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不死なるプレイヤーズギルド  作者: 笑石
本編……?
111/134

第108話 不死の行く末


 バルコニーから見える海、僅かに潮の匂いを含ませる穏やかな海風が髪を靡かせる。キャッチコピーはこんな感じかな。




 木々に覆われた山を抜けて、突然視界が開けたと思えば石造りの家が斜面上になった土地に並ぶ。

 その家々は、少し朽ちている所もあるがかなり綺麗に整えられていた。村と呼べばいいだろうか、外に干された洗濯物や魚の干物がここに住む人の生活を見る者に想像させる。



 ここは、かつて廃村となった村だ。住んでいた者は当時の災害や飢饉によって都市部へ移住したという。時が経ち、山と森が隔てるこの村の跡地にたどり着いた存在がかつての姿を復興させ……今はこの地に住み着いているという。


 その存在とは、この世界においてプレイヤーと呼ばれる害虫だ。『世界』を食い散らかすエネルギー回収装置とでもいうべき巨悪『不死なるプレイヤーズギルド』の、人のフリをした分身達。


 つまり、海に面した斜面上のなんだかぱっと見お洒落な観光地とかに向いてそうなこの村は、プレイヤー達の隠れ里ということになる。


「侵入者! 侵入者だ! 『攻略組』来襲!」


 よぉ。

 焦った様子で木々に隠れて何事かを誰かに伝えている知らないプレイヤーの肩を掴み、俺は天使のような顔を浮かべた。


「ヒッ……! ぺ、ペペロンチーノ!」


 そんな顔するなよぉ。

 俺は悲しげに顔を歪めた。酷いやつだ、俺のような美少女のツラを見て引き攣ったような悲鳴をあげるなんてな……。


 なに、大した用じゃないんだ。焦って声に出てるぞ? 練度が足りないな……システムウィンドウをそこまで上手く使えないプレイヤーは久しぶりに見た。

 俺はペラペラと感慨深げに言う。


 大方、この世界に降りてきてすぐに隠れ里を作ってたんだろう? 通りで警戒心が足りない。

 俺は知らないプレイヤーの感情をやんわりと操作しながらニコリとまた笑った。


 もう一度言うぞ? 大した用事じゃないんだ……ただね、お前達が進めているここの観光地事業……それに一枚噛ませてもらえないかと思ってね。


 俺の言葉に、脆弱な精神壁をしていた知らないプレイヤーが虚な瞳でこくこくと頷く。俺は優しく微笑んだ。彼が守ろうとしていた、日本人からすれば異国情緒あふれる海沿いの街を見下ろし俺は真剣な瞳で言う。


「俺がここを立派な観光地にしてやると、そう言ってるんだ」


 つまりそういう用事だった。


 後ろに引き連れた無限とグリーンパスタがジト目で俺を見つめていた……。



 *


 竜籠と呼ばれる移動手段がある。

 それは空を飛ぶ竜に人の乗れる箱を掴ませて移動させる、地を駆ける馬車や竜車とは比べ物にならないくらい『速い』ものだ。もちろんその箱はなんでも良い、つまりは竜が運べる物ならなんでも運べる。もちろん物資もだ。それは飛行機の存在しない世界にとって破格な移動手段だ。

 アルプラには、空にも魔物と呼ばれる化け物がピュンピュン飛んでいる。大なり小なりだが、戦闘能力のない飛行手段ではすぐに叩き落とされてしまう。空を飛ぶ魔物に多いのが特に知性を持たない竜なので、同じ種族でかつ知性を持ち強い個体には恐れて近付いてこない。よって、竜籠と呼ばれる飛行手段が最もメジャーな空の移動手段だ。一部の強い人間は自分で空を飛ぶがそれは例外。


 とはいえ、竜の中でも竜籠の役目を果たせるほど強く知性を携えた個体は少ない。そして、龍華王国の他にそんな竜を育て上げる事のできる国はない。結果的に、竜籠は龍華王国が独占している技術となる。


 それはつまりどういうことかというと、龍華絡み以外で見かけるのはとても珍しいという話だ。

 そんな竜籠……装飾のされた箱を抱えた竜が海を見下ろしながら地へ降りてきた。優しく籠を地面に下ろし、竜が翼を閉じる。籠には綺麗な装飾がされており、扉を開くと中は人が過ごしやすい様に様々な工夫が凝らしてあった。

