未知のバグ
いつの間にかクロは0bitに電話番号を知られていた。
そんな事に驚きながらも、0bitに先に進むことを促される。
電話が切れ、クロが新たに見つけた暗号の解読を始めようとした瞬間、突如としてクロの意識が飛んでしまった。
────警視庁サイバー犯罪対策課
「荒井、このデータ解析頼む。」
「了解っす。ってか先輩聞きました?もうじき対策課解体して新しく『サイバーテロ再審課』って部隊が作られるらしいっすよ。」
課内で人々が黙々と業務をこなす中、まるでカフェのような雰囲気で、業務を片手間に荒井は口を開く。
「あぁ、知ってる。それにこの中で優秀な三人だけが抜擢されるって話だ。」
表情一つ変えず、真面目に業務をこなしていた松崎も、話題に興味があったのか、話に乗る。
「はぁ。僕は新しく部隊が作られても松崎先輩と一緒に働きたいっすけどね。」
「なんでだよ。」
荒井の言葉にシワを寄せる。
「だって松崎先輩、他の先輩より威圧感ないし、話おもろいし、何より──」
「何より?」
松崎の手が一瞬止まる。
「こうやってサボれますもん」
満面の笑みを見せながら後頭部を掻く荒井。
「今持ってるウイルスを全部お前のパソコンで起動させてやろうか?」
「今すぐ業務戻ります。」
荒井はわざとらしくキーボードを大きく鳴らす。
「まぁ、こうやって話せるのもあと僅かかもしれん。少しくらいなら話してもいいが。」
「え?マジっすか!?やっぱ先輩は違いますねぇ〜」
荒井がにやけながら揉手をする。荒井の手は完全に止まっていた。
「業務に支障をきたさなければ、だが。」
松崎がターミナルから荒井のコンピューターへウイルスを送ろうとする。荒井は冷や汗を垂らしながら黙々と業務に専念し始めた。
「──そういえば、最近活動が活発化してるエンプキラーですけど。」
と思えば、また数秒後に思い出したかのように話を始める。しかし、さっきとは声のトーンが違う。
「あぁ、次は国際金融機関だってな。俺は管轄外だったから詳しくは知らないが。」
少し寂しそうな表情を見せる松崎。
「はい。それで被害に遭ったサーバーのフォレンジックを担当したんですけど、侵入と同時刻に何者かがサーバーに暗号化を施したファイルを置いていったみたいなんです。」
荒井が例の暗号ファイルを表示してみせる。その瞬間、周りの空気が凍りつく────
「なんでそんなことを?愉快犯か?」
荒井のモニターに目を向け、考察を飛ばす。暗号ファイルは、モニターの中で一際ノイズの様な異彩を放っていた。
「わかりません。でも、愉快犯可能性が高いと思われます。」
「そうか。で、その暗号は解読できたのか?」
松崎はゆっくりと目線を自身のモニターに戻す。
「はい。でも、最後の暗号だけは解読できず...」
荒井の声が少し弱まる。
「最後の暗号?AESとかじゃないのか?」
松崎は言葉に引っかかりを覚えた。
「はい。様々な情報隠蔽技術が用いられていて。それに、最後の暗号は2つの画像を結合すれば解読できると思われたのですが、結果は変わらずじまいで....」
「なるほど。一応、俺にもそのファイルを送ってくれ。解読してみたい。」
「わかりました。今送ります。」
ドン──ターン──バチーン──
地面を踏み込む乾いた音と、竹刀がぶつかり合う軽い音が鳴り響く。
パチパチパチパチ
と、思えば次は応援の疎らな拍手が。
「ヤーッ!!!!」
発声と共に打ち込んだ一本は、主審の右手を明確に挙げさせた。
「面あり!!!」
主審の芯の張った声が会場に響く。
「あ!やった入った!」
「やりましたねぇ〜」
近くで試合を見ていたママ友と喜びを分かち合う。
「やっぱ”緑くん”強いわよねぇ。どうやったらあんなに強くなるの?」
一人の女が、りくの母親の方へ向く。
(ボクのお母さんだ。でも、りく?って誰だ...?ボクは一人っ子じゃなかったのか?)
