを買って命を保つ力は持ち得ないだろう。
故に、ただ実力を高めることをせず他者の力に怯えて命を投げ捨てようとしたロックを心底から軽蔑した目で見た。
整った顔立ちから繰り出される冷たい視線は人が人なら金を払ってしまうレベルだが、それはさておきロックはメソメソと泣き始めた。
「うざっ。だからいじめられんだよ」
まてまて、それ以上はよせ。俺は仕方なくロックの口を借りる。
「今更しょうがないことを責め立てても仕方がない。次に行こう。だが、まずは現状の整理からだな……何故、誰に、どういじめられているのか……そこからだ」
俺は記憶を引き出した。
まず、いじめの主犯は身体の大きな男達だ。予想通りではある。男三人に、生意気そうな女一人。四人組……この学園において、エリート側の人間だな。
「この学校、良いとこの育ちが多いっぽいんだよな」
どうやらスピアちゃんの言う通りであり、それこそロックを虐める集団のリーダー格なんて貴族様らしい。貴族とやらがどれほどの権力を持つのか俺にはよく分からんが。
しかも……ふむふむ?
「ほぉ、元・聖痕の勇者の子供だと……それもあって最近は特に威張り散らしてるとな」
ロックの口を借りて俺が言うと、メソメソしながらロックが頷いた。
「そう、彼は……ゲインは英雄の息子だ。誰も逆らえないし、周りはむしろ彼に虐げられる僕を一緒に見下している」
ふゥん。モブに等しかった勇者どもなんて俺はどうでも良いので流した。
まずはきっかけだな。なになに、ロックはいわゆる落ちこぼれで、それをからかう形として……というのが発端なわけね。
なるほど、この世には見下せる人間、虐げられる人間がいないと心の平穏を保てない人間が多くいる。そういう奴らの対象になってしまったわけだな。つまりどちらも雑魚だ。
「よし!」
俺から話を聞いたスピアちゃんが思い付いたと手を叩いた。ゴソゴソと懐を漁り、机の上にゴトリとナイフを置く。
「これは刺すと血が止まらなくなる呪装だ。デメリットとしては、使用中は自分も傷を負うと治らなくなる。同じ代償を背負うだけで済む比較的優秀な呪装だ」
人を呪わば穴二つ。呪いらしい呪装だな。スピアちゃんはいつまでも机の上のナイフを受け取らないロックに痺れを切らせて、スピアちゃん自らナイフをロックの手に握り込ませる。
彼女はにこりと笑った。
「すれ違い様に刺せ」
「!? いやですよ!」
スピアちゃんは溜息を吐いた。愚かな男だと視線で訴え、胸を張り堂々と言う。
「あのな、自分に害のある人間は殺せ。それが解決法だ。殺せば他の恨みを買うかもしれんが、そいつらも殺せば良いだけの話だ。舐められたらおしまいだ、躊躇うな、一撃で殺せ」
この人向いてないな。俺はそう思った。あまりにも思想が過激だった。ため息を吐いて俺が言う。
「流石にそれは人として間違ってるぞランス。コイツには親だって居る。例えば殺人者になれば今この国では普通に犯罪者だろ? それだとロックだけでなくコイツの家族すら生きていけなくなる」
たしかにスピアちゃんの案は簡潔で最も手っ取り早い。しかし、どんな世界になろうと人間社会は殺人を許容しない。
例え龍華や迷宮都市でも殺人にはそれ相応の理由が必要になってくる。
故に、今俺達がいる学園……どうやらアルカディアのどこかの国にあるらしいが、そもそもアルカディア自体が割と穏やかな倫理観を持ち合わせている国なので、虐めを苦にして相手を殺したとしても罪に問われてしまう。
俺は閃いたとロックの口を奪い勝手に喋り出す。
「だとすればやはり、毒だな。奴らの食事に混ぜて殺す。出来る限り多くの人間が共にする場所がいい、俺にかかれば魔法で治りにくい毒を作る事ができる」
くくく。含み笑いをして俺は続けた。
「この世界の連中は魔法に胡座をかきすぎているからな、そこさえ対策してしまえばあとはもう手遅れになるまで時間を稼げるだろう」
ゴクリとスピアちゃんが息を呑んだ。どうやら俺の合理的な作戦に感心しているらしい。
「なるほどな、確かに……その案の方が相手をより苦しめる事が可能だ。流石はぺぺ……えげつねぇ手を考えやがる」
すっかり相手を殺す方向で話が進んでいるところに、ロックが待ったをかけた。俺に言葉を奪われないように気合を入れて喋り出す。
「待って下さい! なんで……すぐ人を殺そうとするんです! 確かに、僕は辛い……っ! でも、人を殺してまで……!」
スピアちゃんがため息を吐く。頭をポリポリと掻きながら、諭すように優しい声を出した。
「そんな腑抜けだから虐められるんだぞ?」
ニコッと笑った彼女の顔はまるで天女の如く。俺は話が進まないし、確かに物騒な考えは捨てるべきだと心を入れ替えて新たな方針を打ち出した。
