セリカと同じクラスになれるの!
こうしてフィルたち一行は解毒剤を手に入れたわけであるが、その代償としてフィルは大いに傷ついた。
ダンジョンで応急処置を受けたものの、腹の傷は深かった。
フィルは学院に戻るとそのまま倒れ、意識を失う。
意識が途切れるその瞬間まで、解毒薬を握りしめ、シャロンの心配をしていたフィル。
その姿はけなげであり、美しかった。
セリカはフィルの意思を無駄にしないため、解毒薬を学院長に届けると、即座にシャロンに飲ませた。
セリカたちが命がけで持ってきた解毒薬は、効果てきめんだった。
赤い筋が全身を覆おうとしていたシャロンの身体をたったの半刻ほどで快復させる。
午前に薬を与えたら、夕刻には目を覚まし、いつもの笑顔を取り戻した。
ただ、その笑顔も一瞬だった。
フィルが薬を手に入れるために倒れたと聞くと、彼女はメイド服に着替え、フィルの看病を始めた。
病み上がりのメイドさんは休んでいなさい、と周囲のものがとめても彼女には無駄であった。
「命がけでわたしを助けてくれた友人に報いたい」
とシャロンは三日三晩、フィルの介抱をした。
その甲斐があったのか、それは定かではないが、フィルは三日後、目を覚ます。
快復を祈願していたシャロン、セリカは、フィルが目覚めたとき、その場で飛び跳ねるくらいに喜ぶが、眠っていた当の本人はよく覚えていないというか、緊張感のない言葉を発する。
「ふぁ~あ、よく眠ったの。というか、お腹減ったの。シャロン、今日の朝ご飯はなに?」
皆が心配しているのに!
とツッコミを入れるものはいない。
彼女の天真爛漫な笑顔は人々を幸せにする効果しかないのだ。
ましてや無事、快復したとなれば、誰がケチを付けようか。
シャロンは涙目になった目元を拭うと、すぐにサンドウィッチを作ってくると厨房に向かった。
あるいは彼女が一番、フィルに感謝しているはずである。
いの一番に抱きしめ、感謝を言葉にしたかったはずであるが、感動の抱擁はセリカに譲ってくれたようだ。
セリカはその配慮に感謝しつつ、フィルを抱きしめる。
優しく。
フィルは最初、目をぱちくりとさせたが、すぐにセリカの気持ちを受け入れると、いつもとは逆にセリカの金髪を撫でる。
どうしたの、という言葉はすぐに発せず、ただ互いの身体のぬくもりを確かめ合った。
しばしふたりは時をとめてしまったかのように抱き合うが、その後、フィルがこんな質問をする。
「もしかしてボク、ずっと眠っていた?」
「はい、もしかしなくても眠っていました」
「そっかー。お腹に穴が空いちゃったもんね」
「ええ、学院長いわく、フィルさんでなければ死んでいたそうです。皆、心配したのですよ」
「ごめんね、でも、ボクはこのくらいじゃ死なないよ」
「そうですね、フィル様は無敵です」
「うん、ボクは不死身」
「そうです。だから絶対、わたくしよりも先に死なないでくださいね」
「うん、死なない。ボクはセリカよりも年下だし」
「そうですね。この世界は基本的に年長者から死んでいくものです」
「そだね。ところで、セリカ、謝らなければいけないことがあるのだけど」
「謝らなければいけないこと?」
「うん、試験をサボっちゃったし、何日も寝てたから、たぶん、ボク、放校になるかも」
「あらあら、まあまあ、それは大変ですね」
「大変。退学になったらもうセリカと学校に通えない……」
しゅんとするフィル。
あまりにも気落ちしているので、セリカは彼女を慰めることにした。
「その辺は心配無用です。そしてフィル様にはふたつほど良いニュースがあります」
「良いニュース?」
ふたつもあるの? と首をかしげる銀髪の少女。
「ええ、吉報はいつも友達を連れてくるものです。ひとつめの吉報はフィルさんは放校にはなりません」
「まじで!」
「まじです」
「でも、ボク、試験を受けられなかったし、授業をサボっちゃったよ?」
「試験はのちほど追試で。サボった授業はシエラさんたちがノートを取ってくれました。それを見て追いついてください」
「がんばる!」
「お礼も欠かさずに。シエラさんたちが、カミラ夫人のところまで行って、フィル様のサボりはサボりではなく、友人を助けるための行動だった、と訴えてくれたのですから」
「シエラ――」
メガネっ娘の新聞部部員の顔がまぶたに浮かび、目頭が熱くなる。
「それと学院長にも。学院長がこの件に関して、裏で駆け回ってくれたみたいです」
「アリマーンはいい人なの」
「アーリマン様です」
そだった、と笑うフィル。にこやかにそれを見つめるセリカ。
「あとでみんなにお礼を言いに行くの」
「そうしてください。って、まだ動いては駄目ですよ」
今にも駆け出しそうなフィルを押さえつけると、こんな調子ではふたつ目の吉報を教えられないかも、と漏らす。
それを聞いたフィルは潤んだ瞳でおねだりしてくる。
「安静にしているから教えて。気になって眠れない」
それは困る。
怪我人はたくさん寝て、回復に努めるもの。
そう思ったセリカは、ふたつ目の吉報を話す。
「この前、フィル様にわたくしが礼節科への転科願いを出している話はしましたよね」
「うん、聞いた」
「実はその転科願いが受理されたのです」
「ほえ? ジュリ?」
難しい言葉なので理解できないようだ。受理をジュレやゼリーの一種だと思い込んでいるようである。旨いのかな、的な顔をしていた。
「食べ物ではありませんよ。受理とは願いが受け入れられること」
「え? それってつまり、セリカが礼節科にくるってこと?」
「はいそうです。礼節科の初等科に転科されます。つまり、フィル様と一緒の教室で学べる、ということです」
その言葉を聞いたフィルは、先ほどの喜びとは比べものにならないほどの笑顔を浮かべた。
そしてベッドから起き上がると、
「やったー!」
と、その場を飛び跳ねた。
傷口が開いてしまいかねない勢いであったが、あまりの喜びようにセリカはなにも言えない。
ただ、心の底から嬉しそうに抱きしめてくるフィルに身を任せるだけであった。
セリカは小さなフィルの抱擁を受け入れる。
両手で抱きしめ返し、この世界に自分の命よりも大切なものがあることを再確認した。
誰からも愛されるフィル。
誰をも愛することができるフィル。
セリカはその美点を務めて見習うようにしていたが、それでも世の中には順序がある。
セリカにとってフィルはこの世で最も愛おしい存在だった。
それはこの銀髪の少女も同じであろうか?
セリカはフィルの強烈な抱擁を受け止めながら、そんなことを考えた。




