シャンプーハット
一連の騒動を終えて、白百合寮の個室に入るセリカ。
その後ろに続くのはダーク・フィル。彼女は黒いドレスをまとっている。それ以外はフィルにそっくりだった。
フィルの化身なのだから、当然かもしれないが。
ダーク・フィルは部屋に入ると、
「ひゃっほー!」
と言って、ベッドに飛び込む。スプリングを利用してぽよんと飛ぶ。
悪い子である。注意する。
「ダーク・フィル様、そのような真似ははしたないですよ」
「いいじゃん、いいじゃん、どうせ男は見ていないし」
「性別は関係ありません」
「男と女の前では顔を使い分けるだろう、セリカも」
「淑女は誰の前でもおしとやかなものなのです」
「そういうものかねえ」
とダーク・フィルは飛び跳ねるのをやめる。注意を受け入れたと言うよりも飽きたといったほうが適切かもしれない。
少し落ち着いたセリカはダーク・フィルに尋ねる。
「ダーク・フィル様、ダーク・フィル様は憤怒の悪魔によってフィル様から解き放たれたと聞きましたが、いつ、生まれたのですか?」
「ああ、ええと、いつだったかな。お前たちが推理ごっこから帰ってきてからだったかな」
「結構前ですね」
「そだな」
「その間、どこに泊まっていたのですか?」
「あたしは学院のベンチ」
「まあ、そんな自由人というか、無宿人みたいなことをされていたのですか」
「そだよ。知り合いもいないし、宿無しだったからな」
「女の子が野宿とは感心しません」
「別に大丈夫だよ。あたしは古竜さえ一撃で倒す女だぜ?」
シャドーボクシングする。
「……まあ、たしかにそうですが。今後お困りのときは我がセレスティア家を頼ってくださいね」
「そうさせてもらう。というか、そうしてる」
「といいますと?」
「学食のツケは全部、セレスティア家に回している」
「あらまあ」
「怒ったかい?」
「そんなことでは怒りませんわ。我がセレスティア家はそれなりにお金持ち。あとフィル様のような食客が一〇〇人いても大丈夫です」
「じゃあ、二〇〇〇人分食らってセレスティア家の身代を潰してやろうか」
「頼もしいですわ」
と言うとふたりは笑う。
その後、一週間近くお風呂に入っていない、ということに気がついたセリカはダーク・フィルをお風呂に入れることにする。
そうっと後ろから近寄ると、黒いドレスを脱がし、浴槽に押し込む。
「こ、こら! なにをする!」
「暴れないでくださいまし、個室のバスタブは狭いのです」
「あ、あたしは風呂が嫌いなんだよ」
「その辺はフィル様そっくりですね」
フィルの悪い子成分が凝縮しているのが彼女なのかもしれない。
そう思ったセリカは遠慮なく、彼女を浴槽に詰め込む。
「ひ、ひぃぃ、溶けちまう。溺れちまうよ」
「大丈夫ですよ。すぐに綺麗にして差し上げますから」
と言うとスポンジを握りしめ、あわあわにする。
それでダーク・フィルの身体を洗う。
意外にもダーク・フィルの身体はそんなに汚れていなかった。本家フィルと同じであまり汚れない体質なのかもしれない。あれほど食べ、動けば新陳代謝もすごいと思うのだが。
あるいはそれでも小汚くならないところが、フィルという生物のすごいところかもしれない。
彼女はお姫様、あるいはこの世界の主役になるために生まれてきたような少女なのだ。一週間くらいお風呂に入らなくてもばっちくならないのは主人公補正だった。
ちょっと羨ましくはあるが、それと同時に使命に燃える。
「いくら汚くならなくても、淑女というお風呂に入るもの。いつも石けんとシャンプーを漂わせるのがレディなのです」
「あたしゃレディじゃないよ」
「レディではない女の子などおりません。フィル様の分身ならばなおさら」
そう言うと髪にシャンプーを付け、泡立てる。
「ひー! せめてシャンプーハットを」
「今からだと手遅れです。明日はちゃんと付けますから」
フィルは暴れるが、それでもその抵抗は収まる。反抗不能だと悟ったのだろう。
それにフィルの分身である彼女は、セリカが味方だと遺伝子レベルで知覚しているようだ。
力任せには反撃してこなかった。
結局、体中を洗われたダーク・フィル。
その後、数分間、湯船に付けられたが、風呂から上がるとさっぱりとしたものであった。
毛穴の隅々までリフレッシュ。生まれ変わったかのような気分だ。
それにお風呂のあと、セリカは風魔法を使って髪の毛を乾かしてくれた。
ブラッシングしながら頭を撫でてくれた。
まるで実の母親のような優しげな手つきだった。
そのように接せられれば反抗心など湧きようもなかった。
その後、ダーク・フィルは皆で夕食を取り、皆でトランプをし、消灯時間まで遊んだ。
そのままセリカと同じ部屋に戻ると違うベッドで寝る。
ツインのベッドだが、セリカの優しさは無限大で、違うベッドで寝ていてもその優しさは伝わってくるようだった。
ダーク・フィルは、その優しさに包まれながら、この世界に生まれ落ちてから初めて熟睡することができた。




