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風紀委員エスモア

 名探偵フィルとセリカは学院に戻ったが、特にこれといった変化はない。


 フィルが学院にある七不思議になぞらえた殺人事件を解決したり、探偵事務所を開いて依頼人の持ってくる謎を解くようなことはない。


 セリカは探偵小説が好きなので、探偵かぶれなところがあるが、フィルには探偵になる意思はないのである。


 フィルの目下のところの目標は、早く立派な淑女になって、じいちゃんが迎えにくるのを待つ! であった。


 ちなみにセリカの最終的な目標はフィルをこの国の女王にする! だが、短期的な目的は無事、学院を卒業してもらう、だった。


 そのためには勉学に励まなければいけないが、それ以上に学院に馴染んでほしかった。


 案の定というか、ご覧の通りというか、フィルの天真爛漫すぎる行動は学院で浮いており、度々問題視されることがあるのだ。


 フィルにはカミラ夫人やミス・オクモニックのような理解者もいるが、それと同じくらい敵もいるのである。生徒教師問わず。


 例えば王立学院の風紀委員などはフィルを目の敵にしていた。

 彼女たちは今日もフィルに難癖を付ける。


 その日、朝から校門前に立ち、定規片手に女子生徒のスカートの丈を測るのは、風紀委員長のエスモア。


 女子のスカートが一センチでも短ければ風紀担当の教諭に密告する。

 逆に不良のように長いスカートをはいていてもNGである。

 靴下の色と、下着の色も執拗にチェックする。


 病的であるが、本人はいたって真面目なようで、風紀を乱す者に懲罰を与えることに喜びを見いだしている。


 彼女に密告されたものは、「どんな親に育てられたのだろう」と、つぶやくがエスモアのお母さんは王都の中央検事、父親は異端審問官だという。


 それを聞いたものは納得するというか、両親はどんな出逢いをしたのだ、と想像を巡らすものだが、誰も回答をもたらさない。


 エスモア本人も語るようなことはなく、永遠の謎となるかと思われた。


 まあ、それは良いとして校門の前で風紀を正しているエスモアを見て吐息を漏らす。


「……はあ、規則は大事だと思いますが、あそこまで執拗にやらなくても」


 スカートの丈を一ミリ単位で測るエスモア。

 それに私物をチェックする様は、まるで異端審問官そのものだ。


 無論、学則を破るほうが悪いのだが、セリカくらいの年頃のものは制服をちょっと改良してお洒落を楽しみたいものなのである。行き過ぎはよくないが、多少ならば大目に見て欲しかった。