クロの視界には”存在しない記憶”が流れていた。
「わかりません。けど、やっぱり自主的に練習に励んでますね。きっと楽しいんですよ。」
口を開いたのは、クロの母親だった。それも何食わぬ顔で”りく”の話に花を咲かせる。
クロが辺りを見渡すと、会場の隅に試合を終えた選手たちが集まっていた。その中には”月宵”の名前が。
(あの子が、りく...?それも、ボクより子供だ...。隠し子...?)
そんなことを考えていると突如、視界がぼやけ始める。
「おい!おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
(なんだ...?)
どこからともなく呼びかける声が耳を貫く。聞いたことのある声だ。
次は肩を叩かれる様な感覚が。声は次第に鮮明になっていく。
視界が完全に真っ白に染まったときだった。
「おい!──クロ!!!!!!」
「ハッ...!!!」
目を覚ますと、視界に会場は消え、そのかわりに基地の天井が映し出されていた。
クロの頬には冷や汗が伝う。
「はっ───はぁ。良かった、急にぶっ倒れて焦ったぞ...」
「そうだった。ボク、ゼロビットの電話にでて...」
黒は気を失う前の記憶を順に取り戻していく。
「そうだぜ...クロがあの暗号見せてくるなり、ぶっ倒れるもんだから、心配したぞ。」
白賭はRSAの暗号が映ったモニターへ目を向ける。
「ごめん、白賭。また心配かけて...」
クロは静かに俯く。
「まだ疲れが取れてないんじゃないか?」
白賭の心配はまだ残っていた。また倒れるんじゃないかと。
「いや、大丈夫。けど...」
クロが思わず口を零す。
「けど...?」
それを逃さぬよう、白賭は追求する。
「いや...なんでも無い。」
「おい、隠すなよ。何があったんだ。」
クロが逃げるように立ち上がろうとすると白賭がクロの袖を掴む。白賭の眉は八の字を描いていた。
「いや、これは多分───ボクだけの問題のような気がするんだ。」
白賭の手を優しく離し、デスクに戻る。
「クロ...!」
白賭は腹のそこからクロの名を呼ぶ。
クロはふと、白賭の方へ振り向く。
「しんどかったら...!まじで言えよ。」
白賭が本気で心配をしていることを知ったクロは少し困った表情を見せたあと、微笑んでこう言った。
「大丈夫だって!なんせちょっと前に十時間も寝たんだし!」
(ありがとう、白賭。でも、テロリストを捕まえるまでは休めない。ずっとそれは決めてたことだから。)
「さっ、やろうぜ。──つっても、この桁のRSAは何年掛けて解読に励んでも、完了の文字を見せるのはきっと、日本が滅んだあとだろうけど。」
クロがRSAのファイルの調査を始める。冗談交じりに放った言葉には、どこからか本気さが感じられた。白賭はその切り替えに釣られるように気を直し、デスクへと歩み寄った。
「あぁ、問題はそこなんだ。計算の桁が大きすぎる。それに現状、RSA解読には近道が存在しない。」
白賭はコードを打ち込み始める。それにクロは顔を覗き込ませた。
「それ、RSAの脆弱性を解析するツール?」
「あぁ。よくわかったな。」
白賭は小馬鹿にするようにクロに言う。
「馬鹿言うなよ。ボクだって白賭と同じくらいにはプログラムを組める。そもそも基地内蔵のAIの基盤を作ったのもボクだし。」
「ははっ。そうだったそうだった。まぁ細かい設定を組み込んだのは俺だけどな。」
白賭も負けじと、さり気なく自慢し返した。
「ちょっ、RSAの話から脱線してるよ。」
クロは自身の椅子をデスクに引きつける。
「すまんすまん。ってそういえば俺はRSAの解析するけど、クロは?」
プログラムの動作チェックを待っている間に、白賭はクロの方へ椅子を向ける。
「ボクはさっき見つけた0bitのパスワード認証サイトでも調査するよ。」
「あぁ確かにそうだな、わかった。じゃあそれぞれ始めるか。」
ザーッザザッ────
