表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

被疑者K

0bitの連行を見送った後、クロと白賭も別の車に乗せられ連行された。

一方、再審課に飛ばされた"荒井武尚(あらいたけひさ)"は右も左もわからぬまま、司令官である入谷郷(いりたにごう)の元へ、挨拶に向かった。

騒々しく動き回る職員を見て目を丸くさせていたのは最近ここに異動してきた男だった。


男は元々、サイバー犯罪対策課に就いていた。そこでなんとなく調査を行っていたが、再審課が設置されてから異動となり、実際に訪れてみたらこれだ。


どうも、来る場所を間違えたらしい。そう感じつつも、言われたとおり入口から突き当りに位置する司令官の居室に向かった。


居室は二枚のガラス張りに扉が一つ。中をこっそり覗くと、司令官”入谷郷(いりたにごう)”がモニターを凝視していた。


コンコンと弱々しくノックをすると、入谷が男に気づく。男が静かに会釈すると、入谷が右手を扉の方に伸ばした。


扉を開けると入谷がパソコンを閉じて立ち上がる。笑顔をこぼしながら歩み寄ってくる姿に男は少しの圧を感じた。低気圧で頭が痛くなるのと同じだ。


「ようこそ。今日から所属の、えーと確か...」


流れるように差し伸べてきた手を掴み、軽く握手を交わす。相変わらずな表情で目を合わせてくる入谷。


と思えばころっと表情を変え、今度は眉間にシワを寄せて頭からつま先までゆっくり眺めた。


「荒井です。荒井武尚(あらいたけひさ)。」


「あー!そう、荒井さん。サイバー犯罪対策課でご活躍されてたらしいですね。」


もちろん、そんな事実は存在しない。しかし、否定すれば雰囲気が悪くなるし、否定する理由も無いので「あはは...」と軽く愛想笑いで躱した。


しゅっと荒井から目を話した入谷が、後ろで手を組んでパソコンが置いてあるデスク周りをゆっくりと歩み始める。


「っと、今はそんな冗談を言っている暇は無いんでした。」


「というと...?」


何も知らない荒井は、入谷の声色の変わりようを聞き逃す。


「...あなたもご存知の──プラヴォスと思われる人物の身柄を拘束しました。」


荒井は目を見開いた。真っ先に記憶の奥から引き出されたのは”国防総省”という単語だった。


「ぷ...プラヴォスですかっ?どういう経緯で?」


思わず声を張り上げる。その声量に入谷は薄笑いを浮かべた。


「それは、この動画を見れば一目瞭然でしょう。」


そう言うと、入谷がポケットからスマホを取り出す。古いスマホだった。


「それ、娘さんですか?」


ロック画面の微笑ましいツーショットに思わず口走る。函館山展望台を背景に、二人がにっこりと微笑んでいる姿だ。


「そうです。可愛いでしょう?」


それにつられて入谷も口を開く。さっき見せた建前の笑顔ではない、本当に幸せそうな笑顔だった。


「最近は異動で忙しくて会えない日々が...っと、失礼。」


しばし話が弾んだ頃、入谷は話から逸れていることにはっとした表情を見せ、すぐに表情を戻した。軽く咳払いをした後、ロックを解除する。


荒井はパスワードを見ないように視線を背けたが、指の動きからパスワードは単純なものであると察した。


「お待たせしました。こちらです。」


入谷がスマホを差し出した。どうやらSNSのようで、ハッシュタグには”Pravos”と”謎の男”の文字が目に入る。


動画のサムネイルには金髪に狼の仮面を付けた白衣の男が交差点の中心に佇んでいた。


荒井が入谷に目配せをすると、入谷は静かに頷いた。恐る恐る動画を再生すると、唐突に耳を襲ったのは大音量の男の叫び声。それも、白衣の男のだ。


荒井がびくりと身を強張らせる中、入谷は真剣に動画を凝視していた。モニターを凝視していた目と同じだった。


「あの二人が!!!世界的ハッカーの!!!!プラヴォスだぁぁぁぁぁ!!!!!!」


男が叫び終えると交差点は動揺の嵐に包まれた。それもやはり、”国防総省をハッキングしたハッカー”というイメージが定着している。


いつの間にかカメラは二人の学生を映し出していた。片方は無造作な黒髪の中学生に見え、もう片方は白髪の高身長で端正な顔立ちの高校生に見えた。


「うわ、関係ない人まで映ってるよ。プライバシーとか無いんですかね。」


「いや、この二人だ。」


「...はい?」


荒井の思考が停止した。入谷の発言の意味を理解できなかったからだ。


すぐに入谷の顔を見ると、そこには困惑ではなく、事実を確認するような冷えた視線が向けられていた。


