エスモアの呪い
フィルたちは気を失ったエスモアを解放すると、そのまま学院の治療室へ連れて行った。
幸いなことに大きな怪我はない。
ただ、悪魔に憑依されている間の記憶はなくなっているようだった。
自分が悪魔の手先としてやっていた行為が記憶から抜け落ちていた。
――しかし、それでも自分が取り返しの付かないことをしようとしていた自覚はあるらしく、目が覚めると真っ先にフィルにあやまった。
フィルは気にした様子もなく、冗談めかしていった。
「身だしなみチェックを大目に見てくれるようになったら嬉しいの」
それに対してはエスモアは厳しい。
「それはできません」
と冗談めかして微笑む。
周囲はどっと笑いに包まれるが、それも最初だけだった。
意識を取り戻したエスモアは、その一時間後に再び眠りに落ちる。
すうっと眠るように意識を失った。
医師が慌ててやってくると、彼女の診察を始める。
彼女の制服を脱がせると、そこには黒い紋様が浮かび上がっていた。
「こ、これは!?」」
医師は息を呑む。
「これはなんなのですか?」
セリカが尋ねると彼は首を横に振る。
「医学的にはなにもいえない。彼女は健康体だ。おそらくは悪魔に憑依されていた後遺症ではないだろうか」
その推察に同意したのは、大賢者だった。
この学院の長は音もなく現れると、エスモアの胸に手を当てる。
「これはやはり古代の呪術だな。憤怒の悪魔の置き土産じゃ」
「どういうことでしょうか?」
「理由は簡単じゃ。エスモアに呪いを掛ければ、それを解除するためにフィルという少女が追いかけてくるだろう」
「おお、あったまいいー」
とフィルはのんきに言う。
セリカはたしなめる。
「なにをのんきになっているのですか、敵が狡猾な罠を仕掛けてきたのですよ」
「でも、倒せば元通りになるんだよね?」
「――倒しに行く気ですか? と返すのは無粋なのでしょうね」
セリカは吐息を漏らすが、それを見てアーリマンは笑う。
「かっかっか、無駄じゃ無駄じゃ。この娘が他人を見放すわけがない。ここは行かせてやれ」
「分かってはいるのですが……」
とアーリマンを物欲しげに見つめるが、彼は駄目だと言う。
「わしを戦力として換算しないように。学院長は忙しい。今はやるべきことがあるのじゃ」
それは学院に王弟派の干渉を防ぐ政治工作なのだが、アーリマンはあえて口には出さなかった。
なんとなく察したセリカは口をつぐむ。
フィルたちには知らせても仕方ないことなのだ。
「というわけで憤怒の悪魔討伐はおまえたちに任せよう。わしができる助力は旅に出ている間の出席日数をどうにかするだけかな」
「単位もほしいの」
「それは欲張りすぎじゃ」
「ちぇ……」
となるが、それでもフィルは行く気満々だった。
ダークとホワイトもである。
「あたしたちも行くぜ」
「私も行きます」
「みなさん……」
ダークとホワイトの義侠心にセリカはそこはかとなく感動する。
セリカはフィルの保護者としてふたりの参戦を許可する
。
「分かりました。危険なことはしないでください、と言いたいところですが、ふたりは留めてもついてくることでしょう。だから止めません」
「分かってるじゃん」
と微笑む分身たち。
そこにフィルも加わると三人は円陣を組む。
「やるぞー」
と気合を入れる三人娘はとても愛らしかった。
エスモアに掛けられた呪いを解くため、憤怒の悪魔を討伐することになったセリカたち。
その準備をする。
まずはセレズニア侯爵家の力を使って憤怒の悪魔の現在地を確認。
「ルイズ、手間をかけるけどお願い」
セリカが言うと彼女専属のメイドであるルイズは、忍者のようにいなくなる。
「御意」
と言い放つと一陣の風と共に消える。
相変わらず謎の身体能力である。ルイズは幼き頃よりセリカに仕えてくれているが、その出自は不明である。
ただその諜報能力は忍者並みであることは確かだ。数日以内に憤怒の悪魔の居場所を探し出してくれるだろう。そう核心したセリカは他のメイドに旅の準備をさせつつ、助っ人を呼び出す。
使いを出して呼び出したのはこの国最強の騎士ローエンである。彼は侯爵家に仕える騎士だった。
セリカが竜の山にフィルを迎えに行ったときも同行願った頼れる男である。
今回もフィルの危機と聞き喜んで参戦してくれた。
「フィル様の危機、セリカ様の危機とあれば喜んで参陣します」
叡智の騎士ローエンは片膝をつくが最後は笑ってこういう。
「…もっとも、こちらには現役最強の賢者の孫が三人もいるのです。俺の出番はないでしょうが」
セリカを安心させるための謙遜だろうが、たしかに彼の言葉に一理あった。
毎回、彼に付き添ってもらうが、たいてい彼の剣技が冴え渡る前にフィルがワンパンチで敵を倒してしまうのだ。
今回もそうなるといいのだけど――
セリカは忠実な騎士に聞こえぬようにそう漏らすと旅の準備を始めた。




