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お気楽な契約妻の、たった一つの不満 〜冷たい公爵様がとろけて陥落するまで〜  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中


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12 ビンゴというゲーム

 それから続々と、「可愛いクマのぬいぐるみ」は量産された。

 しかも、手の平サイズから抱っこサイズまで、ニコの型紙のバリエーションによって、クマがサイズ違いで沢山できた。


「うわ〜、可愛い!」

「この小さいマスコット、可愛すぎません?」


 ノエルもニコもすっかりと "可愛い" にハマっていた。

 ティナは新作の「口開けっ放しクマ」に魅入って、自分も口を開けている。


 ノエルはマスコットクマを()き集めるように抱きかかえて、エリンを見上げた。


「こんなに沢山作って、街で売る気ですか?」

「ふふふ。違うわよ。これはもっと楽しい遊びに繋がる、大事な賞品なのよ」

「賞品? 商品ではなくて?」


 不思議そうなノエルとティナとニコに、エリンはドヤ顔で、背中に隠していた紙の束ーー。

 夜なべして作ったカードを取り出して、皆に見せた。


「ジャーン! 異世界・ビンゴゲーム!!」


 室内はシーンとした。

 この世界にビンゴゲームなど無いので、当たり前である。

 エリンからビンゴカードの一枚を受け取って、ノエルは神妙な顔で、内容を読み解いた。


「この不規則な数字の羅列(られつ)……何かの暗号か、計算式の一部か……」


 ティナも不思議そうにカードをいじった。


「なんかこれ、捲れるようになってますけど?」

「ちょっと、まだ開けちゃダメよ!! これはね、くじ引きで当たった数字しか開けちゃいけないの!」


 見たことも聞いたこともないゲームに、三人は無垢(むく)な雛鳥のようにエリンを見つめている。


「今夜、この公爵家の食堂で、みんなでビンゴゲームをするのよ! くじ引きで当たった数字を開けて、縦横斜めが繋がったら上がり!」

「なるほど。それでこのクマのマスコットが、ゲームの賞品になるのですね」

「そう。まずはこの公爵家の中に "可愛い" を広めるの。だって、みんな忙しくて疲れた顔しているし、賑やかさが足らないと思わない?」


 三人は顔を見合わせた。

 それぞれが公爵家の混乱した今の状況をわかっているが故に、頷くしかなかった。

 長男が失踪してから家督が混乱し、屋敷の全員が張り詰めた状態が続いていた。


「異世界のビンゴゲーム、やりましょう!」


 ノエルの元気な後押しに、「クマ作りチーム」は空に拳を上げた。


 *・*・*


 書斎にてーー。

 アシュリー公爵は眉間に皺を寄せて、膨大な書類の量に溜息を吐いた。


 ノックが鳴って、執事が入ってきた。

 お盆に紅茶を載せている。


「アシュリー様。大丈夫ですか? 昨日もあまりお休みになられていないようですが……」

「ああ。まったくお兄様は、とんでもない量の仕事を放置して行ったものだ。家督に興味がないからといって、こんな無責任なことを……」


 アシュリー公爵は隣の書類も横目で睨んだ。


「それにこの散財の跡……事が発覚しなかったら、公爵家の財産は潰されていた」


 執事は控えめな口調で応えた。


「それはレナルド様の元奥様による負債ですから……」

「わかっている。だが、あの女をこの公爵家に招き入れたのは、レナルドお兄様自身だ」


 気まずい空気の中、執事は遠慮がちに紅茶を置き、その横にカードを添えた。


「これは?」


 アシュリー公爵はカードを手に取り、何やら暗号めいた数字の羅列を眺めた。


「本日奥様が食堂にて、ビンゴゲームを開かれます」

「ビンゴ……ゲーム?」


 執事がゲームのルールを説明すると、アシュリー公爵は唖然とした。


「このゲームを、あの令嬢が考えたのか?」

「何でも、異世界なのだとか」

「は?」

「なんと。賞品は奥様が手作りされた、可愛いクマのぬいぐるみらしいですよ」


 ガタッと音を立てて、アシュリー公爵は椅子から立ち上がった。


「クマのぬいぐるみが、出来上がったのか!?」

「ええ、それはもう、奥様の仰る通り、可愛いお顔でして……」


 執事の含みのある笑顔にアシュリー公爵はなぜか焦りがこみ上げて、語気を強めた。


「僕はまだ見ていない!」


 ニコニコする執事の顔に我に返って、アシュリー公爵は目を逸らした。


「その……ゲームなどしている時間はないが……」

「そうですよね。奥様もご遠慮されて、アシュリー様に直接カードをお渡しせずに、私に任されたのですよ。ですので、ご無理をなさらぬよう……」


 アシュリー公爵は戸惑うように椅子に座り直し、事務的な口調で呟いた。


「彼女が契約内容に満足しているか、雇用主として見届ける義務がある」


 アシュリー公爵がしっかりと片手にカードを握っているのを確認して、執事は優雅に礼をして出て行った。


 *・*・*


 一方……。

 公爵家の厨房では、戦争のような騒ぎが起こっていた。

 飛び散る小麦粉に、散乱する調理器具。

 しまいに立ち上る、黒い狼煙(のろし)……。


 ハラハラと見守っていた厨房の使用人たちは、エリンが不器用なりに作ったクッキーの焼き上がりに、盛大な拍手を送った。


 ノエルは遠慮がちに評論する。


「クッキーというより、岩というか、まるで瓦礫(がれき)のような頑丈さがありますね」

「あら。正直な感想ね。だって私、クッキーなんて焼くのは初めてなのよ? それにしては上出来だわ」


 なぜかポジティブなエリンは、クッキーをひとカケラを取って、口に入れた。


 ガギン!

 と音がして、「(かた)ァ!」とエリンは痺れる歯を手で押さえた。

 ノエルはそれを見て、残念そうな顔だ。


「やっぱり瓦礫じゃないですか! 何作ってるんですか?」

「何って、私の初めての手作りクッキーを賞品にするのよ」

「え〜、ビンゴゲームの賞品ですか!?」


 ノエルは賞品が書かれたメモを慌てて取り出した。


「え、じゃあこの、空白になってる1等の賞品って…」

「そうよ。3等が中くらいのクマで、2等が大きなクマでしょ? 1等の優勝賞品は、この記念すべき、手作り第一号のクッキーよ!」


 見守っていた使用人たちのテンションは、だだ下がっていた。

 エリンはなぜか、「手作り一号」という価値をやたらに推す習性があるようだ。


 かくして。

 なんとなく、みんなが「1等を避ける」という、奇妙なバランスのゲームが始まろうとしていた。

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