「いや、だからこの二人なんです。プラヴォスとして身柄を拘束したのは。」


入谷がスマホをポケットにしまいながら、荒井の動揺など意にも介さない様子で言った。


「いや...いやいや、そんなわけないでしょう。二人とも、子供ですよ?子供。」


荒井が薄笑いを浮かべながらポケットにしまったスマホを指差す。


「そうとも限らないですよ。近年日本に向けられたサイバー攻撃の四分の一が未成年によるものというデータが出たんですから。」


入谷は再びデスク周りを回り始めた。途中で、暖房の室内温度を確認する。


「もしかして...そんなデータだけを元に拘束したんですか?」


荒井は入谷の背中をこっそり蔑む。優秀な人材を集めているも、司令官はハズレだと感じ始めた。


「まさか。さっきの出来事からすぐ、再審課(ここ)に通報が入りましたよ。それに、彼らは廃ビルの屋上で”例の件”について話してましたし。」


「例の件...もしかして、渋谷スクランブルサイバーテロですか...!?」


「そのとおり。ザッツライトです。」


入谷が指を鳴らして振り返った。その声はほんの少しだけ高ぶっていて、その様子に荒井は再び苦笑いを浮かべる。


「あっそうだ。それで今のところどうなんです?二人の取り調べ。」


ガラス張り越しに、再審課内を見渡しながら荒井が口を開く。取調室が目に止まってから再び入谷の方へ視線を戻した。


「百聞は一見に如かず。ついて来てください。」


「は、はい。」


入谷が先頭に立ち、居室の扉を開く。その背中を荒井は珍しいものでも見るような目で見つめた。


取調室は居室から正反対に向かった左側に位置していた。手前の”取調監視室”と冷たく書かれた室名札(しつめいさつ)を目にし、手に汗を握る。


どうぞ、と入谷が口にし、静かに扉を開けた。薄暗く、ドラマなんかでよく目にする景色だった。だが、サイバー犯罪対策課に所属していた荒井からしてみれば縁など一つもなかった。


この時ふと、薄暗いのは取調室からマジックミラー越しに取調監視室(ここ)が見えないようにするためかと察する。


右に顔を向けると、そこには例のマジックミラーが張られていた。それも、取調室全体がくまなく見られるように幅広く。


「あちらに居るのが中学生と見られる方です。」


入谷が荒井に近づき声を潜める。そう言われた荒井が被疑者を見るも、目を疑った。


「あれ、ずっとうつむいてるじゃないですか。」


荒井が口だけを入谷の方に向けて話す。目線は、机にうつむいた少年をロックしていた。


「そうなんですよ。どうやらこの三時間はずっと、あの体勢らしいです。」


「三時間ですか!?」


「ちょっと、声が大きいですよ...!」


入谷は荒井の驚いた声に体を跳ねさせた。焦ったように、口に人差し指を当てて荒井を黙らせる。しかし、三時間も黙り続けていたと聞けば、驚くのも些か自然だろう。


「ああすいません。...じゃあ、まだ何も聞けていないということですか?」


「...はい、お恥ずかしながら。」


少し間を置き、入谷は顔をうつむけて言った。


「あのさぁ...こっちも暇じゃないのよ。それに、何でうつむいてるかも言ってくれないとわからないし。」


取調を担当していた職員が、腕時計の時間を見つめた後、痺れを切らせて呆れたように吐き捨てた。マジックミラー越しに声が籠もる。


「...」


相変わらず微動だにしない少年に荒井は面白ささえ覚えた。職員は、チッ、っと軽く舌打ちをし、ゆっくりと足を組んだ。


「あっ、じゃあもう一人の白髪の子はどうなんですか?」


「それが...その子も何も吐かないですね。あぁでも、名前は吐きましたよ。”異崎白賭(ことざきはくと)”と。しかし、それ以降は何も...」


「白賭...ですか。異崎の取調は誰が担当してるんですか?」


珍しい名前だな。そう感じつつ、荒井は手を前で結んだ。


「異崎は騎龍さんが担当しています。」


「えっ、き、騎龍さんですか...!?あの騎龍光星(きりゅうみつほし)...!?」


うつむいたままの少年を見つめたまま話を聞いていた荒井だったが、騎龍という名を耳にした途端、突如身体を入谷の方へ向けた。


「おっと、騎龍さんをご存知で?」


口を半開きにして小さく驚く。


「もちろんですよ。特殊急襲部隊(SAT) 所属からたった五度の出動で、突入班の隊長に任命されるほどのエリート。最近ではSATの次期、最高指揮官とも予想されていたほどです。知らないのがおかしいほどですよ。」


