白と黒のフィル
食堂の端にフィルを連れて行くと、そこでお説教モード。
「フィル様、最近、よからぬ噂を聞きます」
「よからぬ噂?」
きょとんとしている。
「主にカブトムシ関連です」
「ボクはクワガタのほうが好きだよ」
なんでもクワガタのほうがフォルムが格好いいらしい。
「それはそれでいいのです。しかし、カブトムシを賭け事に使ったり、虫の嫌いな女性にくっつけるのはよくないのです。淑女道に。いえ、人間の道に反します」
「そんなことしてないよ」
「……ほんとですか?」
じいっとフィルの目を見る。
「うん」
彼女の目は青空よりも澄み渡っていた。まるでサファイアのようである。
「…………」
これは誤報だったかな、と思っていると、セリカは安堵の溜め息を漏らす。
それと後悔の溜め息も。
自分はなんと愚かなのだろう、と思ってしまったのだ。
人々の噂に左右され、大切な友人を疑ってしまったことを恥じた。
神に懺悔すると、食堂の奥のほうから声が聞こえる。
「おばちゃーん! 中華丼のうずらの卵いっぱい頂戴!!」
その声の質はどこかで聞いたことがある。口調も。
いや、声だけでなく、その姿は見慣れた人物だった。
銀色の美しい髪を持つ、元気な少女。
山から出てきた常識知らずの少女。
古竜すら素手で倒す少女がそこにいた。
フィルは慌てて目の前にいるフィルを見返すが、彼女はきょとんとこちらを見るだけだった
。
「あ、あれ? あそこにいるのはフィル様? え? でも、ここにいるのもフィル様?」
どういうとこと? と混乱してしまう。
混乱の極致に達したセリカは、本人に確認してもらうことにした。
フィルを一八〇度回転させると、少女を確認させる。
するとフィルは「ああ!!」と指さしながら言った。
「あの子、ずるいの! うずらの卵を五個ももらっている!!」
「突っ込むところはそこじゃないです!」
「ほえ? じゃあ、どこ?」
「あの子、フィル様にそっくりです。フィル様の双子の妹か姉では?」
「そんなのいるの?」
「……いませんよね」
となればあの子は誰だ? となる。
セリカは色々と考察するが、回答を与えてくれたのは意外な人物だった。
セリカの後方から声が聞こえる。これも聞き慣れた声だった。
「ふっふっふ、セリカ、迷っているようですね」
清楚だが凜とした声。丁重な口調が気になるが、それ以外はフィルのそれと変わらなかった。
そこにいたのは真っ白なドレスをきた少女だった。
中華丼を注文している黒いドレスのフィル、そして制服のフィルと同じ姿をした少女だった。
セリカは混乱してしまう。
「……フィ、フィル様が三人いる」
これで一卵性双生児説は完全に崩れたわけであるが、同時に三人のフィルが存在する理由を白いドレスのフィルは教えてくれる。
「セリカはとても驚いていますね。さもありなんです。答えから言ってしまいますが、私はフィルの良心から生まれた善いフィル、通称『ホワイト・フィル』です」
「ホワイト・フィル!? フィル様の良心!?」
混乱しているセリカの後ろにいつの間にか中華丼を持った黒いフィルがいる。彼女は「けっけっけ」と言う。
「そこにいるのはホワイト・フィルじゃねえか。自己紹介は済ませたようだな」
もぐもぐと中華丼を口に運ぶ黒いフィル。フィルは「立ったまま食べるのは行儀が悪いんだよ」と注意する。
突っ込むところはそこではないような気もするが、セリカは突っ込まない。黒いフィルの説明を待つ。
「あたしの名前は『ダーク・フィル』そこの間抜け面の暗黒面から生まれた女さね」
フィルを指さす黒いドレスの少女。
「フィル様の暗黒面!?」
「そうだ。どんないい子チャンにも二面性はある。いい心と悪い心だ。それが分離してできたのがあたしたちさ」
「そういうことですね」
微笑みながら肯定するホワイト・フィル。
「そ、そんなことがありえるのだろうか……」
と思っていると、フィルはいつの間にか学食のカウンターで料理を受け取っている。注文したのは中華丼だ。うずらの卵は三個載っていた。
負けじとホワイト・フィルも中華丼を注文するが、彼女は慎ましく二個しか乗っていない
ダーク・フィルが五個だがら、悪い子ほどうずらの卵が多いのだろう。
――てゆうか、ホワイトでも通常の二倍ですか! と突っ込みたい気持ちは抑えつつ、天使のようにきょとんと中華丼を食べている少女三人をまとめ上げる。
性格はたしかに真逆であるが、食い意地が張っているという点はまさしくフィルそのものだった。
容姿もそっくりなので、ともかく目立つ。
学食がガヤガヤとし始めた。
これはまずい、と思ったセリカは三人の少女たちに中華丼を早く食べ終えるよう厳命した。
三人は数分で食べ終えると、食器を返却する。
それを確認したセリカは、三人をこの学院で一番頼りになる人物のもとまで連れて行くことにした。