 ゾロゾロと人が降りてきて、最後に少女が出てきた。

 少女は、地面に立っているのに揺れているような不思議な感覚を覚えながら息を大きく吸い込む。窓もついていて不快な思いをなるべくしないようにされた室内であったが、やはり外の開放感には及ばない。

 潮の匂いを蓄えた風を身体いっぱいに感じながら少女は伸びをした。

 ジーンズに白シャツ、顔には大きなサングラスを掛けた少女はカバンを手に歩き出す。彼女は、ここへ『休暇』にきた。最近、仕事に行き詰まり気分転換に最近『話題』の観光地に赴いたのだ。


「わぁ……綺麗……」


 少女が、感嘆の声をあげた。彼女が普段暮らしているところには海がなく、眼下に広がる港町風情は非現実感すらある。

 静かでゆっくりとした時間の流れを感じさせる土地は、喧騒とした街からきた少女の心を震わせた。

 気付けば、口から綺麗な『歌』が漏れていた。悪い癖だ、気分が良くなるとつい口ずさんでしまう。


「ブラボーっ!」


 どうやらそれを聞かれていたらしく、パチパチと小さく拍手をしながら少女に何者かが近付いてきた。

 何者かとは、彼女よりも小さな女の子だった。緑の髪を長く足元にまで伸ばし、それを大きく三つ編みにしている特徴的な髪型をしたその女の子は、大きな丸眼鏡をクイっと上げて人懐こそうな笑顔で近付いてくる。


「あなたプレイヤー……? しかもどこかで……」


 少女が、サングラスの向こうから鋭い視線を女の子に向けた。その言葉にぎくりと女の子は一度硬直し、しかしすぐに動揺を顔には出さず笑顔で少女の前に来る。


「流石ですね……『旭』さん。ところで『クリームスフレ』の活動は最近おとなしいですねぇ?」


 次にぎくりと身体を硬直させたのは少女……アサヒの方であった。『クリームスフレ』と呼ばれる迷宮都市のアイドルグループに所属している彼女は、しかし『旭』と言う本名を外で公言したことがない。もちろん読み方は芸名と同じアサヒだが、同じ『プレイヤー』同士……言葉に込められた文字の細かなニュアンスくらい簡単に伝わる。


「その名前を知っているということは……」

「まぁ、細かいことはいいじゃないですかァ……ゆっくりしていってくださいネ?」


 そう言ってそそくさと女の子は紙切れを旭に渡してその場を去った。残された旭が渡された紙を見る。

 するとそこには、自分が泊まる予定だった宿の名前と地図が書かれていた。なんだ彼女はその宿の従業員だったのか、と旭は少し失礼な態度をとっただろうかと気に病んだ。疑う気持ちが顔に出ていたのかもしれない……旭は首を振って、ここに来た目的を思い出す。


「曲……思いつくかな……」



 *



 っち。相変わらずβ組の奴らはどこか勘が鋭いぜ。俺は《化粧箱》による変装を解きながら心の中で悪態をつく。もし《化粧箱》を使っていなければ、即座に『旭』のやつに俺だとバレていただろう。

 人間性すら変えてみせる《化粧箱》に対してあの反応を見せたアサヒの感受性の高さは、さすがβ組と言わざるを得ない。あの疑った目……いや待てよ。あの警戒度は迷宮都市でアイドルをやっているが故のものかもしれないな。俺のことを『攻略組』に近しいプレイヤーと疑われたのでは……と早とちりしたが、ただ初対面の相手にはいつもあれくらいの警戒心を見せるのかもしれない。まぁ、俺本人に関して言えば初対面でもないのだが。


 だとすれば、あそこで逃げたのも逆に変に思われたかもしれない。

 俺は先程のアサヒへの対応を反省しながら足早に行動を起こす。


「あれ、ぺぺ。何急いでるの?」


 そこにちょうどよくグリーンパスタが現れた。俺はグリーンパスタの肩を抱いて引っ張り歩く。

 まぁ聞け、いい計画を思いついた。まだまだ稼げるぜ……。ニヤリと口角を上げた俺に、グリーンパスタは訝しげな視線を向けてくる。


「あんまり調子乗らないでよ?」


 調子にのる? 俺が? そんな言葉、辞書にないが……。


「だから失敗するのでは……」



 *



 早朝。アサヒは、泊まっていた宿を出て町の中を歩くことにした。あたりは迷宮都市と違ってとても静かで、眼下に広がる海が生み出す海岸線と水平線はこちらの世界に来て久しく……アサヒの心に不思議な安らぎを与えた。


