それぞれの思惑
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フィルがみっつに分身をしても学院は平常通り運営される。
「フィルが分裂した記念日」などが制定されるわけもなく、いつものように授業が行われるのだ。
朝、「ふぁーあ」と起きたダーク・フィルはそのことをホワイト・フィルから伝え聞く。
どうやらセリカは気を利かせてダーク・フィルを起こさなかったようだ。
有り難い配慮であるが、今にして思えば四人で一緒に登校してもよかった。
ダークもホワイトも、一度学校に行き、授業を受けてみたかったのである。
「学校の授業ってどんなだろうな」
「さあ、知りませんけど、ダークはきっと常に廊下に立たされるでしょう」
「お前も似たようなもんだろう」
「私はいい子ちゃんなので大丈夫です」
「いい子ちゃんといっても『元』があれだからなあ」
と言うと、授業を受けているフィルが「へっくし!」と、くしゃみをしたとか、しないとか。
それは定かではないが、セリカと本家がいないとなると、ホワイトもダークもやることがなく、仕方なくふたりであやとりをした。
フィルの部屋にあやとりがあったからだ。
「へー、あいつ、こんな女の子っぽいことやるんだ」
「なんでも王都ではやることなすこと新しいことばかりで退屈しないそうです。あやとりもシャロンとかいうメイドに教えてもらったそうな」
「そっかー、山では爺ちゃんしかいなかったものな」
「女の子らしい遊びが珍しいのでしょう」
と言いながらふたりもドハマリしている。
なんだかんだでこのふたりの感性はフィルそっくりなのである。
――ということは午後には飽きるというか、外に飛び出したくなるはず。それはセリカの予想するところであり、事実なのだが、セリカはちゃんと布石を打っていた。
午後になると、知恵の輪を持ったシャロンがやってくる。
「シャロンさん、ふたりが飽きてどこかに行ってしまわないように、午後にはこれを差し入れてください」
とセリカが用意したものだが、その策はぴたりと当たる。
学院に乱入しようとしていたダークとホワイトは見慣れぬ輪に興味津々だ。
「てゆうか、これなんだ?」
「なんでしょうか?」
と白と黒のフィルは食いつく。
シャロンはえっへん、と説明する。
「これは知恵の輪です。こうやってこうやって、こうすると――、ほら、輪が解ける」
魔法のように輪をほどいたシャロンを見て、ふたりの少女は「すげえ!」と表情をきらめかせる。
「すごいですわ! もう一度!」
ホワイトが迫るが、シャロンは「うふふ」と制する。
「この輪を解くのはお二人の仕事。ささ、差し上げますから練習をしてください」
そう言うとふたりは夢中で知恵の輪を弄り始める。
その光景を見たシャロンは心の中でガッツポーズする。
(よし! これで午後の洗濯物の時間は稼げそう)
事実、シャロンは午後、悠々と洗濯する。途中、様子を見に部屋に戻るが、ふたりはずっと集中していた。
セリカが帰ってくるまでおとなしくしていた。
そしてセリカが帰ってくると嬉しそうに知恵の輪を持って行く。
「セリカー! 知恵の輪解けたぞ!」
「セリカ! 知恵の輪解けました!」
と同時に持って行くふたり、ふたりとも知恵の輪を知恵で解くのではなく、『力』でぶち破っていたが、セリカはそこには触れない。
「…………」
しばし苦笑いをし、シャロンと視線を交差させたあとにこう言った。
「偉いですね、ふたりとも。ご褒美にイチゴのショートケーキを買ってきたので皆で食べましょう」
そう言うとダークもホワイトも本家も、冬至祭がやってきたかのように喜んだ。
シャロンはその姿を見ると、嬉しそうに微笑み、紅茶を用意してくれた。
フィルたちがそのように楽しく過ごしている頃――
この学院の長にして、稀代の大賢者はちゃんと仕事をしていた。
フィルたちから拝借した髪の毛を錬金術学的に調べ上げている。そして三人が同一の遺伝情報を持っていることを確認する。
「まあ、それは見た目通りなのじゃが、当たり前のことを調べるのが科学的な手法の基本」
誰に言い訳するでもなく漏らすと、秘書が持ってきた報告書を読む。
眼鏡を掛けると、「悪魔討伐騎士団報告書」に目を通す。
悪魔討伐騎士団とは、このセレズニア王国に古くからある騎士団で、古代の悪魔を討伐することを目的に組織された集団であった。
常に悪魔を探しており、見つけ次第、討伐、あるいは封印するのが彼らの仕事だった。
その彼らが数ヶ月前、悪魔の関連する遺跡を発掘した。彼らはすぐに討伐隊を派遣したようだが、逆に返り討ちに遭い、悪魔を取り逃してしまった、というのが報告書の内容であった。
「……この報告書、匂うな。この時期に悪魔が復活したという情報が舞い込むことも、騎士団が返り討ちに遭ったというのも怪しい」
