石像を倒したのは誰?
修道院の依頼、それは聖女像を元に戻す――というものではなく、それを倒したものを探す、というものであった。
修道院にある聖女像は、聖女ナンナを模したもの。
この修道院を開いた開祖のもの。
聖女ナンナはとても慎み深い人で、生前、自分の像を造るのを禁止した。
自分が神と同格視されることを恐れたということもあるが、彼女は自分の姿を模したものをいたるところに飾って悦に入るような自己顕示欲を持っていなかった。
しかし、彼女を慕うシスターたちは、ナンナの死の枕元で彼女に頼み込み、ひとつだけ作る許可を得た。
それが件の聖女像である、という説明を受けたあとに、その大切な聖女像が何度も倒されている事実を知る。
「何度も、ということは何度も起き上がらせている、ということですか?」
「ええ、そのつど、冒険者ギルドに頼んで冒険者を派遣してもらっています」
「大工さんなどに頼めばいいのでは?」
「この修道院には女性しか入れません。ですので怪力無双の女戦士を呼んでいます」
修道院長は続ける。
「今回もそうするべき予定でしたが、残念ながら毎回、そうそう都合よく女戦士たちを手配できないのです」
「彼女たちは建設作業員ではなく、冒険者ですからね」
「その通りです」
「ですが、それは我々も同じ。できるだけ協力しますが、毎回、起しにはこられないかも」
「ですね。ですから今回、その犯人を捜していただきたいのです」
「なるほど、何度も倒すものを見つけ出し、禍根を断つということですね」
「はい。学生であるあなた方に頼むのは心苦しいのですが、カミラからあなた方はとても頼りになる冒険者でもある、と聞きまして」
「まあ、カミラ夫人がそんなことを」
口に手を当て驚くセリカ。
「はい。なんでもエルフの森に行って秘薬を入手したり、学院特製のゴーレムを破壊したり、とてつもなく強い魔物を倒したと聞きました」
とてつもなく強い魔物とはテレジアに取り憑いた嫉妬の悪魔のことだろうか。
あれは内密にしていたはずだが。
どこかで情報が漏れているのだろうか。そう考察したが、大事ではないので話を続ける。
「フィルさんはとても優秀な戦士にして魔法使い。いえ、賢者とうかがっています」
「ですね」
「それにセリカさんも優秀な魔法使いとか。魔法科中等部でもトップの成績と聞いております」
「成績だけですが」
「ご謙遜を」
「そうだよ、セリカは謙遜しすぎ。セリカの魔力はボクの100分の1はあるよ!」
とフィルは言うが、それは褒め言葉なのだろうか?
それともディスられているのだろうか。
まあ、この少女にディスるという概念はないので、純粋に褒めてくれているのだろう。
セリカは気を取り直すと言った。
「分かりました。我々は魔法使いですが、神を信じる気持ちは神学科の人々と変わりません。この力お貸ししましょう」
それを聴いたフィルはうなずく。
「そもそもボクたちはそのためにきたの! 修道院長のおばさんを助けると、単位をくれるの!」
「……おば」
修道院長の口元はゆがむが、セリカがすぐにフォローを入れる。
「修道院長様、さっそくですが、今から庭にある聖女像の警護をしたいのですが?」
「……それは助かります。ですが、庭で待ち構えるのは大変でしょう。聖女像の真上の部屋を用意しますので、そこで見張っていただけますか」
「ええ、もちろん。ですがそのような部屋があるのに、どうして今まで犯人が分からなかったのです?」
「それが不思議でして、寝ずの番をしていても、ふとした瞬間に聖女像が倒れているのです」
「それは不思議な話ですね」
「不思議だね」
とフィル。
だが、それでセリカはなんとなく犯人像が掴めた。
確かに魔法に長けていない修道女たちでは犯人が捕まえられないかもしれない。
修道女たちは神聖魔法には長けているだろうが、普通の魔法や盗賊のような探知スキルはないだろう。
それにぱっと見た限りだが、この修道院のシスターたちはちょっと浮世離れしている。
なんでもこの修道院は名門で、大貴族の子女が多いらしい。
ある意味礼節科のようなところで、貴族の娘を預かり、結婚式のその日まで保護する役目があるらしい。
そのようなお嬢様たちに、このような難事件は解決できないだろう。
セリカは灰色の脳細胞をフル回転させるとそう判断した。
修道院長にいくつか確認事項を照らし合わせるとそのままふたりは聖女像の真上の部屋に向かった。
修道院の一室は想像したよりもこじんまりとしていた。
ベッドとタンスと机があるだけ。
そのどれらも質素というよりは安物だった。
殺風景なことこの上ない。
ただ、ベッドはふたつあるし、隙間とかはないので寝るだけならば問題なさそうだった。
セリカは軋むベッドに腰を掛けると、フィルに作戦を伝える。
「おそらくですが、犯人は夜中までやってこないでしょう。ですので仮眠します」
「わーい、お昼寝」
とベッドに入るフィル。
そこでフィルはとあるものに気がつく。
それはベッドの鉄部分にくくりつけられた鎖だった。
なんじゃらほい? というような顔でそれを掴み、質問を投げかけてくる。
その質問を受けたお嬢様は赤面してしまう。
それは修道女たちが、夜中、淫らなことをしないようにするための手かせであった。
名目上は淫魔インキュバスがやってこないようにするためのお守りであったが、要はそういうことである。
しかし、それをフィルに伝えることはできない。
フィルは子供がコウノトリやキャベツ畑で生まれるのではなく、山でにょきにょき生えてくると信じているような娘だ。
その手の話をしてもぽかんとするだけだろう。
なのでセリカはごまかすことにした。
「その手かせはフィル様のように寝相の悪い修道女を固定するための器具です」
「ほー、そうなのか。じゃあ、これでぐるぐる巻きにして!」
と頼むフィルだが、さすがに断ると、彼女に仮眠を勧めた。
フィルは「はーい!」と元気よく言うと、0.93秒で眠った。
その寝付きの良さは驚愕に値するが、セリカも人のことはいえないようだ。
とても眠い。
フィルのそばにいるととても安心する。
セリカは普段、寝付きが悪いほうである。
侯爵令嬢という特殊な立場。その重圧は凄まじかったし、心が安まる暇はなかった。
しかし、不思議なことにフィルと一緒だと。
彼女の隣で眠ると、嘘みたいにすうっと眠ることができた。
ここが世界一安全な場所であるかのように深く眠ることができた。
実際、彼女の隣は世界一安全だった。
もしもこのままドラゴンが襲撃してきてもフィルならば寝返りひとつで追い払ってしまいそうな気がする。
それに彼女が発する甘く爽やかな匂い。
まるで眠りの妖精の羽の鱗粉のような香りがする。
その匂いによってセリカは眠りにいざなわれた。
セリカは久しぶりにとても深い眠りを得ることができた。




