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悪魔の呪い

 王立学院で一番の権力を持っている人、

 王立学院で一番の知恵を持っている人、

 王立学院で一番頼りになる人、



 もしもそのようなアンケートがあったら、ぶっちぎりで一番になるのは、この学院の学院長だろう。


 なにせ彼はかつでフィルの祖父と共に魔王を倒した大賢者なのだ。

 その実力、智恵はこの世界でも折り紙付きの人物であった。


 というわけでセリカは迷うことなく、三人のフィルを学院長のもとに連れて行くが、その選択肢は間違っていなかった。


 学院長室に通されると、

「ふぉっふぉっふぉ」

 と、あごひげを撫でる老人はいきなり核心を突いてきた。


「おや、フィルが三人おるぞい。――いや、これは良心と邪心が分離したのか」


「お見事です」


 さすがは大賢者、としか言いようがなかったが、そのあとに言った台詞が気になった。


「やっぱりな」


 と大賢者は続ける。


「……そのものいいですと、もしかしてフィル様が分裂した理由を知っているのですか?」


「おおよそはな」


「教えて頂けますか?」


「もちろんだとも、伯爵家の令嬢よ」


 と言うとアーリマンは語り始める。


「実はな。最近、悪魔討伐騎士団から入った情報なのだが、とある遺跡で憤怒の悪魔の抜け殻が見つかったそうなのじゃ」


「憤怒の悪魔!?」


「そうじゃ。なにものかがその封印を解いたようじゃの」


「なにものなのですか?」


「それは分からぬ。遺跡の周辺には死体が転がっていたそうじゃが、身元不明じゃ」


「悪魔が解き放たれた、ということは王の血族を狙ってきますね」


「だろうな」


「しかし、憤怒の悪魔とフィルさんが分裂した理由が一致しません」


「憤怒の悪魔は他人の心をかきむしるのが得意。怒りにまかせて自壊をうながすのじゃ」


「精神攻撃の一環なのですね」


「だろうな。フィルを三つにわけ、弱らせたいのかもしれん」


 フィルを見る。たしかに三人に分裂したということはその実力も三分の一になっているのかもしれない。


 ――まあ、三分の一でもセリカよりもずっと強いだろうが。


「しかも、普通、心が三つに割れれば、身体のほうも崩壊するはず。いつか、フィルは良心も邪心も失い、物言わぬ人形になってしまうかもしれない」


 その言葉を聞いて初めてフィルは慌てる。


「まじで!!」


「まじじゃ」


「それは大変なの、どうすればいい?」


「再びひとつになればいい。良心も邪心も」


 と言うと三人娘は、一カ所に集まって抱きしめ合う。ぎゅーっと力強く。

 先ほど食べた中華丼が逆流しそうにであったが、特になにも起きなかった。


「……も、元に戻らないの」


「そりゃ、そうじゃろ、悪魔の呪いなのだから」


「どうやったら呪いが解けるの?」


「それは今から調査する。そうだの、一週間は掛かるから、その間、普通に暮らせ」


「まじで!」


「まじじゃ」


 と即答すると、大賢者は研究室に向かう。今から研究を重ねるようだ。

 途中、思い出したかのように戻ってくると、フィルたちから髪の毛を採取する。


「「「痛い」」」


「我慢せい」


 とアーリマンは再び背を向けると、研究室へ向かった。


「…………」


 こうなるともはやアーリマンが呪いを解く方法を見つけてくれるしかなくなるが、その間、どうすればいいのだろうか。


 セリカは三人娘を覗き込むが、アーリマンがいなくなるとそれぞれの主張を繰り広げていた。



「けっけっけ、ジジイがいなくなったぜ。冷蔵庫にあるフェニックスの砂肝を頂こうぜ」


 これはダーク・フィル。


「それはいけないですわ。おやめなさい、ダーク・フィル。――もぐもぐ」


 と自分の懐からサキイカを取り出し、食べ始めるホワイト・フィル。


「わーい、アリマーンの椅子ふかふか!」


 と学院長室の椅子に腰掛け、くるくると回るのは本家フィル。



 皆、子供のようである、というのは共通していた。

 それを見てセリカはどっと疲れる。


「――この子たちの面倒はわたくしが見るんですよね」


 誰に尋ねた台詞でもないが、返答してくれる人はいない。

 セリカの気苦労を察したのか、ホワイト・フィルは言う。


「私はともかく、あの子たちは放っておくとなにをするか分かりません。一カ所に集めて管理したほうがよろしいかと」


「……そうみたいですね。さっそく、白百合寮の寮長に事情を話して、ふたりと、それにわたくしも泊めてもらいましょうか」


 その言葉を聞くと、フィルは「わーい!」と喜ぶ。


「みんなでウノウをするの!」


 ウノウとは異世界から伝わったカードゲームで、ドロー三とかリターンのカードを押しつけ合うゲームである。単純であるが皆ですると面白い。


 しかし、ダーク・フィルにはいささか刺激が足らないようだ。


「ウノウなんてつまんねーよ。つうか、四人いるし、麻雀しようぜ、麻雀。千点一シルでいいからよ」


「まーじゃん? ほえ?」


 ホワイト・フィルが答える。


「麻雀とは東方の遊戯です。四人で卓を囲みながら行う賭け事ですね」


「本家はそんなこともしらねーのか。傑作だな、おい」


 きゃはは、と笑うダーク・フィル。


「あたしが教えてやるからあとでやろうぜ。安心しろ、積み込みも通しもやんねーからよ」


「積み込み? 通し?」


「イカサマのことだ。あたしは悪い子だが、ギャンブルにインチキを持ち込むやつは嫌いなんだよ」


 そう言うといい子のように見えるが、ギャンブル自体、悪い子の象徴である。

 セリカは溜め息を漏らすと、三人をひとまとめにし、寮につれて帰る。


 三人とも個性が強い娘だったが、セリカの言葉に絶対服従する、という共通点があった。


 ホワイト・フィルは言う。


「私たちは本家フィルから分離した存在です。基本的なところはフィルに準拠します」


「食いしん坊なところとかそうですね」


 ダーク・フィルを見つめるが、黒いドレスの女の子はギャンブルをしたり、マナーを守らない子ではあるが、「悪」ということはできない。


 他人を傷つけるようなことをしないからだ。


 暴力で人を傷つけたりと言ったことは絶対にしなかった。そういった意味ではフィルの心根は本当に清らかななのかもしれない。


 セリカは改めてフィルの清らかなる心に思いを寄せながら、白百合寮に向かった。

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