「まぁこういう時の定番は、やはりいじめられっ子が鍛え直す……だからスピアちゃんも手伝ってくれよな」
俺は考え直した。やはり人を殺しても解決なんてしない。必要なのは、ロック自身が強くなる事だ。それは物理的な話だけではない。精神的にも、辛い現実に立ち向かえるように強くならなければならない。
そこからは、ロックにとって地獄のような日々だった。
学校を休むことは俺に許されず、いつも通り四人組から殴る蹴るの暴行に加え金銭の要求、パシリの強要。そしてクラスぐるみでの罵倒。四人組の中に一人女がいるのだが、そいつによる美人局紛いの色仕掛けにあっさりと引っ掛かりバカにされてた時はロックにも問題があるのではないかと思ったが、それはさておきまぁ酷い目にあっていた。
学校が終われば、その日の気分によってしごき方が変わるスピアちゃんによる気まぐれ修行の日々。
スピアちゃんはちゃんと教えようとすれば上手いが、そもそも人として善悪の悪側である彼女はそんな人の良いことをしない。
筋トレなどのトレーニングはともかく、実戦形式だと言っては基本的にボッコボコである。そして、たまに優しく手取り足取り身体の使い方を教える。
わざとかどうかは知らないが、美少女の皮を被った今のランスは飴と鞭の使い方が絶妙だった。
痛めつけられた身体に、スピアちゃんの距離の近い指導はロックの心にやましい気持ちを生んだ。
それを俺は内部から責め立てる。つまりは人格の否定である。男である以上、女の色香にうつつを抜かすのも仕方はない。だが、なんとなく気に入らないので俺は逃げ道のない言葉責めで彼を否定した。
しかしこれにはちゃんとした理由がある。
限界まで肉体を疲労させ、精神は人格が崩壊する……自己を失いかねないレベルまで一度破壊する。
破壊と創造は表裏一体、一度ロックの弱さを破壊し……強い彼を生み出すのだ。
*
だが才能の壁は大きかった。
燃え尽きて廃人の様になったロックは保健室の椅子に項垂れてここ数時間……いや、数日は言葉を発しなかった。
その様子を、複雑な表情で見つめているスピアちゃんが深刻な声色で俺に問う。
「ぺぺ……どう思う? もう、こいつダメなんじゃないかな」
スッ……と、俺はロックの身体で立ち上がる。彼の心は完全に死んでしまったのだろうか。まるで自分の身体のように動かせる。
俺は義憤に駆られた、ロックをここまで追い込んだ奴ら……いじめっ子どもを地獄の淵にまで追いやらねばいけない。もちろん最後の最後に蹴落とすのはロックに譲るとしよう。
グッと強く拳を握り込み、俺は誓った。
「ロック……お前の仇は俺が討つ……ッ!」
「…………」
スピアちゃんは複雑そうな顔で俺を見ている。
*
しかし、ロックの肉体は大して強くはない。それはもちろんプレイヤーよりも強いのは間違いないが、いじめっ子達に正面からぶつかっても勝てる可能性はなかった。
なので俺はスピアちゃんと共に学園の禁書庫に潜り込んだ。もしかすれば男に戻れる秘法みたいなのあるかもよ? とか言えば簡単についてきた。案外単純なやつだ、いや、ロックをいたぶる以外に刺激のない日々に暇しているのかもしれない。エリクサーのことは多分忘れてる。
監視員みたいなやつを倒し、コソコソと潜り込む。警報のようなものが鳴るが、構わず走る。速い、プレイヤーの肉体と比べればまるで羽の生えたような感覚すらあった。
追っ手の気配を感じる。かくれんぼの始まりだ。しかしそこで気付いた。追っ手は、俺達を見つけようとする前にどこかへ向かおうとしている。どうやら、侵入者からどうしても守りたいものがあるらしい。
スピアちゃんが唇を舐めた。それはつまりお宝の気配である。追っ手達よりも先に、彼らが目指す場所を予測して俺達はそこに忍び込む。
すると、そこにあったのは禍々しい気配を放つ……天井や壁から伸びる幾重もの鎖で縛られた一冊の本。思わず、俺とスピアちゃんは息を呑んだ。
超越の気配。
いうなれば、かつてのヒズミさんや……レックスやハイリス、直近で言えば俺の身体を奪った狐女。
この世界においての絶対強者の気配だった。
スピアちゃんが首を振る。
「あれは、ヤバいな……流石に危ねぇ、逃げるぞ」
だが俺の……否、ロックの身体はその本に向けて歩き出す。
「!? ぺぺ!? 止せ!」
違う、俺ではない。俺はもう言葉すら発せなかった。強き激情によって完全に肉体のコントロールを奪い返された俺にはもう何もできなかった。
本は……まるでロックに語りかけるように何かを訴えた。身体を共にする俺にも伝わってくる。
『絶望、憤怒、憎悪。我ヲ求メヨ』
言葉にすればそんなところか、眠っていたロックの心が……世界を憎悪する感情がそれに刺激されて暴れ出す。
鎖に繋がれた本にロックが触れた。ちょうどその時に追っ手、学園の教授達がこの封印の間ともいうべき場所に辿り着いた。
