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甘いお菓子を食べましょう

 旅の準備といっても細々としたものはすべてメイドが用意してくれたので、フィルズの監視がセリカの主な役割である。

 具体的に言うと、彼女たちのおやつの管理である。


 冒険のおやつは三〇シルまで!


 というのはセリカとフィルの間で交わされた盟約であるが、ダークとホワイトが守るわけもなく、注意を喚起しておかなければいけない。


 というか、面倒なので一緒にお菓子屋さんに行く。


 王都の目抜き通りにあるお菓子屋さん、そこに連れて行くと、フィルたちは目を輝かせ始めた。


「すげー、ショーウィンドウにキャンディがいっぱいだ」


 たしかにショーウィンドウには色とりどりのキャンディが置かれている。


 全種類舐めたい、とはホワイトの言であるがあらかじめ予算は三〇シルと言ってあるのでそれはできない。


「ならば厳選するしかありませんわね。……ポップコーン、ヌガー、ジェリービーンズ、ハニカム」


 色々な種類のお菓子に目移りしている。

 本家フィルは五度目なので余裕綽々だ。


「ここのチョコレートは職人さんが作ってるんだよ」


 とレクチャーしている。


 ダークとホワイトは「ふむふむ」と聞き入ると、どれを選ぼうか、と相談し合う。

 彼女たちはセリカのほうを向くと、


「ひとり三〇シル?」


 と尋ねてきた。


 セリカは残念ながら、と首を横に振るう。


 侯爵家の財力的にはいくらでもいいのだが、フィルには「足る」ことを覚えさせたかった。


 それに彼女を虫歯にしたくない。


 というわけでみんなで三〇シルという予算を提示すると、フィルたちは「うーん」と悩み始めた。


 最良の組み合わせをみんなで議論し始める。


「ここのハニカムは最高だけど、ヌガーも鉄板なの」


「甘いのが続くと辛いものも欲しくなります。ポテチも買うべきかと」


「甘いポップコーンはどうだ?」


 ダークの提案にホワイトとフィルは顔を潜める。ポップコーンは塩とバターに限ると言う。


 同じ個体から分裂したのに、食べ物の好みが違うことが面白くて仕方なかったが、指摘せずに見守る。セリカは本家フィルもだが、残りのフィルも大好きなのだ。いくら観賞していても飽きなかった。



 さて、このように大冒険の前にささやかな買い物をすると、メイドのルイズがやってくる。セリカの後方に立つと、憤怒の悪魔の所在を教えてくれる。


 憤怒の悪魔は王都の北にある不浄の沼にいるとのことだった。


 不浄の沼とは瘴気が湧き出る沼のことである。そこには古城があり、モンスターの巣窟になっているのだ。


「古城を住処にし、我々がやってくるのを待っているようです」


「ならば罠などを仕掛けているでしょうね」


「……おそらくは」


 このまま敵中に飛び込むのは危険かと思われたが、ここで罠を精査したり、大軍を用意している時間はない。


「悪魔討伐騎士団の力を借りるという手もありますが、大軍を差し向ければ逃げてしまうでしょう」


「その通りかと」


「ならばここは不利を承知で少人数、少数精鋭で飛び込みましょう。我々には最強の賢者と、最強の騎士がいます」


「今回は最強の忍者メイドも」


 とルイズは懐からクナイを見せる。

 頼もしい限りであるが、気を緩めることはできなかった。


「……古代の悪魔は一匹でひとつの国を滅ぼす」


 という伝承があるのだ

 無論、今、蘇っている悪魔たちは不完全な存在だったが、それでも一歩間違えばこちらもただでは済まない。


 改めて気を引き締めていると、フィルズたちはむしゃむしゃとお菓子を食べていた。


 どうやら先ほど買ってきたお菓子をフライングで食べているようだ。


「…………」


 悪魔との対決がどうなるかは、分からないが、不浄の沼に行くまでおやつが尽きてしまうのはたしかだろう。


 そのときフィルたちが空腹に耐えられるといいが、そんなことを思いながら出立した。



 セリカ、フィル、ダーク・フィル、ホワイト・フィル、メイドのルイズ、叡智の騎士ローエン、というのが今回の旅のメンバーだった。


 大所帯なので、侯爵家の馬車を借りる。


 ルイズとローエンが馭者を務め、北上する。


「馬車ー馬車ー!」


 フィルは王都にやってきたときに馬車に乗って以来、この乗り物が好きになったようだ。


「馬車って最高だよな。歩かなくていいし」


「ですね。体力を温存できます」


 と言うとホワイトはセリカをちらりと見る。


「不浄の沼というところはどれくらい掛かるの?」


「この速度ならば三日というところでしょうか」


「案外近い」


「そうですね。王都からは近いですが、そこに近づく旅人はいません」


「瘴気渦巻く沼なんて普通の人はいかないからな」


「その通り、魔術師などが研究のため訪れるくらいです」


 なんでも不浄の沼にある古城は、昔、呪われし男爵の城があったのだ。


 男爵はとても嫉妬深い人物で、妻の不貞を疑い、結局、家族や使用人を皆殺しにしてしまった、という伝承がある。


 以来、男爵の城は不毛な地となり、延々と瘴気を吹き出す湿地帯になったのだという。


 まあ、これも数百年前の話なので、どこまで真実かは分からないが。


 ひとつだけ、言えることがあるとすれば、その古城に憤怒の悪魔がいて、彼はセリカたちが向かっていることを分かっていることだろうか。


 ――見れば街道の前方に黒い影が見える。

 最初、蝙蝠の群れが飛んでいるだけかと思ったが、違った。

 明確な殺意を持って飛んでいるからだ。

 矛と盾を持った有翼の化け物が、こちらに向かって飛んでくる。


「ガーゴイル」


 ぽつりとつぶやいたのはフィルだった。

 彼女は目が良く、魔物の名前にも通じているのである。


「どうやら憤怒の悪魔の尖兵がやってきたようですね」


 と言うとローエンは馬車を止め、剣の手入れを始める。

 ダークは馬車を降りて、コキコキと関節をならす。

 ホワイトは行儀正しく柔軟体操を始める。


 セレズニアでも有数のパーティーたちは、ガーゴイル迎撃の準備を始めると、即座に戦闘態勢に移った。


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