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屋台で買い食いなの!

 フィルは大賢者の孫娘から、着せ替え人形にジョブチェンジをした!

 それくらいの表現が許されるほど、次々と衣装を着させられる。

 ここは王都のトパーズ通りにある仕立屋。

 二階には婦人用のドレスが所狭しと並べられている。

 白、黒、赤、青、黄、郷里の山に咲く花々よりも多彩な色がそこには合った。


 セリカはフィルにそれらをまとわせては、

「うーん、何かが違う」

 と首をひねり、次々とドレスを変えさせる。


 セリカはフィルにドレスを着せるたびに、ドレスの裾を持ち上げ、くるりと回るように言う。


 フィルは黙ってそれに従う。



「ああ、これも違う。フィル様のお月様のような銀髪は、どのような高価な染料で染めた色も似合わない」

「フィル様のスレンダーな肉体にはこのドレスは装飾が多すぎる」

「このドレスはフィル様の愛らしさに負けている」



 様々な感想が漏れ出るが、なかなか決まることはない。

 この店の店主も見かねたのだろうか、途中、口を挟む。

 これなどいかがでしょうか?

 最近、王都の貴婦人の間で流行つつあります。

 と肩口の開いたドレスを持ってくる。

 セリカは悪くないのだけど。

 と唸る。


「フィル様のセンシティブでプリティなイメージにそぐわないような気がします」


「そうでしょうか? この少女は活発で元気。これくらい開放的なほうが似合うような」


「ですが――」


 それでも言葉を続けようとするセリカに、フィルは言う。


「ボク、これがいい!」

 と。


 その言葉を聞いたセリカは「……え?」という表情をする。

 フィルは説明する。


「ボクは動き回るからこれくらい肩が見えたほうがいいの。よくを言えばスカートはもっと短いほうがいいけど、でも、これが気に入ったの!」


「なるほど、道理です。それにフィル様が気に入ったのならば」


 ちなみに大嘘である。


 このままではあと数時間は着せ替え人形にされそうだったので、店主の策略に乗ったのだ。


 フィルは基本、嘘が苦手な少女である。


 爺ちゃんからも嘘をついたら地獄に落ちる、と言われていたので嘘はつかないようにしていたが、こうも言われていた。



「フィルよ、この世界には方便という言葉がある。お前にはまだ分からないだろうが、これを使いこなせるようになると便利だぞ。ある意味、最強の魔法だ」

 


 そのときは意味が分からなかったけど、今のフィルには分かる。これが方便であり、建前であるのだ。


 誰も傷つかない嘘。


 セリカはフィルが自主的に選んだと喜び、フィルは着せ替え人形から解放されるのを喜び、店主はドレスが売れるのを喜ぶ。


 三方一両損ならぬ、三方一両得、一石三鳥。最高の結果を三人にもたらす。


 実際、セリカはにこにこと、店主に「これをくださる? 三日後のパーティーに間に合うように仕立て、学院に送ってほしいのですが」と店主に指示をしていた。


 店主は揉み手で「可能ですよ。当日、朝一番で届けさせます」と笑みを浮かべた。

 交渉成立であるが、フィルは不思議に思った。

 それを口にする。


「セリカ、お金を払わなくていいの?」


 この世界にあるお店というやつでは、シルと呼ばれる銀貨か、ゴルと呼ばれる銀貨を支払わなければいけない、というのはセリカが教えてくれたことであった。

 セリカはそれについて説明してくれる。


「お店によっては、信頼感を構築していれば、ツケ払いというものができます」


「ヅケ払い?」


 赤身の魚をソイソースで漬けたドンブリが頭に浮かぶ。


「ツケ払いですね。要は後払いです。先に商品を貰い、あとで代金を支払うのです」


「すごい! そんなの聞いたことない!」


 森でもそんなことは無理だった。


 リスさんに頼み事をするときはドングリを先に渡していたし、クマに鮭を譲って貰うときは蜂蜜と交換していた。


「はあ、都会ってすごいなあ」


 素直に感嘆する。


 その表情を観察していたセリカは、「うふふ」と笑みを漏らすと、フィルの手を引く。


「さて、ドレスも決めたことですし、ここでフィル様にご褒美です」


 セリカはそのまま仕立屋を出ると、少し離れた場所にある一角に向かった。

 そこは公園の前で、多くの屋台が出店されていた。

 良い匂いが漂ってくる。


「もしかして、ここで買い食いしていいの?」


「ええ、構いませんよ。しかも、わたくしのおごりです」


「ほんと!?」


「わたくしが嘘をついたことがありますか?」


「ない」


「では、今回も本当ですよ。フィル様はお小遣いをすべて買い食いに使っているようですから、そんなに手持ちはないでしょうし」


「うん! セリカから貰った銀貨は全部、喫茶店か売店で使ってる」


 山で暮らしていたときは買い食いなんて概念はなかったが、この王都ではお金さえあれば、いくらでも食べ物にありつける。


 底なしの食欲を持つ少女にとってそれは夢のようであり、天国のような環境であった。


 ただ、逆に言えばお金がなければなにもできない。


 あまりにも食べ物を買いすぎて、ノートを買うお金がなくなってしまったのは秘密である。


 さすがに温厚なセリカも怒ることだろう。


 山からやってきた少女も、都会の生活に染まったというか、ちょっと俗人ぽくなったものである。


  

 その後、フィルはスポンサーの寛容さと己の胃袋の健啖さを利用し、ご馳走を堪能した。


 フィルの好物は肉!

 牛すじ煮込みシチュー、豚足、羊の串焼き、フライド・チキン。

 お肉というお肉を堪能すると、甘味に移行。

 イチゴのクレープに、あましょく、鈴カステラも食べる。


 セリカは美味しそうにそれらを食すフィルを、実の妹を見るような瞳で見守っていた。


 その妹は、クレープを食べたとき、ホイップクリームを頬に付着させてしまったので、セリカはそれを指で取り除くと、口に運ぶ。


 ホイップクリームはとても甘かった。

 その甘さは砂糖由来なのだろうか、フィル由来なのだろうか。


 それは判断できなかったが、フィルは屋台をすべて制覇するかのような勢いで回り、セリカはそれを楽しげに見つめていた。


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