机まで真っ二つです
最難関と呼ばれている王立学院の魔法科のテストに合格したフィル。
その噂は瞬く間に教員たちの間に広がった。
開校以来、最高得点をたたき出した実技の才能は本物で、この子は将来、どんな魔術師になるのだろうと教員たちをわくわくさせたものだ。
ただ、そのわくわくも数日で失望に変わる。
その後、提出された志望学科の項目が礼節科に変更されていたからだ。
このような才能の有る子がどうして「花嫁科」などに、教員たちは口々に噂をしたが、その噂もすぐに収まる。
フィルの才能は突出していたが、才能有る子が礼節科に入ることはさして珍しくなかったからだ。お金があり、名前さえ書ければ入れると揶揄される礼節科。
この世界は女の子に厳しく、女の子に教育を施しても仕方ない、という考えを持った親はたくさんいた。
どうせ教育をするのならば、将来の政略結婚の手駒にと考える貴族や商人は多かった。
フィルもそんな例なのだろう。と誰しもが思ったが、数人は気がついていた。フィルに名字がなく、平民なことに。
また親の欄が空欄になっていることに。
フィルは貴族でも商人でもない出身、ということになっている。
目ざといものは後見人の欄にセレスティア侯爵家の名を見つけたかもしれないが、多くの教員はフィルに対して興味を失っていた。
中々綺麗な子なので将来、どのような玉の輿に乗るか、想像するものもいたが、それもごく少数だった。
しかし、フィルは近い将来、この学院の教師を、いや、生徒も含め、震撼させることになる。
大賢者の孫フィルとしてその名を轟かせることになるのだが、今はまだ入学に備え王都の宿で勉強する可愛らしい女の子でしかなかった。
フィルは王都にある立派な宿、蒼茫亭のスイートルームにいた。
とても個室とは思えないほど大きな部屋で机などを外部から運んできても広々としていた。
フィルは部屋の中央に置かれた椅子に座る。
そこでセリカから説明を受ける。
「フィル様、先日の入学試験はお疲れ様でした。しかし、入学したからといって気を抜かないようにお願いします」
「はーい!」
「淑女を目指すものは、はい、は伸ばしません」
「はい!」
「元気があってよろしいです。さて、説明を始めますが、よろしいでしょうか」
「はーい!」
「…………まあ、いいでしょう。こほん、これからフィル様には王立学院に入学し、そこで常識と礼節を学んでいただきます」
「当初の予定どおりだね」
「そうなりますね。入学前に最低限の常識を教えておこう、というのが今回の趣旨です」
「なるほど」
「まず学校での過ごし方ですが、まず最初に注意するのはご自身の身分でしょうか」
「それは前に聞いた。おーさまの娘だっていうのは内緒なんだよね」
「ですね」
「爺ちゃんの孫娘っていうのは?」
「それも一応秘密で。秘匿レベルは低いですが、これから普通の生徒になるには、大賢者の孫というのは内緒にしておいたほうがいいでしょう」
「じゃあ、なんて説明すればいいの?」
「ここの生徒には山の賢者の孫娘、ということにしておいてください。山暮らしが長かったので常識が身についていないという設定はそのままで」
「おー、セリカは賢い。小説を書けるんじゃないかな」
「さて、どうでしょうか、話を続けますね。あとは学院についての説明なのですが、基本的に日中はこのように椅子に座り、机の前で勉強します。椅子と机の説明をしましょうか?」
「それはボクを舐め過ぎかと。爺ちゃんの工房にも椅子と机はあったでしょ」
「ですが、教室ではこのような椅子と机が何脚も並んでいます。同世代の子供たちが大勢います。誰かと一緒に学ぶのは初めてでしょう?」
「たしかに。というか、誰かどころか、山にいたときは爺ちゃん以外の人間と会ったことはないよ」
「ならばきっと驚かれるし、戸惑うはず。基本的にわたくしも守って差し上げますが、フォローできないこともあるかと。なるべく自衛していただければ幸いです」
「自衛?」
「王立学院の礼節科は、一癖も二癖もある生徒が多いのです。また自尊心も高いものが多いので、平民の子はイジメの対象になるかも」
「イジメか。それは知ってる。本で読んだことがあるし、爺ちゃんも言っていた。将来、人里に行ったら虐められるかもしれないから、そのときは教えた魔法で仕返ししろって」
「そこです。そこで思いとどまって欲しいのです」
「どいうこと?」
フィルは首をかしげる。かくん、と。
「この学院では私的決闘に魔法を使うのは厳禁なのです。それにフィル様の魔法は強大すぎます。使えば相手はただで済まないでしょう。それに使えば一発でフィル様が普通ではないとばれてしまいます」
「ボクが普通ではないとまずいの?」
「普通ではないものは耳目を引きます。興味を集めると詮索してくるものもいます。そこから綻びが生まれてフィル様が王の娘とばれる可能性があります。政情が安定するまで、フィル様の正体は秘匿しておきたいのです」
「うーん、小難しいけど分かった。要はあまり目立たなければいいんでしょ」
「はい」
「じゃあ、そうする。セリカがそうしろっていうんだったらね」
闊達な笑顔で言うフィル。
この女の子は初めての友達(動物以外の)、それに爺ちゃんはセリカの言うことを聞けと言っていた。彼女を姉のように慕えと言っていた。
ここは右も左も分からない王都。
彼女の指示に従ったほうが物事はいい方向に進むだろう。
なので今日からは「普通の女の子」というやつを目指すことにする。
取りあえず目の前に置かれた紅茶とケーキを女の子らしく食べてみるか、と思いセリカの真似をする。
数日前、セリカと一緒にケーキを食べたが、彼女はフォークとナイフを使って食べていた。
普段、フィルは手づかみで食べる。
たしかにナイフとフォークを使ったほうが上品であったし、女の子っぽい。セリカの食べる様は優雅であり、可愛らしかった。
フィルはそれを思い出しながらケーキにナイフを入れるが、力が強すぎて、ぐちゃっと潰れる。
いや、それどころか、皿も一緒に切り裂いてしまう。
いやいや、そんなものではなく、机まで切り裂いてしまった。
「……あーあ、せっかくのケーキが」
思わず涙ぐんでしまうが、セリカは怒るだろうか?
ちらりと彼女を見るが、彼女は終始笑顔だった。
それどころか代わりのケーキを持ってくると、
「力加減は後日ゆっくりと。それまでは手づかみでかまいませんから」
と微笑みを追加してくれた。
彼女の笑顔を見ているとこちらまで嬉しくなってしまう。
それに彼女の用意してくれるケーキは最高だった。
フィルはその後、手づかみでケーキを食べるが、夜中、ベッドの上でナイフとフォークを使うイメージトレーニングをした。
手が震え、身体までこわばるが、イメージの中の自分はなんとかナイフとフォークを使いこなしていた。
翌朝、フィルは朝食の目玉焼きをナイフとフォークで食べたいと申し出る。
セリカは無理をしなくてもいいと言ったが、フィルは無理がしたかった。
セリカの許可を得ると、ナイフとフォークで目玉焼きを食べる。
前日よりも力が抜けていたので、机を切り裂くことはなかった。
ただし、最後には皿を割ってしまった。
怒られるかな? と思ったが、怒られることはなく、逆に称賛された。
気分が良くなる。
「よし、明日はお皿も割らないようにしよう」
心の中でそうつぶやいた。




