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フィルと麓の橋

 フィルたち一行は転移の間がある街を旅立つ。

 フィルの故郷の山は、ここから南西にある。


 大人の足ならばゆっくり歩いて数日というところであるが、フィルたちは急がねばならない。


 なぜならば期限内に帰らないとならないから。

 なので護衛である叡智の騎士ローエンは街で馬車を借りた。

 馬車ならば理論上、一日で到着できる距離である。


 最悪、フィルの必殺技、「大木投げ」で帰ってくることも可能なので、そんなに急がなくてもいいのだが、そのことを話すと、セリカは顔を青ざめさせ、叡智の騎士ローエンに「飛ばしてください」と指示する。


 シャロンはくすくすと笑う。


 叡智の騎士ローエンは「大木投げ」の噂を聞いていたので、「一度は乗りたいものですが」と冗談めいて言うが、セリカお嬢様のため、馬を飛ばす。


 幸いとフィルの大木投げは発動せずに済んだ。 

 馬車の旅は快調で、フィルの山の麓までなにごともなく到着する。

 ――かに思われたが、それは麓までだった。

 フィルの故郷である山には大きな川が流れていた。

 普段ならば穏やかな川なのだが、上流で長雨があったらしく、氾濫している。


 橋が流され、多くの馬車が立ち往生していたが、ローエンは上流を迂回すればまだ流されていない橋があるかも、と迂回する道を選んだ。


 それは街道を外れる危険なルートであるらしい。


 この国の治安は比較的良好なほうだが、街道を一歩外れると盗賊が出ることもある。


「まあ、俺はこの国でも有数の騎士、盗賊ごときに遅れは取らないが……」

 それに、とローエンはフィルを見つめる。


「この馬車には古竜でさえ一撃で倒す少女がいる。万が一もあるまい」


 と悠々と迂回路を勧める。

 シャロンもそれに同調する。


「そもそも盗賊と出くわすのは運の悪い商隊や運の悪い貴族の令嬢くらいなもの。我々には幸運の象徴フィルさんもいる。それにわたしが愛読しているメイド雑誌『メイドの友』にはわたしの運勢は最高って書いてありました。ここは大船に乗ったつもりでいてください」


 わっはっは、とは言わないが、それに準じる大口で笑う。

 淑女らしくはなかったが、シャロンらしくはあった。

 しかし、そんなシャロンが今回、弱点となり、事件に発展することになる。


 もしもトラブルメーカーというステータスが可視化できるのならば、シャロンはフィルには及ばないまでも相当高い数値を誇ることは疑いなかった。



「盗賊なんかと出くわすことなんかないもん!」



 という前振りは、女騎士が「オークなんかに屈しない」という前振りにも似ている。

 後日、叡智の騎士ローエンはそう語るが、ともかく、フィルたちは盗賊に遭遇する。


 その規模は30人ほど。


 なかなかの数であるが、ドラゴンを素手で殺す少女フィルと、円卓の騎士の称号を持つ老騎士の敵ではない。


 ついでに言えばセリカも魔法使いとしてなかなかの腕前、普通ならば絶対負けないが、今回はあっさり負けた。


 その理由は、道中、お花を摘みにいってきます。

 と「トイレ」に立ったシャロンがあっさり捕縛されてしまったからだ。

 彼女の首筋に曲刀を突きつけられながら戦えるほど、フィルに胆力はない。

 ローエンもメイドの少女を見捨てるほど酷薄ではない。

 ただ、セリカだけは冷静な声でローエンに告げる。


「……もしも、フィル様に危害が及ぶ事態になったら、シャロンさんを見捨てることも想定してください」


 と言い放った。

 それは冷たさではなく、セレスティア侯爵家の末娘としての決意の表れだった。

 ローエンはそのことを知っていたので、懐に隠し短刀を忍ばせておく。

 最悪、これで盗賊たちと対峙するつもりであった。


 盗賊たちはそんなこととは露知らず勝ち誇るが、彼らはそこまで悪党ではないようだ。


「女がいるぞ、ひゃっほー!」

「男は殺せ!」


 などという三下の台詞は発しなかった。

 頭目と思わしき男は。


「なるべく手荒な真似はするな。俺たちは野獣ではあるが、畜生ではない」


 なかなか話が分かる盗賊である。

 これは交渉できるかもしれない、そう思ったセリカは言葉を発する。


「盗賊の頭目よ。なぜ、我らのような女子供に手を出す」


 凜とした強い声だった。

 盗賊の頭目は感心したようだ。女子供としてでなく、対等の交渉相手として話す。


「我らは盗賊ではあるが、盗賊には盗賊の誇りがある。女子供は手に掛けない。無論、抵抗せずに金銀と衣服を置いていけば、の話だが」


 シャロンに突きつけている刃に力を込める頭目。


「金銀はおいていけません。もちろん、衣服も。我らはこれからこの川を越え、山に行かなければならないのですから」


「なに、あの山に行くのか?」


「そうです」


「あの山は竜の山と呼ばれている竜の巣窟だぞ。生きて戻れないものも多い」


「それでも行かねばなりません」


「そこまで言うのならば止めないが、それならばなお、死ぬ前に金銀を置いていけ。竜に食われる前にいただきたい」


「竜に殺されるつもりも、あなたがたに金品を渡す気もありません。しかし、労働と引き換えならば金貨を支払いましょう」


「労働だと?」


「あなたがたはこの辺の地理に詳しい。それに地元の民と通じているでしょう。ならばこの川の橋の架けやすい場所も知っているはず。そこに仮の橋でいいので橋を建ててください。我らが渡れるくらいの」


「我らを人足扱いする気か」


「元々、あなた方はこの辺の労働者のはず。それが仕事にあぶれて盗賊になった、違いますか?」


「……違わない」


「ならば元の労働者に戻ってください」


「しかし、お前らが報酬をくれる保証はあるのか?」


「今、手持ちの金貨は500枚。500ゴルのみ」


「それでは材料費にしかならん」


「もちろん、残りの分は後日必ず持ってきます」


「なにをもって信じればいい」


「それはわたくしのプライドを信じてください。わたくしはこの国の貴族。一度交わした約束は破りません」


 毅然とした態度で言うセリカ。

 このまま交渉がまとまると思ったが、盗賊の頭目は言う。


「……貴族は信じられない。俺たちが盗賊になったのは、貴族に裏切られ、はめられたからだ」


 彼の表情は暗くなる。


 彼らは元々、この川で川運を行う川並衆と呼ばれる存在だったそうだが、貴族にあらぬ疑いを掛けられた上、財産を没収させられた過去があるのだそうだ。


 それを聞き、セリカは肩を落とす。これは交渉決裂か。そう思われたが、ここで思わぬ声を聞く。


 盗賊団の奥にいた小さな子供が声を張り上げる。


「頭目、こいつらは信用できます。貴族ですが、あたしたちをだました貴族とは違う」


 見ればそこにいたのは、先ほどフィルの財布を盗んだ女の子だった。

 彼女は片目をつぶると、こうつぶやいているようだった。


「さっそく恩返しできそうだね、お姉ちゃん」


 その声は誰にも届かないかと思われたが、耳の良いフィルには届いていた。

 フィルは胸を温かくさせると、先ほど食べ物を恵んだ少女に微笑んだ。

 フィルは爺ちゃんに話しかけるようにつぶやく。


「爺ちゃんの言ったとおり。美味しい食べ物は人を幸せにするの」


 こうしてシャロンは解放され、フィルたちは盗賊たちに仮の橋を建ててもらうことになる。

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