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フィルの子守歌

 護衛を置き去り、暗殺者を惹き付けたランスロート。

 やってきたのは暗殺者5人だった。


 一対五、全盛期の自分ならば槍の一振りで倒せる相手だったが、今は全盛期ではなく、手元に槍もない。


 それでもただでこの首をくれてやるつもりはなく、何人かは道連れにしてやるつもりだった。


 そう思い振り向くとランスロートは剣に力を込め、横なぎの一撃を入れる。


 それをまともに食らった暗殺者二名は、崩れ落ちるが、それがランスロート最後の抵抗となった。


 ランスロートにはまだ力は残されていたが、無数の矢がそれを奪ったのだ。

 


 どしゅっ!



 という音とともに背中に走る鈍痛。

 振り返ると、そこにはボウガンを持った男たちが5人ほどいた。


「……なるほど、剣では殺せぬと思って飛び道具を用意していたか。賢明だ」


 どうやら暗殺者たちは伏兵を用意していたようだ。用意周到な連中である。


 敵ながらその傭兵に賛辞を送りたかったが、余計な台詞を発するよりも、ひとりでも多くの暗殺者を道連れにすべきと剣に力を入れるが、その剣が振り上げられることはなかった。


 力尽きたのではない。とある少女に押し込められたのだ。

 見れば月夜に照らされる妖精のような少女がランスロートの肩を押さえていた。


 彼女はにっこりと微笑むと、

「あとはボクに任せて」と言った。

 少女の顔には見覚えがあった。先ほどセレスティア侯爵家で出会った少女だ。


 ランスロートと腕相撲をした少女。

 なぜか知らないが彼女がここにいた。


 ランスロートは彼女に恥をかかされたが、それでも彼女に好意を持っていた。いや、それ以前に戦場に少女がいるのが厭で仕方ない。


「なにをしているか!」


 と怒鳴りつけるが、少女は気にした様子もなく言う。


「本当はもっと早く助けたかったんだけど、王都の護民官さん? って人たちに助けを呼ぶように頼んできたの。もうすぐくるよ」


「ならば彼らの到着を待て」


「待ってたらおじいさんが死んじゃうでしょ」


 フィルは断言すると、ランスロートとの交渉が無益だと悟ったのだろう。行動に移す。


 自身の身体に魔力を纏わせると、暗殺者が放ったボウガンの矢をすべて手で掴む。

 その数5本。


 それを見た暗殺者たちは驚愕の表情を浮かべるが、黒い布やマスクで覆われているので、詳細には見られなかった。


 フィルは矢をその場で捨てると、そのまま彼らの懐に入り、攻撃を加える。


 最初の相手には首筋に手刀を、次の暗殺者にはお腹に拳を、その次は足を思いっきり踏む。


 舞踏会の時のように加減などせず、足を砕くつもりで。

 その場でのたうち回る暗殺者。最後に軽く蹴りを入れて眠りについて貰う。

 その圧倒的な強さを見てもまだ刃向かってくる暗殺者には魔法で対処。

 フィルは呪文を詠唱することなく、王都の石畳の下から植物を召喚する。

 ぼこっと隆起する石畳。

 そこから出てきた植物のツタにより、足を取られる暗殺者たち。動きを封じる。


「もしも爺ちゃんだったら、吸血植物を呼び出して、ミイラにされてたところだよ」


 と悪いおじさんたちに説教するが、彼らには馬の耳に念仏だったようだ。

 罵詈雑言を浴びせかけられるが、無識なフィルには効かない。

 ビッチってなんだろうな、くらいの感想しか浮かばなかった。

 こうして暗殺者たちをすべて捕縛したフィル。

 するとちょうどそれと同時に護衛のものと、王都の護民官がやってくる。

 護民官とはこの国の治安機構だ。

 彼らはやってくるとすでに事が終っていたことに驚く。


 護衛のひとりは、

「さすがは伯爵様です」

 とランスロートに賛辞を送っていたが、老人は首を横に振った。


「こいつらを捕縛したのはすべてこの娘だよ」


「なんと!」


 一同は驚愕する。


「このように可憐な少女が……信じられない……」


 護衛たちは主が嘘を言うような人物ではないと知っていたので、すぐにフィルのもとにやってきて礼を言う。


「このたびは我が主を救って頂き、ありがとうございます」


「お嬢様の武勇は、まるで戦女神のようですな」


「まさに無双の女戦士。是非、御名をお聞かせください」


「フィルだよ。ただのフィル。へーみんなの」


「フィル様ですか。素敵なお名前です。後日、お礼に上がらせて頂きます」