トリガーが外れた荒井は、狂ったかのように騎龍の功績を語り始める。


入谷は騎龍について、荒井に聞いたことを少し後悔した。反応に困るからだ。


「ははは、お詳しいんですね。相当なファンだ。」


薄笑いを浮かべ、荒井の熱を躱した。妙な返しに荒井は、はっとする。


「あぁ、すみません。つい熱く語っちゃいました。...あ、そうだ。異崎の様子を見ても?」


荒井は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「もちろんです。ですが、また大きな声は控えてくださいね。」














カッカッと、時計が一秒一秒を、重々しく刻む。


どれくらいの時間が経ったのか。クロには知ったことではなかった。


ただクロの脳を渦巻いたのは「なぜ」というたったの二文字だった。


なぜ0bitは三年前、渋谷スクランブルサイバーテロを起こしたのか。


なぜ0bitは自分や白賭を試したのか。


なぜ──こんな目に遭わなければならないのか。


平机の下で、ひたすらに考え続けていた。


職員がため息を一つ吐いた。


「もう良いよ。あんたプラヴォスじゃないんだろ?ただの目立ちたがり屋のイキりだ。どうせ誰からも相手にされてなかったんだろ。」


一つ間を開けて、開かれた口からは、聞くに耐えない罵倒だった。いくら痺れを切らせたからと言って、これは違法捜査だ。


クロは胸が痛くなるのを感じ、拳を握りしめる。筋肉が強ばるのを目にした職員が平机の足を力強く蹴った。


「なんだ、文句があるなら顔上げろよ!あぁ!?」


職員が勢い良く立ち上がる。その反動で椅子が音を立てて倒れた。しかし、相変わらずクロはうつむいて(だんま)りを貫いた。それを目にし、更に腹を立てた職員はクロの髪を掴み、引っ張り上げた。