ヘッドセットからノイズの音が耳に刺す。暗闇の中、視界を照らす一筋の光。それはモニターだった。
「応答…応答…私だ。」
静まり返った空間に一つの重圧な声が響く。その瞬間、モニター先に居た”二人ノ皇帝”は息を呑む。もっとも、二人を覗いてだが。
「着々と計画は進んでいっている。第三ノ皇帝、”コード”の進捗はどうだ?」
続けて第三ノ皇帝に目を向ける。その声にブレはなく、奇妙なことに、ノイズ一つすら掛かっていないように聞こえた。
「応答…応答…こちら第三ノ皇帝。”コード”なら、半分ほど完成しました。」
ヘッドセットからは、声変わり前の子供のような、高くほんの少し掠れたような声が耳に差し込まれた。
「良いだろう...ところで、第一ノ皇帝の行方を知っている者は居ないか?」
第五ノ皇帝は”コード”の進捗を確認すると、話を変える。三人ノ皇帝のキーボードの打つ手が止まった。しばらくの空白のあと、静まり返ったボイスチャットに一つの声があがった。
「第一ノ皇帝か...最近見てねぇな。」
まるで雰囲気をぶち壊すかのような軽い話し方。声の主は第四ノ皇帝だった。
「はぁ、一体何をしているんだこんな時に...第一ノ皇帝が居なければ”コード”は完成しないというのに...」
第五ノ皇帝がため息と共に口を零す。
「ちょっと待ってくださいっ。第一ノ皇帝が居ないと完成しないって、どういうことです?」
ボイスチェンジャー越しの甲高い声が第五ノ皇帝の言葉に詰まる。声の主は第二ノ皇帝だった。
「それは第一ノ皇帝の”コード”の進捗がわからないからという意味だ。」
すかさず第五ノ皇帝が言葉を返す。
「あぁ。そういうことですね!なるほど〜。」
第二ノ皇帝は恥ずかしそうに黙り込む。再び、静寂が訪れる。
第三ノ皇帝は”コード”の組み込みを再開したのか、キーボードを打ち始める。
第五ノ皇帝もキーボードを打ち始めた。しかし、”コード”を書き始めたわけではない。開かれたのは一つのターミナル。第五ノ皇帝は一つのプログラムを起動させる。
すると、モニターには複数のウィンドウが起動され、白色の文字列が高速で流れ始める。
やがて文字列は止まりまた新しいウィンドウが表示された。今度は一つのマップ、ウィンドウ名は『衛生情報取得装置』という文字が。
その時、第四ノ皇帝がふと思い出したかのように口を開きだした。
「あっ、そういえば最近、第一ノ皇帝と一緒に2日くらいかけてタスクの一つ。『防衛省の乗っ取り』ってのをクリアさせたんだよ。だからきっと第一ノ皇帝もサボってるわけじゃないと思うぜ?」
相変わらずの口ぶりで第一ノ皇帝を擁護する。それに第五ノ皇帝は一つため息を吐き、一言放った。
「そうか。そうなら良いんだがな...」
「くっそ、だめだ...やっぱり解読できねぇ。」
ファンの音が騒がしく鳴いている。
白賭は相変わらず数億桁の暗号(RSA)の解読に苦戦していた。
「やっぱねぇよ、暗号の欠点。」
白賭は伸びを一つ。すると背骨が悲鳴を上げた。
「やっぱり無理そうかな...白賭はちょっと休んでて良いよ。」
クロが一度デスクから椅子を離し、白賭の方へ向く。白賭は完全に体を脱力させて上空を向いていた。
「おう、喜んで。──って、クロの方はどうなんだ?パスワード認証サイト。」
クロの方へ向き直す。相変わらず体は脱力させたままだ。
「一応勝ち筋は見えてきた所。」
「え?まっ、まじ!?」
白賭はクロも自分と同じく進捗なしかと思っていた。そのため思わず大きな声が出てしまう。
白賭が、萎えてしまった心を引きずりながらクロの元へ歩み寄り、モニターを見る。
「その勝ち筋ってのはどこから...?」
恐る恐るクロと目を合わせる。
「このサーバーの仕組みを理解したことだね。」
クロは自慢げに笑みを浮かべる。
「え、仕組みを理解しただけで、突破できるものなのか?」
白賭は目を丸くした。あまりぱっとしていなかったからだ。