「別に、海の近くに住んでたわけじゃなかったんだけどな……」


 この世界アルプラに来てから、アサヒは随分と忙しくしていた。β組としてレッドと呼ばれるプレイヤーの戦闘訓練に付き合わされ、その後に再び追加で現れたプレイヤー達……その中にいた緑髪のプレイヤーの演説を聞いて、この世界に飛び出した。

 辿り着いた場所が迷宮都市だった。右も左もわからないまま、生活すら疎かにただずっとやりたかった事をした。歌だ。アサヒは、歌を歌った。

 すると、現地人は称賛してくれた。キャラクリエイトによる美声は、かつての自分になかった世界を見せてくれた。やっと、自分の表現したいものが自分で表現できた。


 そして同じ事を思っていたプレイヤーがもう一人いて、アサヒはそのプレイヤーと合流して二人でずっと音楽をやっていた。

 路上で、ただ生きる事以外にひたすら音楽をした。迷宮都市はいつでも賑やかで、皆様々な刺激に飢えていた。しかしそんな彼らの生き様こそ、かつての世界にいた時よりもずっとアサヒに刺激を与えた。


「すごぉい! お歌、上手だね!」


 過去に想いを馳せながら、海を見下ろして気付けば歌を歌っていたらしい。近くに小さな子供が立っていて、輝いた瞳でアサヒの事を賞賛する。

 どうやらプレイヤーではない。そして、服装から見てお金を持った所の子供のようだ。雰囲気からしてこの地に観光に来たのだろう。

 専属の竜籠を持つこの観光地は物珍しさから今話題になっているのだ。そして、それに反応するのは大体がお金持ち……迷宮都市には、意外といない人種なのでアサヒはその子供にすら新鮮さを覚えた。

 この世界に来て何年も経つのに、まだまだ知らない世界がある。ふと、そんな事を考えた。


 また、悩みが深くなった。


 顔を暗くさせたアサヒに気付き、子供が顔を覗き込んでくる。心配そうに見上げてくるその視線に、アサヒは大丈夫だよ、と笑顔を見せた。そして、歌う。


 歌を聞きつけて、ゾロゾロと人が集まってきた。観光客もだが、この地に住んでいるであろうプレイヤーもその中には多く含まれている。


 迷宮都市と違い、どこか穏やかな雰囲気の漂うライブとなった。気ままに歌い、それを通りすがりで気ままに聞く。言うなれば、始まりのライブと同じだった。気負うものも、伴う責任もない……ただ、自由な歌がそこにある。



 *



 俺はコソコソと物陰から覗く。

 アサヒというプレイヤーが来て、数日が経った。奴は歌を歌うのが好きなβ組で、この世界に来てからずっとそれを生業にしていた特殊な精神性の一人である。いわば天才の集まりであるβ組は、アルプラでの過酷な現実に心を折る繊細な精神の持ち主が多い。

 グリーンパスタ曰くリリース組の方が精神耐性というか適応能力が高いのでプレイヤーとしてはβテスターよりも優秀だと言うが、俺をはじめそんな事はないと思う。俺の知るβ組にはレッドを筆頭に変なのが多いし。


 それはさておき、アサヒのやつは迷宮都市での仕事を放ってここに来ているらしい。そして、連日景色の良いところで好きに歌って好きに賞賛されている。

 路上ライブはアサヒのグループ『クリームスフレ』の原点だ。だが、迷宮都市では確固たる地位を築いてしまったが故にライブをするなり大きなステージが勝手に用意される。


 もしかすれば、それがアサヒにとって疲れるのかもしれない。そして、この町にその疲れた心を癒しに来た……というところか。つまり付け入る隙があるという話だ。ちょうど観光の目玉が足りないと思っていた。言うなれば沖縄料理店での民謡ライブ……やはり、人は原始から宴といえば酒と歌だ。


 そんなことを考えながらアサヒを覗きみると、この町在住のプレイヤー達に音楽を教えていた。アサヒ本人は歌を歌うのが好きらしいが、それはそれとしてあらゆる楽器を操る才能を持つ。その才能を持って、他の凡百なプレイヤーに手解きをしているのだ。俺が各国から集めたさまざまな楽器を、教えられるものから重点的に……歌い方とともに、楽しそうに教えている。そして、俺の仕込みではない純粋な気持ちで音楽を学びに行っているプレイヤーは、それはそれは嬉しそうに彼女に笑顔を向けていた。


