父子の再会
モルネットの屋敷では凶行が繰り広げられていた。
食堂にうずたかく積まれるのは、死体――
――ではなく、フィルが食べた料理のお皿だった。
なんでもセリカたちが出掛けている間に、占い師のユミナとどっちが大食漢か口論になり、勝負をしていたようだ。
ユミナはかなりの大食漢のようだが、ワームのような胃袋を持つフィルの敵ではなく、目の前で蹴散らされていた。
三匹目の豚の丸焼きに手を伸ばすと、それを口いっぱいに入れながらセリカの帰還を祝うフィル。
「ふぇりか、おふぁえりー」
もぐもぐと食べるフィルだが、その光景を見てセリカは突っ込む。
「道が塞がれているかもしれない、って前振りをしたあとに、残り少ない食料を無駄にしないでください!」
ランスロートもうなずくが、フィルは「ほへ?」っとしている。
「いや、だって岩が落雷によって落ちるなんて可能性はほぼゼロだよ? さっき、みんなで話したけど、そんなことありえないよ」
はっはっは、と周囲のものも同意する。
「そうよ、間違えてどこかのご令嬢が落ちかけた岩をぽんと押しちゃってそのまま転がっちゃうことはあるかもしれないけど」
占い師ユミナの冗談であるが、その冗談は出来が悪すぎて誰も笑わない。というか、無視される。セリカとランスロート以外には。
しかし、実際に岩を落としてしまったセリカは笑えないし、沈黙を続けるわけにもいかなかった。
セリカは申し訳なさそうに真実を語る。
それを聞いたユミナは最初、冗談でしょう、と笑うが、ランスロートの顔が真剣だったので、ばんと立ち上がる。
「てゆうか、本当に閉じ込められちゃったの? わたしたち!?」
「……そうなります。申し訳ないですが」
「な、そんなのありえない。来週には仕事で南部に行かないと行けないのに」
「……ほ、補填します」
と言うがそれで気が済まないのはエルフの音楽家だった。
「まて! というか、これってあの事件と同じじゃないか?」
「あの事件?」
なんなのですか? という顔をすると教えてくれる。
「あの事件と言えば、大昔にここであった惨劇だよ。旧モルネット男爵一家惨殺事件」
その言葉を聞いた瞬間、この場にいたものは皆、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
だが、エルフは気にせず続ける。
「今日まであんな事件はただの誹謗中傷かと思ったけど、嵐の夜に岩が落ちて閉じ込められるなんてあの事件とまったく同じじゃないか!」
気になったセリカは執事のほうを見るが、彼は否定も肯定もしなかった。なので代わりにセリカが否定する。
「ここに来る前にあの惨殺事件はデマであると確認しました。モルネット商会のライバルが流した悪質な誹謗中傷だと」
「だけど、実際に今、こうして」
と言うと気難しい小説家のアルバートは立ち上がる。
「ええい、こんなアホどもがいる部屋にいられるか!」
と席を立ち上がり、ひとり、客間へと向かう。
これは推理小説で絶対にやってはいけないやつだ。セリカはそう思ったが、岩を落とした手前、強気には出れず、アルバートの勝手を許してしまう。
――このように各種フラグが湯水のように立ち、恐怖の夜を過ごすことになる。
セリカたちはそのまま客間に戻ると、フィルを縛り上げ、これ以上食料を無駄にさせないことを誓う。
各自がそれぞれの部屋に戻ると、深夜、叫び声が聞こえた。――が、それは鼠を見たユミナの悲鳴だった。
その悲鳴を聞いて集まった一同、ここでもお約束の通り、ひとり現れない人物がいる。大抵、推理小説ではその人物が死体になっているのだ。
――一同はこの場にやってこない人物、ランスロート伯のもとへ向かう。
そこには血塗れの伯爵が――いるわけでもなく、深酒で寝ている老人がいるだけだった。
「ぐがぁー!」
と心地よいいびきを漏らしている。
セリカははっとなる。
「……おかしい。この屋敷にきたときからフラグが立ちっぱなしなのに、全部斜め上の展開にしかならない」
もしもこれが推理小説ならば読者は怒って破り捨てるだろうが。
などと考察していると集まった人間はあくびを漏らしながらそれぞれの部屋に戻る。
――皆、緊張感がない。真面目に推理をしているのはセリカだけだった。
もしかしてこの場にいる中で異端なのは自分なのだろうか?
