外伝 ラメーン
最近、多少お嬢様が板についてきたフィル。
セリカはその成長を快く思っていたが、ある日、フィルがこのようなことを言いだした。
「セリカ、ボク、ラメーンを食べたい?」
「ラメーンですか? 聞いたことがない食べ物ですね」
セリカは首をひねる。
「あのね、なんでも東方の食べ物で、パスタをスープに入れてずずーってすするの」
「それはもしかして『ラーメン』なのではないでしょうか」
「そうともいう」
「そうとしか言いませんよ。なるほど、昨今、ラーメンは人気ですからね」
「うん。そうらしい。クラスメイトが言っていた」
「しかし、ラーメンは令嬢の食べ物ではありません。ずずーっとすすらないといけませんし、品のある女性とは対極の食べ物なんです」
ですから諦めてください……と言い掛けてセリカはその言葉を途中で止める、フィルが涙目を浮かべたからだ。
「こほん、まあ、たまにはいいでしょう。フィルもお嬢様ぶりが板についてきましたからね」
「わーい、ありがとう。だからセリカは好き」
ひし、っと抱きしめてくるセリカ。
「それでは今宵のディナーはラーメンにしますが、なに系になさいますか?」
「なに系?」
ほえ? といった表情をするフィル。
「ラーメンには系統があるのです。昔ながらの中華そば、イエ系、背脂ちゃっちゃ系、ハカタ豚骨、ジロー系、その数は無限大です」
「そ、そんなにあるの!?」
「はい」
「ボク、初心者だからよくわからない」
「それじゃあ、ジロー系にしましょうか」
セリカはそう言うとフィルの手を引いて王都の路地裏にある店に案内した。
セリカは店に入る前にフィルに注意を喚起する。
「このお店では席は別々です。それと注文時に味の好みを聞かれますが、初心者は普通で頼んでください。それと私語厳禁、食べ終わったら器をカウンターの上に置いてさっさと退店してください」
「え? そんな決まりがあるの?」
「ラーメン店は回転率が命なんです。客も協力しないと」
セリカがその様に言うのならばそうなのだろう、と思ったフィルは素直にその言葉に従う。
隣の客が野菜ニンニクマシマシという謎の呪文を唱えていたが、気にせずに「普通」というと数分でぽんと目の前に謎の物体が出された。
「大きな茶碗になんか豚の餌みたいなのが乗っている……」
ぼそり、とつぶやくと、近くにいたセリカがぎろりと睨んでくるので、空気を読んで恐る恐るそれを口に運ぶと、案外、美味しかった。いや、かなり美味しい。
「油と炭水化物のコラボ!」
そんな感想を抱きながらすべて食べ終えるとフィルは粛々と退店するが、そのときに聞いてしまった。セリカが店員から掛けられた言葉を。
「〝いつも〟ありがとうございます!」
「……セリカ」
ジト目で見つめるフィル。どうやら侯爵令嬢であるセリカはお忍びでジロー系に通うジロリアンであったようだ。意外な一面を発見して嬉しく思う反面、いつもフィルにはお嬢様っぽくしろ、と言っているのに、と不満に思ってしまう。
ただ、結局、セリカのことが好きなので許してしまうが。
「……ま、美味しかったからいいか」
初めてのジロー系に大満足のフィルなのであった。
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