 とても良い雰囲気だ。

 なのに、ふとした拍子にアサヒは暗い表情を見せることがあった。普通の雑魚どもなら見逃すほど一瞬なので、俺じゃなければ見逃しているだろう。俺が感知する感情は、焦燥と……寂しさや、不安だ。


 ふむ……俺は首を捻った。音楽を教えられ、嬉しそうにしているプレイヤーを見て……何故寂しさを感じるのか……。情報が足りないと、《化粧箱》でまた変装をして俺はアサヒに近付いた。

 もちろん、タイミングは彼女が一人でいる時だ。沈みゆく夕日を眺めアンニュイな表情を浮かべるアサヒの背をとると、彼女は敏感に反応を示して振り返る。


「何か用事ですか?」


 どこか、寂しそうだな。と、思いまして。俺は天使のような笑顔でそう答えた。隣に立ち、共に夕日を眺める。

 しばらく沈黙が場を支配して、心地の良い静かな時間が流れる。俺から切り出した。


 音楽が、好きなんですね。

 ポツリと漏らすように呟いた俺の言葉に、アサヒは頷く。同時に俺への警戒心を少し解し、親密感を上げる。ただし上げすぎては良くない。ほぼ他人だからこそ、話せることもある。


「好きだよ。ずっと、これからも……この先も。きっと私は歌を歌う」


 そこで区切り、しかしアサヒは寂しげに目を伏せた。視線の先に、キャッキャとはしゃぐ観光客のガキがいた。現地人だ。親らしき金持ちが優しげな笑みを浮かべてその様子を見守っている。


 なにか、悩みがあるんですね? 現地人……この世界の人達に対して、何か思うことがある?

 俺のその問いに、アサヒは顔色ひとつ変えなかった。しかし俺の《スキル》は誤魔化せない。やはりこの女はプレイヤー同士の闘いに慣れていない……精神のガードが緩い。

 最近出会うプレイヤーどもはどいつもこいつも強固な精神壁を築いてくるため、少し新鮮な気持ちになる。

 まぁ何が言いたいかというと、俺の言葉は図星だった。現地人というワードに反応して、再び焦燥感や寂寥感といった感情を見せる。

 ならば、そこからの推測は容易……アサヒのグループ『クリームスフレ』は三人組で、たった一人……金髪の女セイランだけが現地人だ。三本線の『聖痕』を宿していた女である。かつてはセイランの率いるファン集団に敗走したこともある。

 それはさておき、俺は追撃をかけた。


 同じグループの、セイランさんに対して何か……思うことが……? 不満とか?

 俺とて、アサヒがセイランに対して不満があるとは全く思っていない。しかし、あまりにも的外れで聞こえの悪い質問には否定したくなるのが人の性。人じゃないのにな。


「……違うよ。セイランはすごい。すごいよ……ずっと、一緒に音楽をやりたい」


 穏やかに、しかしはっきりと俺の言葉を否定する。だが、その言葉で俺は大体推理できた。つまりコイツの悩みは……。

 俺は、アサヒの悩みを言い当てる。


「セイランさんは先に歳を取る。老いていく現地人に、私達プレイヤーはこの先ずっと置いていかれる」


 そういうことなのだろう。俺達プレイヤーは『不死なるプレイヤーズギルド』が存在する限り滅びない。死なずに時を経れば僅かな加齢をしたフリはできるが、まぁもちろん死ねば元に戻る。はっきりいえば不老である。