「大人を舐めやがって...!どんな育て方したらこんな腐ったやつが出来上がるんだ、親の顔が見てみてぇなぁ!」


そのまま掴んでいた髪を思いっきり右に突き放す。体勢を崩したクロは壁に頭を打ち付けた。


その場で座るように倒れ込んだ。クロは顔をしかめるが、その視界はぼやけ始めていた。


「くっ...」


おもわず口から言葉が出かけるが、喉元で噛み殺した。


「おいおい大げさだなぁ──」


職員の声が籠もったように聞こえる。まるで海の中に沈んでいくかのように意識すらもずんずんと落ちこんでいった。




ガシャン、と甲高いガラスの割れる音が耳を刺した。


それは、海底に沈んでいた古い記憶の一つだった。


食卓の下にガラスの破片が飛び散っている。他にも食器の破片やゴミが無数に散らばっていた。


「もう!!!なんでよ!!!」


三角座りをし、髪を毟りながら大きな声で叫ぶ女の姿が目に入った。


あれは、お母さんだ。


クロが母親と目を合わせたその時、突如として母親は立ち上がった。早歩きでこちらに向かってくる姿に、クロは腰を抜かせる。


「ぁあ...ご、ごめんなさ──」


ドスン、という鈍い音が響くと、クロの頬は熱くなった。次に襲ったのは痛み。


最後に襲ったのは──極度の寂しさだった。


困惑はしなかった。これが初めてではなかったからだ。でも、何回されても、寂しさだけはクロから抜けなかった。


瞳に涙が貯まり視界がぼやける。反射によるものだ。


我慢しようと喉を締め付けたが、貯まりきった涙が頬へ、こぼれ落ちてしまった。


また、母親が右手を振り上げた。反射的に目を閉じると、次は真っ先に頬に痛みが走る。




しかし、クロは目を開かなかった。髪に走る痛みに気づいてしまったからだ。


「はははっ、やっぱガキだな。泣いてやがる。」


職員が掴んだ髪を左右に揺らす。クロは職員から顔を背け、歯を食いしばった。


すると、一つのノイズが取調室に抜ける。


「田辺さん。それを国家はなんと言うんでしたっけね。」


スピーカーから聞こえてきた声の主は入谷郷だった。


「なっ!?いや...こ、これは...」


職員の田辺が掴んでいたクロの髪を、ぱっと離す。素早く立ち上がり、何も見えないマジックミラーに向かって釈明を始めた。


「いえ!─喋らなくて結構です。あなたの行動は、しっかりと見ていましたし、証拠もばっちりカメラで捉えています。」


田辺の釈明途中、入谷は一度声を張り上げて黙らせた。それから冷淡に話を進める。


「この証拠を上に提出すれば、あなたは違法捜査を行ったとして免職、もしくは禁錮刑になるでしょうね。」


「まっ、待ってください。あ、あの──」


「喋らないで結構です。さぁ、さっさと取調室から出ていきなさい。」


「...」


田辺がゆっくりと肩を下ろす。額には汗が伝い、息が上がっていた。


音すら立てず、とぼとぼと取調室から出ていくその背中は、まるでさっきまでの威勢が嘘のようだった。


田辺が出ていったのを確認すると、入谷が口を開く。


「うちの職員が本当に申し訳ありません、怖かったでしょう。」


ノイズ混じりのその声からは、芯から優しさがにじみ出ていた。


「変わりの職員を行かせます。ご安心を、心優しい方ですから。」


そうスピーカーから流れると、続けて入谷が近くの職員に声を掛けたのが聞こえた。


「えぇ俺ですか!?」


あまりに大きい声に、甲高いノイズが響く。


クロは相変わらず顔を背け、うつむいたまま動かなかった。


しばらくすると、ガチャリと音を立て、扉が開く。


この時、クロは強張っていた肩を下ろした。扉を開けたすぐに、クロに一礼をしたからだ。


「荒井武尚です。よろしくおねがいします。」


荒井は肩を上げ、歩き方さえも堅苦しかった。


「...」


微動だにしないクロに荒井は歩み寄る。


「あの、その、大丈夫ですか?立てます...か?」


荒井がクロの顔をおもむろに覗き込む。クロの唇からは血が流れていて頬も赤く腫れていた。


手を差し伸べると、クロがゆっくり顔を向ける。瞳には少しの涙が溜まっていた。


「新人...ですね?」


荒井の身体が、はっと跳ねる。自身の身だしなみを確認していると、クロが荒井の手をとった。


「ありがとうございます。さっきの人の言葉は信じて良さそうですね...」


クロが荒井の手を引っ張って立ち上がる。嗄声した声でクロは言った。


「はい、信じてください。私も、あなたに信じてもらえるように頑張りますので。」


「黒です。月宵黒(つきよいくろ)。」


クロは服を(はた)きながら言った。


「え、あぁ月宵さん。珍しい名前ですね、それと同時に素敵な名前だ。」


そう言って荒井が微笑むと、クロの目に輝きが刺した。


荒井がクロの座っていた椅子を立てらせ、座ってください、と腕を伸ばす。


クロが座ると、荒井も自分の椅子に腰を掛けた。


「それでは取調を始めます。焦る必要はありません、月宵さんが話したいことだけを、まずは教えてください。」


その言葉を取調監視室から眺めていた入谷は、目を見開いた。


「聞かないんですね。」


「はいっ?」


思いがけないクロの一言に荒井は聞き返す。


「ボクがうつむいてた理由です。」


「あぁ。気になりますけど、今は月宵さんに委ねます。」


手を膝の上に置き、ぴしっと姿勢を伸ばす。その様子にクロは薄笑いを浮かべた。


「...」


クロがゆっくりと椅子を机に寄せる。ガガガ、と椅子の足が音を立てた。


椅子の位置が定まり、クロは顔を上げた。静まった取調室は、これから動き始める。


「荒井さん。」


「はい。」


荒井が眉を上げてクロの目を見る。クロは不敵な笑みを浮かべて口を開いた。


「ボクと取引しませんか?」

取調職員の"田辺"は違法捜査を行っていたところを司令官である入谷郷に見つかる。

田辺と代わり荒井が取調を行うことになったが、荒井の礼儀正しい取調に、クロ、そして入谷すらも驚く。

しかし、何を思ったのかクロは荒井に取引を持ちかける。

クロの思惑とは一体何なのか...!?

次回もお楽しみに!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