白と黒の日常
世間様で陰謀が企てられているとも知らず、フィルはのんきに学院に通っている。
ミス・オクモニックのつまらない礼節の授業を不真面目に聞く。
鉛筆を鼻と口の間に挟みながら黒板を見る。
セリカは真面目にノートを取っていた。
いや、フィル以外の生徒はすべて真面目だ。
セリカはチラリとこちらの方を見る。
それを見てフィルは慌ててノートを取るが、蛇が這いずり回ったような字だ。
とても汚い。
なにせザンドルフの文字は賢者でも一番汚い。蛇とナメクジが這い回ったかのような文字なのだ。
その賢者に文字を習った孫娘の文字が綺麗なわけもなく、女の子っぽさゼロであった。
なんでも大賢者いわく、文字など書いた本人があとからなんとなく読めればいいらしい
。
フィルにはザンドルフの悪いとこは真似して欲しくなく、綺麗な字を書いてもらいたいが、それよりも今は真面目に授業を受けてもらうことに注力すべきだった。
セリカはフィルにそううながすと、彼女はにこりと言うことを聞いてくれた。
その後は静かに授業を受けるが、一度だけ窓の外を見てぽつりとつぶやく。
「ホワイトとダークたちは今頃、なにをしているかな」
フィルがそうつぶやく一方、ホワイトたちとダークたちは、というと――
白百合寮の窓からぽけーっと空を眺めていた。
「ホワイト、あそこにある雲、イワシっぽくね」
「ダーク、あれは鰯雲というのよ。まったく、無知ね」
「美味そうだけど、甘そうだな」
「綿菓子みたいですからね」
そんな益体もない会話をしていると、ダークは唐突に言う。
「綿菓子といえば、セリカに甘い物でも食べさせてやらないか」
「あら、それはいいですわ」
「普段、ケーキを買ってきたり、焼き菓子を買ってきてくれたりするじゃん。あたしたちもお礼しないと」
「それはいいですわね。さっそく、ケーキを買いに行きましょうか」
それを聞いたダーク・フィルは、「ちっち」と指を振る。
「ホワイトはわかってねーな。こういうのは手作りの方が喜ばれるんだぜ」
「でも、私たちは『あの』フィルの分身ですよ。ケーキなど作れるわけが」
「それもそうだな。でも、諦めたくねーな」
「ですね」
というわけでふたりは仲良く学院の図書館に行くと、料理の本を探す。
「料理、料理――と」
「あった!」
お菓子の本というのを見つけると、ケーキの焼き方を調べる。
「ふむふむ、スポンジっての焼いて、その上にクリームを塗るだけでいいんだな」
「これならば我々にも出来そうですね」
というと怖そうな司書のおばさんがくる。
しーっとジェスチャーをする。
「いけね」
「ですね」
ふたりは口にチャックすると、本を借りて、そのまま学院の外に出た。
「生まれてから結構経ちますが、学院の外に出るのは初めてです」
「ダサッ、あたしなんてよく外に出てカブトムシ売りに行っていたぜ」
というが、いまだに馬車という乗り物が通ると怖くて、ホワイトを抱きしめてしまうダーク。案外、びびりなところがあるようだ。
「……フィルの悪い子の化身なのに、肝っ玉がありませんね」
「……うるへー、本家も意外とびびりなんだよ」
たしかに破天荒で無鉄砲とおもわれがちのフィルだが、シャイで恥ずかしがり屋の面もある。
そういった人間くさい感情も分身に受け継がれているというか、色濃く出てしまっているのだ。
なんだかんだでホワイトもびびっていて。
ダークの手をぎゅっと握ると、
「ケ、ケーキの材料が売っている市場というところはどうやって行くのでしょうか」
地図片手に尋ねてくるが、フィルという少女は地図など持たず、いつも適当に歩いていた。
「……た、たぶんだけど、あっち」
前回外に出たときの記憶をフル動員すると、ふたりはなんとか市場まで向かうことができた。
王都にはいくつもの市場があるが、王立学院の側にある市場はこじんまりとしている。王立学院自体、王都の端っこにあるからだ。
だがそれでも多種多様な食材や日用品が売られている。
学院の食堂関係者が買い付けにくるから、このような立地でも十分儲かるらしい。
「かくいうあたしたちも買いにきたしな」
「ですね。ところでそのお金なんですが……」
「あ、これか? 隣部屋の学院生の財布だ」
ホワイトは顔面を蒼白にするが、ダークは嘘だよ、と茶目っ気満載の笑顔を向ける。
「冗談だよ、カブトムシを売ったお金を貯めていたんだ」
「なるほど、将来に備えて貯めておくとは偉いですね」
珍しくダークを褒めると、そのまま材料を買い集める。
「調理道具は寮のを借りるとして、まずは牛乳ってやつと、クリーム、バターってやつを買わないと」
ホワイトは指さす。
「あそこに農家の牛乳売りがいます」
たしかに農家のおっちゃんが牛乳を売りにきていた。今朝絞ったばかりの新鮮なやつだ。
試食をさせてもらうと、濃厚で超美味かった。
気に入ったのでここでクリームとバターというやつも買おうと思ったが、加工食品は扱ってないらしい。でも、いい店を丁寧に教えてもらった。
ふたりは手を振りながら別れると、そこに向かった。