と溜め息を漏らしていると、眼帯を付けた執事がフォローをしてくれる。
「セリカ様、あまり肩肘を張らずに。皆の心配をしてくれるのは嬉しいですが、なにも起きませんよ。ここにいる皆さんは善良な方ばかりですから」
「ですが、閉じ込められてしまった上に食料が」
「食料はなんとかなります。岩も数日中に取り除きますよ」
「……そうですか」
「はい。だからご安心を。肝心のリイトン様が来られなかったのは残念ですが、まあ、このようにトラブルだらけの宴も一興でしょう。生涯、話の種になる」
と言うと執事は微笑んだ。眼帯姿で歴戦の勇士ぽかったが、その笑顔は案外、可愛らしかった。
執事の宣言通り、その後、殺人鬼がやってきたり、死体が発見されるようなことはなかった。
そもそも大岩で塞がれたが、大岩などフィルにとっては障害物にもならない。脱出しようと思えば《飛翔》の魔法を使えば済む話なのである。
というわけで翌日、晴れるとフィルは大岩のところまで向かって、ひょいと岩をどけた。
あまりにもあっさりしているので、昨日、真剣に悩んだセリカがアホの子のようだった。
ランスロート伯も、「だから気にするな、と言ったろ」と苦笑いを浮かべていた。
その後、昼食を食べるとモルネット男爵邸での宴は終る。
昨日、あれほど惨殺事件! と騒ぎ立てたエルフの男も通常営業だった。なんでもひとり真剣なセリカをからかいたかったらしく、話を合わせたらしい。
――やはりこの場で一番の道化は私か、と落ち込んでいると、宴の時間は終り、それぞれ、屋敷を去って行った。
本当になにも起きず、ただ、食事をしただけで終ってしまった。
セリカはある意味、失意に沈みながら、己のアホさ加減に呆れながら、馬車に乗り込む。
途中、
「は! そういえば主催者のモルネット男爵の姿を見なかった!?」
と、これまた推理小説のようなことに気が付くが、すぐに反省する。
「……てゆうか、また勘ぐってしまった。いけない、いけない。もう、推理はしないの」
と自分に言い聞かせるように言うと、フィルがにこりとする。
「あ、セリカやっと気が付いたんだ」
平然と言うフィル。
「え? どういうことですか?」
「いや、モルネットさんが姿を現さなかったこと。結局、最後まで気が付かないのかなあ、と思って」
「今気が付きました。ですが、もうどうでもいいこと。人嫌いなのですから、姿を見せなかっただけでしょう」
「たしかに人嫌いみたいだね。だから息子さんと喧嘩しちゃったんだよ」
「息子さん? 商売を譲り渡した方のことですか?」
「そっちじゃなくて長男さんのほう」
「長男がおられたんですか」
と言うとランスロートはうなずく。
「よくぞ、気が付かれましたな、フィル殿」
「お屋敷に絵が四つあったの。ひとつはモルネットさん、もうひとつは後継者の人、もうひとりは奥さん。そして最後のひとりが――」
「家出をした次男坊、というわけか」
「うん、たぶんそう」
なんでもフィルは眼帯の執事さんと仲良くなり、モルネット家の家庭事情を聞いたようだ。
サイモン・フォン・モルネットにはふたりの息子さんがおり、ひとりは商売を引き継ぎ、もうひとりは自分の夢を叶えるために家を出てしまったのだそうだ。
「自分の夢?」
セリカは尋ねる。
「自分の芸で人を笑わせたいんだって」
「モルネット商会を手伝わずに家を出てしまったのですね」
「そいうこと。でも、モルネットさんはそれでも息子さんが大好きみたい。毎年のように屋敷に呼び出していたみたい。今年はこられなかったみたいだけど」
「どうしてでしょうか?」
「去年、また口論になっちゃったらしい。お仕事のことで。だから、今年はこなかったの。たぶん、来年も――」
――セリカは気が付く。
「もしかして、家出をした長男って、お笑い芸人のリイトンさん!?」
「正解なの。ほんとはおたふく風邪じゃないの。喧嘩をしたからこないの」
「たしかにこの前も王立劇場で喜劇を主催していました」
「そうなの」
「でも、モルネット男爵とリイトンさんが親子というのは推測では?」
「推測だけど、ふたりはよく似ているの」
フィルはリイトン主催の喜劇に書かれた彼の似顔絵と、モルネットの肖像画を思い出す。
子供時代の肖像画しか残されていなかったが、彼が成長すれば現在のリイトンになるような気がした。
と述べると、ランスロートはうなずく。
「さすがはフィル殿だ。極小の情報からすべてを推察する。名探偵のようだな」
と言うとランスロートはネタバレをする。
「実はワシはサイモンのやつからすべてを聞いている。だが、ふたりには詳細を話さず、サイモンの気持ちに気が付くが様子を見ていた」
「わたくしは常に道化を演じ続け、フィル様がことの本質を見抜いていた、ということですね」
吐息を漏らすセリカ。
「結果だけ見ればそうなるが、侯爵家の末娘は優しい。王都に帰ったらふたりでリイトンを説得し、父親と和解させるだろう」
「…………」
無論、そのつもりだ。とゆうか、フィルがその気まんまんだった。
なんでも美味しい料理を振る舞ってくれたお礼をしたいらしい。
それに親子が喧嘩するのはよくないことだと断言する。
「ボクもじいちゃんと喧嘩することがあるの。三日、口をきかなかったことがあるけど、じいちゃんはしょんぼりしていたの。きっと、モルネットさんはしょんぼりしているの。何年も息子さんと会わなくて」
「ですね。家出はしましたが、一度は和解した息子さんとまた喧嘩するのはきっと不本意なはず。リイトンさんも後悔しているはず。ここはわたくしたちが仲立ちしましょう」
と言うとふたりは馬車でそのままリイトンの劇場まで乗り付け、リイトンを丸太に縛り付けた。
フィルは厭がるリイトンをそのまま投げつける。
キラン!
と消える大木。フィルの投げた丸太はそのままモルネット家に到着するはずである。
ちなみに王都に続く道は再び閉鎖しておいた。大岩でトンネルをふさいでおいたのだ。
これで強制的にモルネット男爵と息子のリイトンは一週間は同じ屋敷で暮らすことになる。
そこで互いのわだかまりが解ければいいが。
親子水入らずで話せればいいが。
そんなことを思いながら、フィルは学院に戻り、日常へ帰った。




