ザンドルフ流人間高射砲
王様と軍議を済ませたフィルは自分の部屋に戻ると、大きなため息をつきながら、ベッドに寝転がった。
これからの苦労を思って吐いた溜め息ではない。フィルの中の作戦を話すのに疲れたのだ。
「ふー、プレゼンは大変なの」
爺ちゃんはこれが苦手で組織というやつに属していなかったらしい。組織というものは全体が納得する作戦を立案しないと行けないのだ。
それには作戦内容を話し、相手に納得してもらわないといけないのだが、それが骨の折れる作業だった。
フィルはベッドに寝転がる。すると「にゃー」と鳴きながら白い猫がフィルの胸の上に乗る。「お疲れ様」と言っているようであった。
白猫セリカは猫になってもフィルの心配をしてくれる優しいお姉さんであった。
改めてセリカの優しさに感謝すると、抱きしめ、もふもふ感を味わう。フィルのなで方が上手いのだろう。セリカもとろんとした目をしていた。
そのように時間を過ごしていると、客間のドアを叩く音が。
やってきたのはフィルをこの席に連れてきたケットシー、ポペットだった。
やってくるなり、ポペットは心配げに言った。
「フィル様、そろそろ時間ですが、本当にコボルトをアビシニアンから追い出せるんでしょうか」
心配性のポペットは繰り返し尋ねてくるが、彼を安心させるため、「よゆーよゆー」と言うと、彼を連れて外に出た。
「そろそろ作戦時刻なの。作戦を実行するには大量の木が必要なんだけど、ここから東に行ったところに森があるんだよね?」
「はい、王家の森があります」
「巨木はある?」
「いっぱいあります。王家の家具を作るときのみ使われるため、千年樹がいっぱいです」
「それはいいの」
と言うとフィルはセリカを頭の上にちょこんと乗せ、その森へ向かった。
森は馬で数時間のところである。フィルは颯爽とキバガミに跨がりそこに向かった。
キバガミはここが出番とばかりに張り切ってくれる。
「ケットシーの国の辺りからおれの出番がなくて寂しいです」
「キバガミはいてくれるだけで嬉しいの」
思う存分、背中のもふもふ成分を吸収する。
ちなみにケットシーのポペットは馬で併走している。馬といってもポニーだが。
このようにしてひとりと三匹が王家の森にやってくると、フィルはさっそく作戦を実行する。
「じゃじゃーん! ザンドルフ流人間高射砲!!」
フィルはそう言うと木を切り始める。
手刀でばっさりと。あるいは風の魔法で。何本かまとめると、手前にあるものから順番に担ぐ。
そしてそれをなんの遠慮もなく投げる。
「なんですとー!?」
と目を見開いて驚いているのはポペットだけだった。
白猫セリカと狼のキバガミは平然としている。
ポペットは突っ込む。
「てゆうか、なにを冷静に見ているのですか、フィル様があんな怪力を見せているのに」
「あんな怪力と言われてもなあ」
というのがキバガミの率直な感想であり、「にゃ」と肯定するのが白猫セリカだった。
ふたりにとってこのような光景、日常なのだ。
ポペットは開いた口が塞がらない顔をしながら、フィルを見つめる。
彼女は淡々と木を投げていた。
自身の数倍もある巨木を軽々と担ぎ上げると、それをひょいと投げる。
フィルが投げた巨木は一瞬で空の彼方へ消えていく。
その速度は凄まじく、気が付けば「きらん!」となっているほどであった。
それをよどみなく、何度も繰り返すフィル。
巨木はすべて同じ角度、同じスピードで飛んでいく。
つまり同じ場所に着弾すると言うことだ。
この巨木はすべてコボルトが支配するアビシニアンに着弾しているのだろうか? そう問うとフィルは「そだよ」とあっけらかんと言った。
「この速度でこの質量の木が何本も飛んでくれば城塞はガタガタなの。それにコボルトたちも大混乱すると思うの」
それはたしかだろう。今頃、コボルトたちはこの『天災』に大慌てのはずだ。
取るものも取りあえず、巨木の嵐から避難していることだろう。
そんなときにケットシーの軍隊がやってくれば、さしものコボルトたちも総崩れになるはず。
というのがフィルの考えた作戦であるが、その作戦はぴたりと成功する。
同時刻、ケットシーを率いて攻め入った王は、混乱するアビシニアンを見事奪還したのだ。しかもそのとき、敵のコボルトの大将を捕らえることにも成功したという報告がやってくる。
「す、すごい、これが大賢者フィル――」
ポペットは自分が連れてきた少女のすごさを改めて実感すると、自分の目に狂いがないことを喜んだ。
このようにしてフィルは人間高射砲となり、ひとりで戦局を打開するという難事を成し遂げた。
巨木を高射砲のように投げまくって敵の防御陣地を破壊したのである。
その姿はまるで戦女神のように勇壮であったが、やはりフィルは優しい子であった。
王が帰ってきて真っ先に聞いたのは、高射砲による死者の有無だった。直接的な死者はゼロと聞くと、心の底から嬉しそうに微笑んでいた。
ケットシーの王が帰ってくると、彼は捕縛していたコボルトの王に強制する。
「二度とこの王国を攻めないこと。占領地からも速やかに去ること」
巨木砲の威力をまざまざと見せられたコボルトの王は譲歩するしかなかった。
数日以内に妖精の国から引き上げる旨を伝える。
ケットシーの王は嬉しそうにうなずくが、もうひとつ要求をした。
それはコボルトの秘宝を渡すことだが、それもコボルトの王は承知した。
「いいだろう、俺の身代金代わりだ」
と言うと部下にコボルトの首輪を持ってこさせると、それをケットシーに渡した。
このようにケットシーとコボルトの間で休戦協定が結ばれた。
万事めでたしであるが、フィルにはまだやることがある。
ケットシーの王から首輪を受け取ると、それをセリカにかざす。
フィルの見立てでは首輪にはめられた鉱石を太陽にかざし、太陽光線を凝縮することで魔力が発動するタイプのアイテムに見えた。
フィルの見立てはぴたりと当たる。
宮殿の天窓から漏れ出る光を吸収した首輪の宝石は、強大な魔力を放ち、セリカを包む。
その魔力を受けたセリカの身体から、毛が抜け落ちていく。徐々に巨大化していく。
やがて人の形になると、ケットシーの侍女たちが集まり、布を掛ける。
その姿を見たフィルは、満面の笑顔を浮かべながら言った。
「セリカ! おかえりなの!」
セリカも同様の笑顔で返す。
「フィル様、ただいまでございます」
そう言うとふたりは抱きしめあい、再会を喜び合った。