「あぁ。というかハッカーとしてサーバーの構造や仕組みを理解することは重要なことだよ。前のサブドメインの件も、理解したから進むことが出来たでしょ?」
「確かに。じゃあその勝ち筋は?」
白賭が核心に近づく。
「ずばり───データベースに毒を送り込む。だね」
「なるほど、認証にはデータベースが使われるから、そこを攻撃するってことか。」
「そういうこと。」
クロは眉を上げた。
「でも実際、データベースにアクセス出来るのか?トビラを開けているとは思いづらいし、鍵もわからないだろ。」
白賭は顎に手を当てる。
「へっへっへ。ボクが何の考えもなしにべらべらと考えを語ると思う?」
「うん。思う。」
「いや否定しろよ。」
白賭は即答だった。
「───空いてたんだよ、データベースのトビラがね。それも、最新版より一つ前のバージョンだった。」
「おぉ!そのバージョンには何の欠点があったんだ?」
白賭が期待を膨らませる。しかし、すぐにその膨れ上がった期待は破られる。
「侵入に必要な欠点は特に無かった。おそらくこれがゼロビットの言っていた難関ポイントだろう。」
「え?じゃあ勝ち筋なんて無くないか?」
困惑のあまり白賭の眉が下がる。
「おいおい、まだ話は途中。ボクの真の勝ち筋、それは───」
基地の空気が変わった。クロがおもむろに席に付き、キーボードに手を置いた。
「このバージョンで未知の近道を見つける──だね。」
「はっ?一体そんなこと...」
白賭が言葉を放ちかけたその時、クロが被せるように口を開いた。
「それに実はもう見当はついてる。」
「えっ!?速くないか!?」
白賭は目を見開く。クロは嬉しそうに口角を上げた。
カチャン───
クロは黙ったまま、エンターを押す。
その音が響いた瞬間、一斉にファンがうるさく鳴き始めた。モニターにはターミナルが高速で文字列を流しているのが見える。
「なっ、なんだこれ!?文字...それに記号みたいなのも流れていってる!」
「はっはっは、完成したんだよ。データベース突破のために必要な近道を見つけ出すプログラムをね。」
驚愕する白賭、そして決してモニターから目を離さないクロ。
「恐らく、このプログラムが止まる頃には、バグの一つや二つ、見つかっているはず。」
クロは笑っていた。
しかし、心の臓は鎧を着たかのように鈍く、決まり無いリズムで鼓動していた。
「もしこれで本当に見つけられたらかなりすごいぞ。」
白賭の手先が冷える。興奮が止まらなかった。
走り出したターミナルは止まることを知らなかった。次々とバグを調査していく。
時々、赤色の文字でエラーと表示され、白賭は不安の表情を浮かべる。
その表情をみたクロは知っている様な顔を見せながらこう言った。
「エラーが気になる?」
「あぁ。これは大丈夫なのか?」
「大丈夫。このプログラムは”送信側”と”受信側”の間で”ズレ”が存在しているかを確認してる。もし”ズレ”が存在していたらそこからプログラムの”バグ”が生じるんだ。」
「なるほど。そのバグを何回も検証してるから多々エラー表示が出るわけか。」
「そういうこと。」
白賭は安堵を取り戻した。それと同時に、プログラムのパーセンテージがもうすぐで百パーセントになることに気がついた。
ファンが限界の声を上げている。
「頼む...行け...!!」
クロは静かに祈った。
するとターミナルの動きが遂に止まった。
そこに見えたのは────Success。
「はっ...!見つけられた...!」
「ま、まじで見つけやがった...!!」
クロがガッツポーズをする横で、白賭はただただ唖然とするばかりだった。
クロはいちごミルクを取り出し、豪快に飲んだ。
白賭はそれを見て少しの微笑みを見せる。
「さぁ、進もうか。」
「あぁ。」
クロはターミナルにコマンドを打ち込む。
「──システム解体、開始。」
データベースの欠点を新たに見つけ出したクロ。
パスワード認証サイトの先にあるものとは!?
次回、遂に0bitの思惑に迫る!!!




