18 夜会の真実
最終話です!
いよいよ、夜会の日がやってきた。
公爵家の人々は午後からずっと、公爵夫妻のお出かけの準備に追われている。
ノエルは部屋の外でそわそわとしながら、エリンの支度を待っていた。
廊下には、奥様の奇声が響いている。
「んぎ~!ぐげ~!」
コルセットに呻くエリンと、叱咤するティナの声が聞こえてくる。
着替えが終わると、待ち侘びたノエルは部屋を覗いた。
「怪獣みたいな声が聞こえたから、どうなることかと思いましたが……ドレスお似合いです!」
「えへへ。がんばって着た甲斐があったかな」
「アシュリー叔父様ともお似合いですよ」
「ちょっ、なっ、何言ってんのっ!」
子供のお世辞にエリンが赤面していると、アシュリー公爵が続けて迎えにやってきた。
今夜のアシュリー公爵はいつにも増して、エレガントで素敵な美男子に仕上がっていた。スラリとした手脚で高貴なお召し物を着こなして、端正なお顔は凛とした気品で輝いている。
エリンは時を止めてガン見してしまった。
アシュリー公爵もこちらを見つめて固まったままなので、エリンは照れ隠しに、クルクルと回って見せた。
「ど……どうでしょう」
「その……とても美しくて………可愛いです」
精一杯のアシュリー公爵の褒め言葉に、エリンは頭から煙が出るほどのぼせた。
二人を観察するノエルとティナは、顔を見合わせて微笑んでいた。
馬車の中でーー。
エリンはアシュリー公爵から、夜会の説明を受けた。
自分と一緒にいてくれれば、全てフォローするので安心してほしいと。
エリンは今夜お会いするであろう、貴族の方々の名前を必死で覚えてきたが、自信は全くない。公爵のエスコートに頼るしかなさそうだ。
馬車を降りると、煌びやかな王城が二人を迎えてくれた。
エリンは星空に聳える城の天蓋を見上げて、思わず口を開けて仰け反った。
これぞ迫力の異世界! である。
王城に来たのは、デビュタントのあの舞踏会以来だろうか。
まさか自分が再びこの場に……しかも公爵夫人として訪れることになるとは、想像もつかない未来だった。
アシュリー公爵はこちらを少し振り返って、貴族の男性らしく片腕を空けた。
エリンはそっと手を添えて、二人は睦まじい夫婦を装って、城の門をくぐった。
王城に向かって、ランプで装飾された道が続いている。なんてロマンチックな小道だろう。
並んで歩く二人は、互いに慣れない距離感に緊張して押し黙っていた。
アシュリー公爵の腕に触れているエリンの指は、滑稽なほど硬くなっている。
そんな中で……。
アシュリー公爵は唐突に。ポツリと、こんなことを語りだした。
「契約結婚だなんて非常識な申し出をした身として、これは伏せておくつもりだったのですが……」
「え? な、なんでしょう?」
声が裏返ってしまう。
突然のカミングアウト的な空気に、エリンはかしこまった。
「実は……三年前、この宮廷で開かれた舞踏会で、僕はエリンさんをお見かけしたのです」
「……へっ!?」
アシュリー公爵いわく……。
当時、公爵家の令息として婚約者の候補を選定するために、周囲の計いで舞踏会に参加したらしい。
「僕は大勢の人に囲まれていて、遠目だったのですが……エリンさんは一人で、テーブルの前にいました」
エリンは真っ青になった。
あの時の光景が、まざまざと思い出される。
ご令嬢達が群がっていた令息はまさに、アシュリー公爵だったのだ。
その時のエリンといえば……ご馳走に夢中になって、テーブルに齧り付いていたはずだ。
「あなたは、テーブルの上に並んだ沢山のケーキを次々と指して、何かを歌っていたのです」
「う、うあぁ……」
それはまさに、エリンが迷った時によく出る、謎の歌である。
「どれにしようかな♪ 天の神様の言う通り♪」
舞踏会のテーブルでこれをやるとは、我ながら痛すぎた。
しかし、アシュリー公爵は懐かしむように微笑んでいる。
「あれは何かのおまじないか、魔法だったのか……楽しそうな笑顔のあなたが、とても印象に残っていたのです」
確かにケーキを選ぶ自分は、最高潮に楽しい顔をしていたに違いない。
まさか、よりにもよってアシュリー公爵に見られていたとは……。顔から火が出そうだった。
アシュリー公爵は歩みを止めて、エリンに体を向けた。
「だからこの契約の相手を探す時に、僕はあなたの名前を候補に挙げてしまった」
「え、そ、そうだったんですか?」
手当たり次第に探していたかと思いきや、まさかのご指名にエリンは目を丸くした。
アシュリー公爵は恥ずかしそうに唇を噛んだ。
「僕は恋愛に臆病で……愛されない恐怖を、契約という形で隠したのです。本当は……あなたともう一度お会いしたかった」
まるでこの時を祝福するように、王城の空に美しい花火が上がった。
冷たく凍っていたアシュリー公爵のアイスブルーの瞳はとろけるように潤んで、エリンを真っ直ぐに見つめていた。
「これからも、僕と一緒にいてくれますか」
「も、もちろんです!」
即答するエリンにアシュリー公爵は微笑んで、エリンの手をそっと握った。
まるで惹かれあう者同士が初めて触れ合ったような、神聖な瞬間だった。
アシュリーの手指の温かさと、優しい眼差しに……。
エリンは確かな愛を感じて、胸が早鐘のように高鳴っていた。
ここから新たな関係が始まるのだと、幸せな予感を抱いてーー。
二人は初々しく手を繋いだまま、王城への道を歩んだ。
おわり
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