 この先何百、何千年経とうと、自ら自殺ログアウトを選ばない限り俺達はずっと同じ姿と声でこの世界アルプラに存在し続ける。


 プレイヤーの中には、それをものすごく気にする奴がいる。特に《不死生観》を解放していないプレイヤーに多い。まだ数年しかこの世界にいないのに気が早い連中だぜ。


「そう。私とあの子はずっと変わらない。セイランはちがう。どんどん魅力的になる……でも、きっとすぐに同じ道は歩めなくなる」


 プレイヤーの中には現地人と所帯を持つ奴も出てくるだろう。そして、先に旅立たれる。なんかそれで一本感動もの小説が書けそうではある。


 とは言っても、現地人でもほぼ不老に近い奴もいる。なんなら知り合いを数えたら両手の指で足りないかもしれない。

 圧倒的に膨大な界力ファルナを得た者達、かつてのヒズミさんや、ハイリスやドイル……センキや千壁達も似たようなものだ。


 しかしそんな存在に、セイランがなれるかといえば……。もちろん、否だろう。



 ここのプレイヤー達なら、同じプレイヤー達なら、いつまでも同じ道を歩めますね。


 音楽を学びに来ていたプレイヤー達、彼らの事を思い出しながら言った俺の言葉にアサヒはハッとした顔をした。

 そうかもしれない。一瞬そう考えたのだろう。俺は全力で「そうだよ」と感情増幅を行う。


「別に焦る必要はないですよ。人の一生は私達プレイヤーにとって短いものですが、それでも数日くらいなら誤差みたいなもんです。ここでゆっくりとしていったらどうです? よければ皆にも音楽をもっと教えてやってください……あなたが居なくなっても、残るものがあるように」



 *



 もちろんこの俺がアサヒという金のなる木を見逃すわけがなかった。このように心が弱った瞬間を狙って俺が現れ、遠回しにこの町でプレイヤーと共に生活する事を推奨する。

 そんなこんなで一ヶ月は経ち、気まぐれというよりほぼ毎日開かれるアサヒのゲリラライブは、観光客にとってもいいイベントとなっていた。それを目当てに客が増えたのである。彼女には才能がある。この穏やかでゆっくりとした時間の流れる……そうなるように工夫されたこの町の雰囲気に良く合った歌を歌ってくれる。こういうところはβテスター様々である。ぐはは。


 自室で金をベラベラめくりながら俺はほくそ笑んだ。良いねぇ……良い感じに発展してきた。かねもあつまってきたよぉ。


「ぺぺさぁ、ちょっとお金を一カ所に集約しすぎじゃない? もっと町に流さないの?」


 グリーンパスタが呆れた顔で苦言を呈すが、目的の為に俺はある程度金を集めてバックれようと思っているのでそうしているのだと言った。グリーンパスタは引いている。


「そんなして、急に何を買おうとしているのさ」


 ふっ、良くぞ聞いてくれた。俺はペラペラと語り出した。


 かつて龍華には『龍血計画』と呼ばれる反王族組織が進めていた闇の研究があってな……それは二本の柱で成り立っていた。


「え、突然ダークファンタジーみたいな雰囲気出してきた」


 そのうちの一本が『龍人計画』……まぁ龍の血を持つ王族に近しい存在を人工的に作ろうというものだ、サトリのことね。

 それは今は関係ないからどうでもいいんだが、俺の目的はもう一つの柱……『機龍計画』、竜の力を機械でもって制御し、《龍》に近付けるというものだ。

 龍人計画の方はともかく、この機龍計画は暗礁に乗り上げてな……正直まともな研究結果を出すことはなかった。ただ、無為な時間と金を費やしただけだった。

 その遺産ともいうべき『機竜』が最近発掘されたんだ。


「要約してくれない?」


 それは言うなれば竜を元に作られた、人が乗って操縦することのできる竜型ロボットだっ!


「……それが、欲しいって話?」


 そうだ。

 俺の伝手では金の調達が難しくてな……色々と付き合いがあるから。この『龍血計画』って色々ヤベェんだわ。まぁそんなわけで足のつかない稼ぎ方が必要だったわけだ。


 もう一度言うが、それが欲しいの。


 端的に言った俺の言葉に、グリーンパスタはどうでも良さそうな視線を向けるばかりだった。

 窓の外を見て、プレイヤー達に歌を教えているアサヒを見下ろしてグリーンパスタが言う。


「旭は、実に人間味のある悩みを君に吐き出したというのに、ぺぺはそれをただ利用するんだね」


 え?

 責めるようにそう言ってくるグリーンパスタに俺は首を傾げた。


 何言ってんの? 当たり前じゃん。そもそもあんなどうでも良いこと悩むくらいなら、さっさと現地人との付き合いを無くせば良いだろうが。


「普通そんな簡単に割り切れないんだってぇ……」


 それをお前が言うのか。人間のふりをしているレベルで言えばプレイヤーの中でも最高に位置するグリーンパスタに俺は不満を視線に乗せた。コイツに人並みの感傷があるとは思えない。


 人間同士だろうが先に死ぬときゃ死ぬ。それを不死身の身体を得たから見失ってるだけなんだよな。当たり前の現実だぞ? 何が人間味のある悩みだ、人間じゃねーからそんな考えが出るんだぞ?


