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ライバル登場!?

 挨拶が終わり、授業が始まる。


 一時間目の授業は幸いと算数。大賢者の孫娘として育てられたフィルにとっては児戯にも等しく、なにも苦労しなかった。


 二時間目は読み書き。この国のものだ。これも楽勝。フィルの知識は大学というところでも通用する。学院初等科の問題ならば余裕だった。


 二時間目が終わると、休憩というやつになる。


 ミセス・オクモニックが職員室に戻るため、立ち上がると同時にフィルの周りに黒山の人だかりができる。


 それはクラスメイトの輪。


 常識知らずの新入生に皆、興味津々のようだ。


「初めましてフィルさん、わたしの名はエレノア! 伯爵家の娘です。どうかよしなに」


「私はリリー! 商人の娘です。フィルさんも平民の出なんですよね。よろしくね」

「わたしは騎士階級の娘だけど、平民みたいなもの。気兼ねなく話しかけて」


 次々に声を掛けてくるが、皆、好意に満ちていた。

 友達百人作るかな計画は順調のようである。


 フィルはがんばって級友たちの顔と名前を一致させようと脳細胞をフル回転させる。


 物覚えはいいほうであるが、人間を覚えるのは苦手。山ではサルの毛並みをすべて覚えていたが、人間とサルでは勝手が違った。それでもなんとか話しかけてきた子たちは全員覚える。


 彼女たちは口々に問うてくる。


「ところでフィルさん、あなたは実技で100点を取ったというのはほんとう?」


 隠す必要はないだろう。素直に白状する。


「うん、本当だよ」


「すごい! 今まであのテストで100点を取った子はいないのよ」


「まあ、たまたまじゃないかな」


 謙遜というやつをする。フィルは普通の女の子。ここで自慢をしたり、否定をするのもかえって目立つと思った。


「まあ、ご謙遜を。でも、実技で100点も取り、魔法科のテストに合格したのに、なんでよりによってこの花嫁科に入学したの?」


「花嫁科?」


「礼節科の別名ですよ。ここは貴族や商人の子女が、将来の輿入れに備え、花嫁修業をされる方が多いのです」


「なるほど。うーん、なんでだろうね。そこはセリカに聞かないと」


「セリカってもしかして魔法科の俊才、この学院の白百合の君と謳われているセリカさまのことですか?」


「白百合? たしかにセリカは白百合の匂いがするけど」


「セリカ・フォン・セレスティアさまのことです」


「じゃあ、ボクの知ってるセリカだね。うん、そだよ。僕は彼女の知り合い」


 その言葉を聞いた女生徒たちは、「まあ!」と驚く。


「あの才媛のセリカさまと知り合いだなんてすごい!」


「知り合いというより友達かな。ううん、姉妹かも」


「それはすごい! 仲がよろしいのですね」


「うん、そだよ。仲良し」


「きゃー! それはすごいですわ! 学院一の才媛と、学院一の魔法使いが姉妹のように仲がいいなんて」


 そのようなやり取りをしていると、無粋な声がこだまする。


「は! なにを言っているの。この山猿は」


 その言葉と台詞には悪意が籠りすぎていたので、鈍感なフィルでも喧嘩を売られていることは察知できた。


 しかし、理由が分からない。「普通」の子である自分になぜ、喧嘩を売る必要があるのだろう。そう思ったが、それは級友が教えてくれた。気のいい女生徒が耳打ちをしてくれる。


「あの子、本当は魔法科に入りたかったみたいなの。一応、入学試験は受けたみたいなのだけど、合格点に足りなくて」


 なるほど、それで魔法科に合格する実力がありながら礼節科にきたフィルが憎いようだった。


 こういうのはなんていうんだっけ。脳内にある辞書をめくると、



「嫉妬」



 という言葉が出てきた。


 出てきたのはいいのだけど、それを声にし、「そうか、嫉妬か、あの子は嫉妬してるのか」と大きな声で言ってしまうのが、フィルの常識知らずなところかもしれない。


 フィルには嫉妬という概念がないので、それが負の言葉であるという認識がないのだ。


 しかし、言われた方は烈火のごとく怒る。


「し、嫉妬ですって!? 私のような貴族の娘が、あなたごとき平民の娘に!? 山育ちの田舎猿に嫉妬ですって」


 ありえない! ありえないわ、と鼻息を荒くするが、それでも突っかかってくるあたりはやはり嫉妬なのだろう。


「ええい! そこになおりなさい! 田舎娘! いえ、這いつくばって謝りなさい。許さなくてよ」


 許すも許さないもないと思うけど、ここは素直に謝っておくべきか。


 どうやらプライドを傷つけてしまったようだし、フィルはこのクラスの全員と仲良くなりたかった。


 なので、「ごめん」と謝るとどうすれば許してれるか尋ねた。


「そうね、三回回ってワン、といえば許してあげなくもないわ」


 そんなことでいいのか、実行しようとするが、級友たちが止める。


「フィルさん、そんなことはしなくていいのよ。これは明らかな嫉妬。あんなのに付き合う必要はないわ」


「いいよ、いいよ。大丈夫。それに私、狼と遊んでたから、犬の真似得意」


 フィルはそう言い切ると、準備する。


 意地悪な女生徒、名前をテレジアというらしいが、テレジアの前に顔を突き出す。ずい! っと。


 びくりとするテレジア、「な、なんですの、喧嘩をする気ですの」と口にするが、そんな気はゼロである。


 フィルは彼女から一歩離れると、くるりと回る。

 優雅に、まるで湖で舞う白鳥のように回転する。


 三回回る様はまるで天女の舞のようであった、と、のちにクラスメイトが述懐するが、それにテレジアが見惚れるとフィルは、大きな声で「ワン!」と言った。


 するとテレジアは虚を突かれたのだろう。「わっ!」と声を漏らし、その場に崩れ落ちてしまった。腰を抜かしたようだ。


 しおしおと崩れる。


 それを見ていたクラスメイトたちは笑う。あれほどの虚勢を誇り、三回回ってワンもさせたのに、させた方が腰を抜かすとは、これでは道化そのものであった。


 テレジアもそれは分かっていたので、悔しがる。というか、泣く。


「……お、おのれー! フィルとか言ったわね。もう許さないわ! この借り、必ず返すんだから!!」


 と、涙をぬぐいながら教室を出て行ってしまった。

 その後、三時間目と四時間目の授業はさぼったようだった。

 気になったが、級友たちは気にすることはない、と言う。


「あの子は生まれがいいから、それを鼻にかけ、わたしたちを見下していたの。いい気味だわ」


「さすが噂の新入生ね、いきなり難物のテレジアを懲らしめてしまうなんて」


 そんな意図はまったくないのだが、まあ、悪い子ならばこれに懲りて改心してくれればいい。フィルはこのクラスの子と全員仲良くしたいのだ。


 向こうに仲良くしてくれる気が1パーセントでもあるのなら、友達になりたかった。


 その考えを披歴するとますます人気者になるフィル。

 さすがはセリカさまのご学友。その慈悲は女神級。という評価をもらった。

 こうしてフィルは入学初日にクラスメイトの心をつかんだ。

 その後、クラスメイトたちはフィルによくしてくれた。

 

 テレジアは打倒フィルに意欲を燃やしているようだが、まあ、根は悪い子じゃないと思う。


 昼休み、セリカにそんな報告をすると、フィルの初日は終わった。

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