裏でなにかが蠢いているような気がした。そのことを親友であるザンドルフに伝えると、彼も納得してくれた。
霊体であるザンドルフは急に現れると、アーリマンに同意する。
「……おそらくはこれも王弟派の陰謀かもしれない。悪魔を復活させ、王、あるいはその近縁者を殺し、王位継承権を簒奪したいのだろう」
ザンドルフはそう推論するが、その推論は大きく外れていないだろう。
「しかし、そうなると二回連続で悪魔がフィルを狙ったということになる。王弟派がその事実を知ればフィルを王の落胤と認定するだろう。いや、あるいはすでに認定しているからけしかけてきたのか」
「だろうな。ま、それは想定の範囲」
「まあ、それはそうじゃが、学院が騒がしくなりそうじゃな」
「だな。しかし、わしは知っている。この学院の長は現役最強の賢者。王弟の一派などものともしない」
「この学院は古くから独立を維持している。王が作った学院だが、政治とは無縁の学院だ。歴代の学院長が骨を折った」
「敵としても表だって学院と対立したくないのだろう」
「セレズニア侯爵家やボールドウィン伯爵家ともな」
「それにモルネット男爵や修道院とも。――というか我が孫ながら息をするように有力者をたらし込んでいくな」
苦笑するザンドルフ。アーリマンも同意する。
「天性の人垂らしだ。女王になったら国民すべてを魅了するかもしれない」
「しかし、それも女王に即位できればの話。国王の容態は?」
「小康状態だそうだ」
「そうか、では国王が死ぬ前に面会を果たし、王の落胤であることを全国民に伝えねば」
「その段取りを進めているが、フィルが国王の娘である物的証拠がなかなか得られないのだ」
アーリマンの言葉は止まる。
「――てゆうか、おぬし、フィルを女王にするつもりなのか」
ザンドルフは「ああ」と短く答える。
「気が変わったのか?」
「そうだな。最初はフィルに政治など似合わない。そう思っていたが、この学院に通わせて気が変わった」
「フィルならばより多くのものを幸せにすると思ったのか?」
「そうだ。フィルは会う人すべてを幸せにする才能を持っている。わしやお前にはない才能だ」
「うむ」
「その才能は人々のために、それに本人のために使われるべきだろう」
「というと?」
「このまま山に籠もっても、王弟派は執拗にフィルを狙い続けるだろう。ならば先手を打ってフィルが女王になり、彼らを駆逐すればいい」
「なるほど、積極的防御策だな」
「そうだな」
と言うとザンドルフは「孫娘を助ける。助力せい」と言う。
アーリマンはわずかも表情を変えることなく、
「分かっておるわい。任せろ」
と言った。
ふたりはともに戦場を駆け回った仲であるが、その仲が蜜月だったわけではない。時には対立し、喧嘩もした。
しかし、フィルという少女と出逢ってから。――正確にはザンドルフがアーリマンに彼女を託してからは、暗黙の了解のように息を合わせるようになった。
共にフィルという少女の未来を心配するようになったのだ。
そして共にフィルの幸せを願っていた。
――というわけで最強の大賢者ふたりは、改めてフィルを王弟派から、悪魔たちから守ることを誓う。
このように結ばれた大賢者ふたりの同盟はアーリマンが死ぬまで続く。
さて、このように最強の賢者たちが今回の悪魔復活騒動を調べているが、実は今回の騒動は王弟派とは直接関係ない。
否、王弟派のとある貴族が力を得るために悪魔を復活させたところまでは関係しているのだが、そこからは悪魔本人の意思が働いている。
この国を二分する王党派とはいえ、悪魔を御することはできないのだ。
王弟派の貴族は、悪魔を解き放ったはいいが、使役することはできず、その場で殺された。いや、正確には拷問され、この学院に王の落胤がいるかもしれないという情報を掴んだ。
それがフィルなのだが、憤怒の悪魔はこの世界に完全復活するため、落胤のフィルを狙ったのだ。
彼女の血肉を得て、最強の存在となり、今度こそ世界に君臨してやろうと思ったのだ。
しかし、嫉妬な悪魔、怠惰の悪魔、暴食の悪魔がやられたところを間近で見ていた憤怒の悪魔は一計を案じた。
フィルという少女の弱体化を図ったのである。
風紀委員を務める少女を利用し、フィルに近寄ると彼女の鞄に呪いの護符をいれた。
呪いの護符により、深夜、フィルの善なる心と悪の心が分離したのだ。
それは周囲の物が迷惑するだけでなく、フィルの弱体化を意味する。
――今ならば。
今ならば最強の賢者の孫娘も倒せる。
そう思った憤怒の悪魔は、口元をにやりとさせる。悪魔らしく突き出た牙が怪しく光った。
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