焦った声で叫ぶ。
「それに触れてはいけない!」
もう遅い。スピアちゃんはとっくに逃げ出していた。鎖が弾け飛ぶ。禍々しくも神々しい輝きを放つ『魔本』が、ロックの手中に収まった。
これは、呪装だ。
所有者の感情を増幅し、それを糧に魔法の威力を大幅に上げる……そして、糧となった感情は魔本に食われて永遠に失われる。そうして何百人もの人間の感情を食らって、力を増していった生きる呪装ともいうべき恐ろしい兵器だった。
今のロックは世界を強く憎んでいる。元々は本を一冊燃やす程度の炎でも、この魔本を介せばこの学園ごとチリにできるだろう。そして、この呪装が呪装たる所以……その力を振るいたくて仕方がなくなる。
教授達が魔法を構えた。しかし、魔力を解放したロックの余波で吹き飛ばされて尻餅をつく。その事実に、教授達は顔を青くした。魔法を使う前段階、ただそれだけで人が吹き飛ぶ程の力……。
そうしてロックの憎悪が増幅されていき、一定のラインに達した所で変化があった。
ロックの肩が、変容する。まるで粘土のようにグニグニと気色の悪い動きをして、そのまま肩ごと吹き飛ぶように何かを吐き出した。
飛び出したものとはそう、俺である。極限にまで増幅されたロックの感情は物質化にまで至った。コロコロと床を転がった俺は立ち上がる。
肩に穴の空いたロックが呆然と俺を見ていた。どうやら美少女すぎて目を奪われているようだな。
ところで掲示板は俺の復活を察知したプレイヤー達で炎上していた。それはさておき俺はロックが思わず落とした魔本を手に取る。
ふーむ。
プレイヤーには使えないのかぁ……俺達が来る以前のヒズミさん製のものって人間用に特化させてあるものが多いから、プレイヤーには使えない事ってあるんだよね。俺は興味を無くしてその辺に投げ捨てた。
そして、感情の大半を俺の実体化に費やされ抜け殻のようになったロックの肩を掴む。
「?」
キョトンとするロックは反応が悪い。
とはいえ廃人というほどでもない。魔本の力により増幅されていたのが功を成したのか、人間性を保ったままだった。
俺は天使のような笑顔を浮かべた。俺の感情操作魔法に共鳴する様に魔本が震える。
さぁ……復讐を、始めよう。
殆どが悪感情で構成された復活ペペロンチーノ様は害意しか持たない異端の存在と成り果てていた。なので俺は何かにつけて他者を害したい気持ちでいっぱいで、ロックをダシにそれを成そうと考えている。
魔本が浮いて、俺の身体に吸い込まれるように溶け込んでいく。
くくく……俺そのものが、もはや呪装……ロック……お前の憎悪を、もう一度取り戻せ。
ガッとロックの頭を掴み、俺は記憶を揺さぶった。それはイジメの日々。何故かスピアちゃんと俺による修行時代の方が記憶が濃いが、それはまぁ記憶が若いからだろうな。最近の記憶の方が覚えてるもんだし。
「ウオオォオォォォアアアァ!」
ロックが吠えた。わずかに毛先を発光させ、逆立った髪は周囲からとあるものを吸収し始める。それは、禁書庫に渦巻いていた負の感情。禁書というからには、ここに収まるまでに様々なドラマがあったのだろう。
ふと、気付けば俺はロックの腕に捕まっていた。俺の可愛らしい胸元から這い出るように一本の槍が現れる。それは、魔本が形を変えた魔槍ともいうべき呪装。
それは、見る角度によって色彩を変える異形の槍。アンテナのように頂点から伸びた毛虫のような刃が、近くにいた……ロックを捕らえにきた教授達の身体から感情を奪い取る。
俺の心は、ロックと同調していた。つまりはロックを害した者をこの世から消し去る。それも死よりも辛い経験でもって。その一心で行動を始めた。
まるで妖精のように小さくなった俺は魔槍の周囲をクルクルと回る。
『キャハハ! 早くコロシにイコォ!』
ロックは俺の言葉に同意して、禁書庫を爆散させて飛び出した。空だ。綺麗な空が広がっている。何かがフラッシュバックした。ロックの記憶だ。空から降ってきた汚物がロックに降り注ぐ。
その記憶を代償に、ロックは校舎の一部を吹き飛ばした。この学園の建物には魔法による結界が張られており、それは単純に物理強度を増すものだ。
しかし、感情……つまりは『界力』における物質化手前の性質を持つ感情波には効果が薄く、中にいる人間もろとも校舎は破損した。
「あ、ああ……どこか、スッキリした気分だ」
ロックが蕩けたように言う。それはそうだろう。先程の、汚物をかけられた記憶はロックの中から消失した。これより先いくらその話を聞こうとも、記憶に残すことはできない。
手応えからして、残念なことに死人はいないらしい。どうやらロックはまだ分別が聞くようだな。甘い。俺は憤った。そんな甘ちゃんだから付け込まれるんだ!