「うーん。まぁそれはそうなんだけどぉ」


 グリーンパスタがそう言って眉間に皺を寄せると、俺の部屋にノックの音が響いた。

 誰だ? 入れ。と答えると、扉が開いて中に秘書が入ってくる。この観光地事業を取り仕切るにあたっての側近だ。なんの用?


「あの、代表に会いたいと言って聞かない人が……」


 どんな奴だ。短く聞くと、秘書は少し困ったような顔をした。


「セイランと、名乗っていました」


 ほぉ。俺は思わず唸った。そう来たか。早いな。感心した俺は立ち上がる。

 面白いな、応接間に通せ。俺が答えるや否や、別の声がそれを遮る。


「その必要はないわ、私はすでにここにいる」


 秘書を押しのけるようにセイランが現れた。俺達がこの世界に降り立った頃よりも歳を重ね、しかし尚美しさは劣らない、より磨きをかけた彼女が自信のある歩みで俺の前に来る。


「アサヒと話をさせて。私が直接呼びかけても、あの子はすぐに逃げてしまう」


 そんなことを言われても、彼女は自分の意志でここに残っている。ここで働いているわけでもない。金銭のやり取りもない。ただ彼女はここで好きに生きているだけだ。それに対して俺がどうこう言う権利はないが?


 俺の反論に、セイランはため息を吐いて指を鳴らした。


「ほんの、少しだけで良いの。少しだけ話をさせて」


 またまた秘書を押しのけて男が中に入ってきた。ガーランドさんではないか。なにかとランスくんと喧嘩をする巨漢だ。四本腕のオニヤマとか言う異邦者と、俺の元ペット毒竜オリーブで三人組探索者パーティを迷宮都市で組んでいる男だ。


 ガーランドさんは俺の前に跪き、何かを差し出してきた。箱だ。ぱかりと開くと、中から虹の輝きが溢れ出す。

 ば、バカな……! これは……!?

 俺は驚愕のあまり一歩後退り、光から庇うように腕を顔の前に持ってくる。あまりの輝きに、俺の口から涎が垂れる。


「『製菓迷宮』の『虹の幸福』。滅多に流通することのない……伝説のケーキよ」


 もちろん、セイランから説明されずとも知っている。金では手に入らない、幻の逸品だ。俺はその箱を強奪するように掴み、抱え込んで天使のような笑顔を浮かべ言った。


「アサヒを呼んでくる!」





 というわけで、応接間にてアサヒとセイランは向かい合った。バツの悪そうな顔のアサヒと、それを強気な顔で睨みつけるセイラン。


「アサヒ、どうして帰ってこないの?」


 セイランが、怒りを露わにそう言った。それに対してアサヒは目を伏せて、どこか諦めたように口を開く。


「曲が書けない。怖くなったの。今が楽しすぎて、このままずっと続けばいいのにって。貴方の、お肌を気にした発言を聞いた時、この『先』に恐怖を感じたの」


 流暢に要領を得ない言葉が吐き出されるが、セイランはそれで全てを悟ったらしい。ため息を吐いて、馬鹿馬鹿しいと呟く。


「貴方やあの子はプレイヤー、ずっと変わらない……永遠の偶像アイドル。私は、貴方にずっと憧れてる」


 でもね。

 セイランはそう区切った。


「あまり、舐めないで。きっと私は衰える。おばあちゃんになるよりもずっと前に、貴方達と同じ道は歩めなくなる。そんなことは、貴方達の事を知った時点でわかってる」


 セイランはアサヒの胸ぐらを掴んだ。背はセイランの方が高いため、足が宙に浮きそうになりながらアサヒは引き寄せられる。


「だから私は、貴方達を追い続ける。ずっと。出会った時からずっと先を歩く、歩き続けるアサヒを、私はずっと追い続ける。だから……あなたはこんなところで立ち止まらないで、振り返らないで」


 アサヒの目尻から涙が溢れた。

 俺は横のグリーンパスタに耳打ちをする。

 なんかさ、アーティストだからか詩的な言葉選びするよな。それで通じ合ってる感じ……ハッ、これがエモいってやつ?