 フィルは遠目から風紀委員の取り締まりを確認すると、

「あわわ……」

 と慌て始めた。


 やはりフィルは風紀委員が苦手のようである。


「……ボク、エスモアがに苦手なの。怒りっぽいし、細かいことを言ってくるし」


「彼女のような法の守護者はフィル様と相性が悪いでしょう」


「エスモアと相性がいい子なんているの?」


 通りかかる生徒全員がうんざりした顔をしている。


「……まあ、いないでしょうね。ですが、学則は彼女の味方です。友達と言い換えてもいいかも」


 ここは素直に従いましょう、と続ける。


 セリカは軽く襟元を正すと、そのまま門を通過しようとするが、フィルが手を引っ張る。


 ぎゅっと握ってくる。


「……どうされたのですか?」


「今月はもう二回もエスモアに捕まったの。今度、風紀の先生に呼び出されたら、カミラの部屋送りなの」


「カミラ夫人とは仲が良いではないですか」


「仲が良くても甘くなるわけじゃないの。今度、呼び出されたら、カミラの部屋で思想教育を受けることになっているの」


「まあ、それは怖いですね」


 廃人のようになって刺繍を始めるフィル。古代の詩人の詩を諳んじるフィルを思い浮かべる。


 女王としては悪くないが、フィルという少女には似合わない姿だった。


 というわけでなんとかしてあげたいが、そもそも、フィルはなにを恐れているのだろうか。


 ぱっとスカートの丈を確認するが、短くはない。長くもない。


「は!? まさか!?」


 と思ったセリカは、誰もいないことを確認すると、ぺらりとスカートをめくるが、下着は白かった。てゆうか、ちゃんとはいていた。


「……ふう、杞憂に終りました。てゆうか、フィル様、身だしなみは完璧ではないですか。なにを恐れるのですか」


「というとフィルは鞄の中から本を取り出す」


 それは男同士が抱き合った表紙の本だった。


「…………」


 沈黙するセリカ。


「それってたしかシャロンさんから借りた『男同士の愛し方』って本じゃ」


「そ、そうなの」


「あれほど読まずに返しなさいと言ったのに」


 ケットシーの国に行くときのやりとりを思い出す。


「違うの。セリカが読んじゃいけないって言ってたから読んでないの。シャロンに返そうとしたの。そうしたらボクが読まないなら自分が読むってシエラが」


「新聞部のシエラさんですか……」


 ピースをしながらVサインをする少女の顔を思い浮かべる。


「普段ならいいのですが、よりによってこの日に持ち込まなくても」


「今日の検査は抜き打ちなの」


 抜き打ちでない身体検査などあるのだろうか、と漏らすが、セリカは冷静に考える。


 持ってきてしまったものは仕方ない。

 今さら時計の針を逆に戻すことはできないのだ。


 ならばこの場をやり過ごすしかないが――、と後方を確認すると、風紀委員が要所を固めていた。


 今、引き返せば必ず目を付けられるだろう。ただでさえフィルは要監視対象者なのだ。


「……もはやこれは素直に謝るしかないか」


 あるいはセリカがボーイズラブな本を受け取り、罪を被るという方法もある。


 模範的な優等生であるセリカはまだ風紀委員に捕まったことがない。一回くらいならば捕まってもいいのだが――。


 子鹿のように震えるフィルを見ると、その手段を取りたくなるのだが、ここでセリカの灰色の脳細胞が動く。



 ぴきん!



 と閃いたのだ。


「つまり本が一時的にフィルの鞄から消えればいいのよね。そしてそれがあとで戻ってくれば」


 セリカのつぶやきにフィルは同意する。


「そうなの。さすがはセリカなの。でも、それが難しいの」


 質量をゼロにする魔法はいくらでもあるが、ゼロにした質量を元に戻す魔法はそうそうない。じいちゃんの賢者ザンドルフならば可能かもしれないが、フィルはそういった細々とした魔法が苦手だった。


 そう伝えるとセリカは親指を立て、片目をつむる。


「大丈夫です。この作戦は魔法は一切使いません。物理的に隠します」


「おお、どうやるの?」


「簡単ですよ。フィル様は巨木を数キロ先に投げるパワーがありますよね?」


「ボクにそんなパワーはありませんことよ。おほほ……」


「いえ、わたくしの前では隠さなくてもいいので」


 と伝えるとフィルは素直に、

「うん、あるよ」

 と言う。


「それを応用するのです」


「おお、そうか。最近、ぶん投げてばっかなような気がする」


 ワンパターンじゃね?

 と、気にするが、そこは気にしなくていいだろう。


「効果的だからこそ毎回使われるのです。毎回使われるからこそワンパターンになる」


 と言うとセリカはフィルに「男同士の愛し方」を空に投げるように命じる。


「あ、そうか! 風紀委員さんがボクを調べている間、空中にいてもらうんだね」


「そうです」


「さすがセリカ、あったまいい!!」


 フィルは納得すると、さっそく、本を空中に投げる。



 キラン☆



 と点になる本。あっという間に蒼空の奥に消えた。

 フィルの計算ならば、三分後に、学院の中庭に落ちるはずである。

 なのでそれまでに身体検査を受ける。

 さっと、風紀院長エスモアの前に立つと、スカートの丈を測ってもらう。

 エスモアは眼鏡を光らせると、「……問題なし」と言う。

 面倒なのでフィルは自分でスカートをまくる。


 周囲の女の子はびっくりしているが、鉄面皮のエスモアは眉ひとつ動かさず、「OK」と言う。セリカが慌ててやめさせると、エスモアはフィルの鞄を覗く。


 鞄の隅々、教科書一ページ一ページ精査すると、彼女は眉を歪め「っち……、情報と違う」と言った。どうやらなにかしらの情報を元にフィルに狙いを定めていたようだ。


 まったく、油断ならない女生徒である。セリカはそのように総評すると、フィルを開放してもらう。


「問題がないのでしたらもう校舎に向かってもいいですよね?」


 エスモアは愛想笑いひとつ浮かべることなく、「許可するわ」と言った。

 悔しそうであるが、次の問題児が通りかかったようだ。


 このようにしてフィルはピンチを脱出したわけであるが、その後、中庭に行くとぽかんとしていた。


「……はれ? シャロンに借りた本が落ちてこない?」


「……落ちてきませんね」


 五分ほど青空を見上げるが、本が落ちてくることはなかった。


 セリカは渡り鳥の身体を借りて本の現在地を確認するが、どうやら本はこの星の外に出てしまったようだ。


 大気圏外、つまり宇宙の軌道上にあるようである。


 フィルは、

「てへっ」

 と舌を出す。


 なんでも間違って巨木感覚で投げてしまったらしい。


「…………」


 なんという馬鹿力であろうか。


 さて、このようにして身体検査を乗り切ったフィルであるが、結局、放課後、シャロンに本を返すために街の本屋さんへ向かった。


 そこで自腹で「男同士の愛し方」という本を注文したのだが、大声でタイトルを言うのはやめて欲しかった。


 付き添ったセリカは顔を真っ赤にしながらフィルの手を引き、本屋をあとにした。

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