表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

161/172

ばいばい、ダークとホワイト

 憤怒の悪魔を倒したフィルはぽつんと立っている。

 セリカを傷つけたもの、学院生に呪いを掛けた酷い悪魔だった。


 だから同情心などは一切湧かなかったが、悪魔を倒すのと引き換えに大切な仲間を失ってしまったのは、フィルの心を穿つものがあった。


「……ダーク、ホワイト」


 彼女たちの名をつぶやき、改めて彼女たちがいないことを確認する。

 足を引きずりながらセリカは彼女に近づくと、フィルを後ろから抱きしめる。


「……がんばりましたね」

「……うん」


 素直に返答するフィルは少し大人びて見えた。



 その後、セリカはフィルによって治療を受けると、叡智の騎士ローエンとメイドのルイズががやってくる。


 大量にモンスターを引きつけてくれた彼らだが、無事だったようだ。



「この叡智の騎士ローエンはセレズニア最強ゆえ」



 ニヒルに微笑むが、正直な感想も漏らす。


「危うく死ぬ手前まで追い詰められたが、丁度いいタイミングでお嬢様方が憤怒の悪魔を倒してくれた。魔物たちも主が死ねば戦う理由などなかったのだろう。潮が引くように引いていった」


「良かったです。もしもローエンたちになにかあれば後悔しきれません」


「ご安心を。あと一〇〇年は生きて見せますから。――しかし、フィル嬢の気分が優れませんが」


「それが……」


 セリカは正直に事情を話す。


「……なるほどね。己の半身のような仲間を失ったようなものか」


「正確には自身に戻った、なのでしょうが、やはり物理的に友達がいなくなるのは寂しいのでしょう」


「すべての心の傷は時間が解決してくれる。我々はその手助けしかできない」

「そうですね。今はどんな言葉も無益でしょう」


「負の心を刺激しないように、そっと見守りましょう」


 セリカ、ローエン、ルイズは認識を共有すると、そのまま馬車がとめてある場所まで向かった。


 ルイズはフィルを喜ばせるために、隠しておいたお菓子を取り出し、差し出すが、フィルはしょんぼりとしてた。


 ――それでもすぐに全部食べてしまったが。



 その後、三日間、フィルは元気がなかったが、一週間目にはいつものフィルになっていた。


 セリカたちが一生懸命に慰めたから――ではない。

 フィルは改めて思い出したのだ。ダークとホワイトはいつも自分の中にいると。


 例えば食堂で中華丼を注文したとき、フィルはうずらの卵をオマケしてもらいたくて仕方なかった。すると横にいたセリカは「くすくす」と笑う。まるでダークのようですね、と言う。


 あるいはフィルが木から落ちた小鳥の雛を介抱していると、メイドのシャロンは言った。「その優しげな横顔、どこかで見たことがあります」と。どうやらホワイトのことを指しているらしい。


「……そうか。やっぱりあの子たちはボクのここにいるんだね」


 フィルは自分の胸に手を当てると、ほわん、と温かい気持ちに包まれた。

 そうなればもはや憂う必要などなにもない。思い悩むことなどなにもなかった。


「ダークとホワイトのため、あの子たちの分までご飯を食べないと」


 学院に戻ってから三分の一になっていた食欲を三倍にすると、連日のように学院や白百合寮のメイドたちを困らせる。

 特盛りのフィル・スペシャルは作るのが大変なのである。


 このように立ち直ったフィルだが、ダークとホワイトを失ったのはなにも本人だけではない。


 セリカも悲しいことだと思っていたのだ。


 フィルの中に彼女たちは健在のはずであるが、それでも物理的に三人もフィルがいたときの騒々しさと比較すれば、今が静かすぎるのである。


 きっとそれにもなれる、とは分かっているのだが、一向に慣れない。

 ただ、それを言語化したり、表情にだすことはなかった。

 フィルがせっかく立ち直りつつあるのに、水を差したくないのだ。

 そんなふうに思っていると、学院長のアーリマンに呼び出される。

 最初、フィルの成績の話かな、と思ったが、違うようだ。

 風紀委員長のエスモアが快復したので、お礼を言いたいとのことだった。


 アーリマンが彼女に事情を話したようだ。自分を救ってくれたフィルにあって礼を言いたいと言っているらしい。


 無論、拒む理由はなかった。

 セリカはフィルを連れていく。

 病院の共有スペースにいた少女は深々と頭を下げる。


「――ありがとう、フィルさん。命を救ってくれた」


「気にしないの」


 にっこり微笑むと握手をする。これでボクたちはもう友達。

 そのような台詞を天使の笑顔で言われればどのような人間も懐柔される。


 以後、エスモアとフィルは友人になるのだが、友人になったからとはいえ、手加減しないのがエスモアという少女だった。


「お友達ですが。――いえ、お友達だからこそ、しっかり注意させて頂きます」


 朝の抜き打ち検査では今まで以上にしっかりマークすると言う。


 フィルは困った表情を作ると、

「それはないの」

 と笑った。


 フィルという少女は冗談を冗談で返すことができるくらいの常識を蓄えるようになったのだ。


 それは彼女の保護者にして友人であるセリカにはとても嬉しいことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