「お礼なんていいよ。ボクが好きでやったことだから」


「しかし、それでは伯爵家の面子が」


「あ、そうだ。ボクはおじいさんに用があったの。それを叶えさせて」


「はあ、用ですか」


「さっきね。セリカの家でおじいさんは芸を見たいっていったでしょ、ボクの芸はまだ見て貰ってない」


「小娘――、いや、フィルの芸ならば見たぞ。見事な腕相撲だった」


 とはランスロートの言葉だった。


「あれは芸じゃないの。ボクの意地悪。女の子をいじめるおじいさんに説教したかっただけ」


「なるほどな。あれは申し訳ないことをした」


「気にしないでいいよ。もう謝ってくれたし。でも、おじいさんは面白い芸を見たらセリカの味方をしてくれるんでしょ?」


「うむ。だが、面白い芸は見られなかった」


「なら今から芸を見せるから、味方になってよ」


「面白い芸ならばな」


 とは言ったものの、ランスロートはすでにセリカに、セレスティア侯爵家に味方をする気だった。


 王弟派に襲撃を受けた以上、彼らに味方する義理はないし、中立もあり得ない。

 積極的とは言えないまでも反王弟派に加担せざるを得ない状況である。

 だが、ランスロートは生来のへそ曲がり。素直に味方するとは言えなかった。

 ましてや年端もいかない少女に媚びを売る気などなかった。

 たとえその命を救われたとしてもだ。


 しかし、武人の中の武人、天下の大将軍といわれたボールドウィン伯ランスロートは、今宵、不覚にも涙する。


 この国の王、アレクサンデル三世以外にも忠誠の対象を見つけてしまう。


 フィルという名を持つ、銀髪の少女が、その国王の娘であり、とても優しい娘だと知ってしまったのだ。


 彼女は、

「芸を披露するね」

 と、少しはにかむと、両手を握りしめ、歌を歌い始めた。


 その歌はどこにでもあるような子守歌。

 どこにでもあるが、誰も聞いたことのない子守歌。


 それが王家に伝わる子守歌であることを知っていたのは、ランスロートが現国王の守り役を仰せつかっていたから。


 ランスロートの妻が現国王の乳母だったからだ。


 そして現国王アレクサンデルには、侍女との間に子供がおり、それが現在、行方不明になっていることを思い出した。


「……この子が」


 言葉にすると同時に涙が出てくる。


 王の落胤が見つかったという事実も老人の心を震わせたが、それよりも見つかった娘の心の優しさに感動していたのだ。


 舞踏会で見せた他の娘に対する気遣い。

 大貴族である自分を恐れることなく叱る正義感。

 そしてそんな自分を命がけで守る義侠心。

 どれをとっても彼女こそ次期女王にふさわしい人物だと思った。

 そしてなにより、彼女の奏でる子守歌のなんと美しいことか。


 無論、彼女は歌い手ではない。

 その技量は稚拙であったが、その代わり心がこもっていた。

 他者を癒やす不思議な力に満ちていた。

 それを証拠に、縛り付けられている暗殺者のひとりが泣いていた。


「おっかあ……」


 と母親の名を口にしていた。子守歌によって自分にも母親がいたことを思いだしたのだろう。


 かくいうランスロートとて、フィルの歌に目頭を熱くさせていた。

 幼き日、母親の胸に抱かれていた感覚を思い出していた。


 ランスロートは、フィルの歌を心に刻みつけると、今後、全知全能を捧げ、守るべき忠誠の対象に深々と頭を下げた。


「――以後、セレスティア侯爵家のため、この国を憂うもののため、いえ、この国のためにこの剣を捧げましょう」


 あえてフィルの名を口に出さなかったのは、彼女が王女であると露見することがまずいと思ったのだ。


 フィルは存在感の塊。


 いつか自然にその正体がばれるであろうが、セレスティア侯爵家はまだその存在を隠している。


 ならばその方針に従うのが、フィルの守護者であるランスロートの使命だった。



 こうしてフィルは気づかぬ間に、この国の元大将軍を味方に付けることになる。


 未来の女王の座に一歩近づいたわけであるが、銀髪の少女は気にすることなく、子守歌を歌い続けた。


 ちなみに一番の歌詞は完璧に覚えていたが、二番目はうろ覚えだったのでフィルのアレンジがふんだんに盛り込まれていた。


 賢者にして天性の人たらしのフィルであるが、作詞家としての才能はないようだった。

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