「や、やめろォ! ボクは、ボクは……アイツらだけをォ!」
そんな覚悟では、殺りたい命もとれやしねぇぞ。ほら、あそこを見てみろ。
妖精さんである俺が指差した先、瓦礫に足を取られて身動きの取れない女子生徒が一人いた。
おお? なんてことだ。中々上手いなロック。あれはお前を虐げていた四人組の、その中の一人ではないか。
よし、殺せ。俺は完全に人としての倫理を失っていた。それはあの呪装と、今の俺の肉体を構築したロックの激情のせいである。
強引に槍を構えさせると、ロックは僅かに逡巡した。脳裏に、狙いの女との幼き日々が過ぎる。幼馴染『だった』彼女との。
かつての輝かしき日々が、ロックの殺意を抑え込んだ。くだらない。俺は一蹴した。
女ってやつは、男なんかよりもよっぽど逞しい。その女が徒党を組んで目に見えてお前を虐げたんだ。それは、お前の将来に何も期待していないということである。その程度の存在なんだよお前は!
俺の叱責に、しかしロックは一歩踏み出せない。仕方なく俺は女との記憶を代償に捧げた。残るのは幼馴染だったからこそ、より濃く憎悪の絡む記憶のみ。捧げられた記憶は二度と戻らず、歪に歪んだ故にロックに力をもたらすのだ。
より、強大な殺意が溢れ出す。槍に込められた激情は、女どころか校舎丸ごと吹き飛ばして余りある。
俺の高笑いがロックの脳に響く。そうだ! 壊せェ! お前を取り巻く、理不尽なその全てを! この学園の次は世界を取る! 今は亡き魔王、その座にお前が座るのだ!
そして、世界をも破壊する程の怒りを込めた槍が振るわれた。
その槍の刃先が、妖精さんの俺を貫く。
な、なんだと? 俺は血反吐を吐き、信じられないとそう言った。
「ボク、は。お前なんかに頼らずとも……自分の足で……自分のこの手で……!」
ば、バカが! お前はもう戻れない位置まで来ているんだぞ! それなのに、俺を……槍を手放せば、一体……!
と、その辺りで俺は死んだ。もう少し悪党ムーブしたかったな。一度死んだことで正気に戻った俺はそう考えつつも帰路につこうとした。だが、ふと足を止めて向きを変える。
そういえばスピアちゃんはどこへ逃げたんだろうな。今回の俺のセーブポイントはアルカディア連合のどこかであった。経緯もあって詳しい場所が分からない。これを機に、少しアルカディアを歩いてみてもいい。そう思った。
俺の歩む先には、地平線から登る太陽が見えた。黎明から暁に……俺は小さく笑って、太陽の方へ歩き出す。
強き光が、まるで俺を焚き付ける様に熱く照らしている。俺の心に宿る義侠心が如き、熱さを持って俺はこの国で何を為そうか。
さぁ、旅の始まりだ……。
後ろの方にある大きな建物からものすごい喧騒が聞こえてくるが、俺はニヒルに笑って立ち去った……。
TIPS
時間帯的には日の出よりも早く授業があったのかもしれない。もしくは女子寮的なものをぺぺが校舎だと誤認したのかもしれない。
最後の方の描写は、多分そんな感じなので深く気にしないでください。