「ちょっと静かにしてなよ……」


 グリーンパスタは俺に呆れた視線ばかり向けてくる。


「セイランは出会った時のことを覚えてる?」


 アサヒは、突然そう言った。


「当たり前でしょ。一人で歌う私の前に、貴方は光を見せてくれた」

「逆だよ。セイランが光っていたの。私は貴方の光に誘われただけ。追い続けていたのは私だよ。いつか、追いつけますようにって……」


 ポロポロと大粒の涙をこぼして、嗚咽混じりにアサヒは続けた。


「なのに、きっと私は貴方に追いつけないまま、隣に立てないままなの……共に、隣に立って歩んでいきたかった」

「バカね……本当に」


 掴んだ胸ぐらを離し、セイランはアサヒに優しく抱きついた。同じように涙を零し、それ以上は何も言わなかった。



 俺はしんみりとした空気の二人を見つめながらケーキを食い終わった。さて、と。指を鳴らす。


「ふん、やっと出番か。この洒落クセェ空気をぶっ潰してやりてぇとおもってたんだ」


 部屋の隅で壁にもたれていた無限アンリミテッドインフィニティが鼻を鳴らしてこちらに歩いてくる。

 隣接した部屋からも、ドアが開いたや否や大量の戦闘員が現れてアサヒとセイランを取り囲み始める。


「……どういうつもり?」


 キッと、強く俺を睨みつけたセイランに俺は不敵な笑みを浮かべて言う。


 悪いが、アサヒを手放す気は無いんでね……まだまだ稼ぎ頭になってもらわなきゃならねぇ。ガーランドを呼ぼうとしても無駄だ。奴は今近くには居ない……遠くへ行ってもらったんでね。

 ニヤリと笑った無限が懐から武器を取り出そうとして後ろから刺された。胸から飛び出た刃物を、素手で掴んで無限が叫ぶ。


「ぐっ……裏切りかっ!?」


 コイツすぐやられるなぁ。俺は刺されて死にそうな無限を見てそう思った。刺したのは、俺が隣室から呼び出した戦闘員の一人だった。すぐに他の戦闘員に押さえ込まれ、その際に『クリームスフレ』のファンクラブ会員証が地面に落ちる。


 スパイか……! その隙に、セイランはアサヒを抱えて窓に足を掛けていた。しまった……!?

 そしてセイランは犬笛を吹く。するとどこからか現れたガーランドが窓から飛び降りたセイラン達を抱え走り出す。


「アサヒ、いつか道を違える時は来る。そのときまで、一緒に歩いて行こう」

「うん、セイラン。ごめんね、私は……今を大事に、先へ行く」


 ぐおおっ! 逃すなぁっ!

 窓から身を乗り出して叫ぶが、迷宮都市でもそこそこの実力を持ったガーランドに敵う存在は今この町には存在しない。

 強く拳を握りしめ、俺はがむしゃらに床を叩いた。


 くそっ……! この俺様に屈辱を……! 覚えておけよ……この借りは、いつか必ず……!


 ガチャリと部屋に入ってきた楽しそうな顔をしたぽてぽちが、俺を見てさらに笑みを深める。


「なになに? 楽しそーっ!」


 楽しくないっ!



 *



 その後、一ヶ月ちょっと活動を休止していた『クリームスフレ』の復帰ライブが迷宮都市で行われた。

 悩みから暗い表情を浮かべることの多かったアサヒの久々に見せる底抜けに明るい笑顔をファン達は大きな歓声で祝福した。


 ライブが終わろうとした時、地響きがあった。最初は、熱狂するファン達が足並みを揃えたのかと思った。だが違う。その地震は規則的に、どんどんと大きくなっていた。


『うぉらぁーっ! アサヒィ! セイラァン! 出てこいやオラァ!』


 建物を破壊しながら、ついでにその辺を歩いていた探索者を踏みつけながら銀色の鱗を持つ竜が現れた。

 胸のあたりには大きなガラス玉があり、そこから中が覗ける。血管のように張り巡らされた配管、そしてそれに繋がれた一人の人物……。

 堕天。迷宮都市でそう呼ばれる俺が、機械で造られた竜に乗っている!


「ペペロンチーノッ!」


 誰かが叫んだ。それに応えるように、機械の竜は口を大きく開き、喉の奥を光らせる。


人工竜の咆哮(デミドラゴンブレス)


 竜の口から溢れ出すのはまさしく炎。正確には噴霧された液体燃料に着火することによって生み出された炎だ、もし浴びれば水では簡単に消せない。


「貴様ァッ!」


 探索者の一人が剣を振りかぶり竜に飛びかかった。だがそれを尻尾で叩き落とし、まるで何事もなかったかのように進軍を続ける。

 だが探索者は百戦錬磨の戦士達だ、まるで肉の壁となり竜の行く先を阻む。省略するが機械の竜に乗った俺がお目当ての人物の元にたどり着いた時、既に四肢と尻尾はもげて胴体だけになっていた。なんなら首ももげてる。


 バチバチと、切断面から紫電を迸らせ機械の竜に乗った俺がコックピットから血走った目をアサヒに向ける。


「……ペペロンチーノ。少しお話をしよう?」

「あの世でなァ……!」


 聞く耳を持たない俺に、アサヒはニコリと優しい笑顔を向けた。そして口を開く。


「ワッ!!!」


 一言。アサヒは声質を《化粧箱》で弄り、かつ音程と声量を操作する事で俺の鼓膜をぶち破った。耳から血を噴き出して前後不覚に陥った俺は昏倒する。




 次に目を覚ました時、俺は木に縛られて鳥葬の刑を受けていた。一度死んで鼓膜が元に戻ってから、今度は火葬されるべく木の杭を立てられている時にアサヒが俺の横に来て聞いてくる。


「ペペロンチーノ、あの町に行ってすぐに貴方に受けた魔法……おかげでどこか吹っ切れたよ」


 そうかい。俺はどうでも良さげに頷いた。気付いていたのか。まぁ大して隠してなかったし後で気づいたのかも。


「貴方は、寂しいと思わないの? 現地人の友達は貴方の方が多いでしょう?」


 コイツずっとそれ気にしてんのな。そんなに気になるなら《不死生観》解放しろよ……。俺はため息を吐いて、答える。


 その時は、葬式を盛大にやるのがいいんじゃない? 俺は燃やされながら続ける。

 葬式ってのは、残された者が残された者の為に行う傷の舐め合いだからな……とはいえそれが生きていく上で重要なわけよ。


 灰になった俺の粒子を見つめ、アサヒは複雑そうな顔で去っていった……。



 結局、観光地事業は俺が満足して撤退したことによって竜籠が使えなくなりピーク時程の活気はなくなった。更に何故か町の運用資金が底を尽きており、住人達はその日生きるので精一杯な程追い詰められた。プレイヤーだから最悪何も食わなくても死なないけど。

 しかし、町の景観と新たに発足された合唱団の評価はそこそこなので、通な人が行く隠れ家的な人気は得ているようだ。いずれ町の生活にも余裕が出てくるだろう。俺のおかげというわけになる。


 いつか滅ぼしてやるがな。俺はプレイヤーという存在するだけで害悪な奴らが隠れ里なんて作って潜伏していることに義憤を燃やした。


 決して荒らされた俺の家の惨状を見てのことではない。隠れ家のうち半分がめちゃくちゃに荒らされ、何故か大きく塗料で『横領メスガキ成敗 by廃人協会』と壁にデカデカと書かれているのを見たからではない。


 廃人協会……プレイヤーからの依頼を受けて、主に復讐の為に悪事を働くクソみたいなプレイヤー達だ。どうやら謂れのない罪を俺に着せて鬱憤を晴らした奴がいるようだな……。


 破損した『機竜』を修復して、とりあえず怪しい隠れ里から破壊するか。俺はそう胸に誓った。



TIPS


クリームスフレの最後のメンバーも名前を決めてあったが設定集を真面目に作らない系作者なので忘れてしまったらしいぞ!



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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒャッハー!新鮮なプレイヤーズギルドだぁ!
[一言] >コイツずっとそれ気にしてんのな。そんなに気になるなら《不死生観》解放しろよ…… そもそも開放出来る奴のほうが少数派なんだよなぁ() 相変わらずのペペ。まるで実家の様な安心感だぜ……!
[良い点] ペペさんへの制裁には一切手心を加えないの好き。 製菓迷宮の虹の幸福……お菓子の家(モンスターハウス)とかありそうな迷宮きたな。 [一言] 音量制御機能が無いとか『機竜』は使えねえ玩具だなと…
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