マイケルにお仕置き
ケットシー王国の王子様が用意したネコネコの実を飲まされ、猫になってしまったセリカ。
彼女は真っ白な毛並みが素敵な上品な猫になっていた。
「セ、セリカ!?」
と白猫に近寄ると抱きしめるフィル。
「にゃにゃー!?」
と暴れたのはフィルが嫌いなのではなく、彼女の馬鹿力が痛かっただけなのだが、そのことも伝えられない。
「ふにゃーん……」
言語能力が失われたことに気が付いたセリカは落ち込んでいる。がっくりと肩を落としているが、その姿があまりにも愛らしくてフィルは忘れそうになる。マイケル王子がフィルに毒を盛ろうとしたことを。その毒を間違ってセリカが飲んでしまったことを。
(……これは怒ってもいいやつだよね)
フィルはセリカに視線を送って確かめる。彼女は小さくうなずく。
次いで案内人のポペットを見るが、彼もこくりとうなずく。
いくら王子様とはいえやっていいことと悪いことがあるのだ。
そう思ったフィルはマイケルの襟首を掴む。
「ふにゃ!? なにをする!?」
「マイコォ! 君はお父さんとお母さんにやっていいことと悪いことの区別も教えてもらわなかったの?」
「王国の王子はそんなことは教わらない。生まれてすぐに乳母に引き渡されるからにゃ」
「そっか……」
フィルは悲しげにつぶやくと言った。
「だからそんな悪い猫さんに育っちゃったんだね。だから善悪の区別も付かないんだね」
「善悪にゃど知らん。僕はただ可愛いお嫁さんがほしいだけにゃ。ごろごろと喉をなでてくれる女の子がほしいだけにゃ」
「そんな子、どこにもいないよ」
「ここにいるにゃ! フィルよ、ボクのお嫁さんになるにゃ!」
「それはできないよ」
「どうしてにゃ!」
「ボクは君の玩具じゃないからだよ」
と言うとフィルはマイケル王子の襟首に力を込める。ぐるんぐるんと回転を始める。その速度は凄まじく制止しようとする王子の部下たちをふっ飛ばす。
ぐるんぐるん!
勢いよく対猫用ジャイアントスイングをかます。
あまりの速度、あまりの勢いに王子は一分も経たずに音を上げる。
「ご、ごめんなさいなのにゃー! もう、絶対に悪いことはしないので許してくださいにゃ!」
「それはいいけどセリカを元に戻す?」
「そ、それはできないのにゃ」
「あっそ、じゃあ――」
と速度を早める。
マイケル王子は白目をむきながら言う。
「ち、違うのにゃ。意地悪で言っているわけじゃないのにゃ。単純にセリカさんを元に戻す方法を知らないだけなのにゃ」
「…………」
フィルはじっとマイケルの言葉に耳を傾けるが、嘘をついている様子はない。
しかもかなり後悔しているようで涙どころか鼻水まみれである。
可哀想――。
と思ったフィルはそろそろ彼を許してあげることにする。
フィルはさらに回転を早めると「うりゃー!」という掛け声とともに王子を離す。
「ふにゃー!?」
と王子は失神するが、それを確認するとフィルは最大速度で王子の裏に回り込み、壁に激突する前にキャッチする。
その素早さは神がかっていたが、抱きしめたマイケル王子は泡を吹いて倒れていた。
それを見て近習の猫は腰から剣を抜く。セリカとポペットは、「にゃにゃ!!」と構えを取るが、それをそれらを制止したのは、奥の間からやってきた人物だった。
マイケル王子よりも立派な王冠をかぶった老齢の猫だった。マントも着けている。
「国王陛下!?」
周囲の兵は直立不動で彼を迎えるが、国王の第一声は彼らを責めるものだった。
「お前ら! いい加減にせんか! このお方たちは我らをコボルトから助け出してくれる英雄ぞ!」
「は!」
次いで気絶しているマイケルを見ると、
「なんと情けない」
と言う。
「気絶することもだが、恩人に牙を向けるところもだ。いつから王室は恥知らずの巣窟となった!」
それには王子の近習たちも返す言葉はなかった。
なにせ王子よりも偉い王が深々と頭を下げてきたからである。
「……フィル様、このたびの一件、すべてはこちらの不手際です。セリカ殿は必ず元に戻しますのでお許しを」
その言葉を。その誠意を聞いたフィルは満足するとうなずく。
セリカを抱き上げると言った。
「猫のセリカも可愛いけど、このままだと一緒に学院に通えないの。早く治してね」
「ははっ」
と言うと、周囲のもの全員が頭を下げてきた。
セリカ猫化事件はこうして収まった――わけではないが一区切り付く。
マイケル王子は王冠を取り上げられ、幽閉された。皇太子位を剥奪されることはなかったが、それでも国王の小言を何時間も受け、精神的に参っているとのことだった。
深く反省しており、もう二度と小細工は弄さないという。
こうなると多少同情心も湧くが、問題なのはマイケル王子の今後ではなく、セリカの今後だった。
どうやってセリカの猫化を解くかが目下の問題だった。
フィルは王様に尋ねる。
「おーさま! どうやったらセリカは治るの?」
国王は困った顔をすると、老大臣に尋ねる。彼は身体を震わせながら話す。かなりのご高齢のようだ。
老猫はぷるぷると震えながら伝承を語る。
「愚かな王子に白き猫にされた美姫、コボルトの秘宝を胸にし、元に戻る」
そんな昔話がありますじゃ、と老大臣は言った。
「それってつまりコボルトを倒せしてお宝を奪えばいいってこと?」
「そうなりますの」
それを聞いた国王は、「むむぅ」と唸る。
「それは難しいような」
「どして?」
フィルはきょとんと尋ねる。
「無論、コボルトは不倶戴天の敵、必ず討ち果たさねばならないやつらではあるが、その勢力は強勢。ケットシニアの軍勢は歯が立たぬ」
「そうなの?」
「そうなのだ。実は南方の拠点、アビシニアンを奪われて以降、劣勢に立たされている。今ではこの王都ケットシニアを守るだけで手一杯」
「なるほど」
「せめてアビシニアンを奪回できれば、形勢は変わるのだが」
「へー、そうなんだ」
「うむ、西方の諸都市と連携が取れるようになり、反転攻勢に出られる」
「じゃあ、僕がそのアビシニアンを落としてくるよ」
その言葉を聞いた国王は、きょとんとする。
「――フィル殿、今、なんと?」
「アビシニアンを落としてくるよ、僕ひとりで」
その言葉を聞いた群臣は「ええー!?」と驚愕する。
ポペットですら、
「そんなこと無理ですよ」
と止める。
フィルは平然と言い放つ。
「いいからいいから、すぐにコボルトたちをアビシニアンという街から追い出すけど、王様は軍隊を率いて追撃して」
「それは可能だが」
「ちゃんとコボルトの秘宝を奪ってね。あと、アビシニアンは景気よくぶっ壊してしまうけど大丈夫?」
「それも可能だ。そしてアビシニアンにはケットシーは住んでいない。だから破壊しても大丈夫だが」
――しかし、どうやって? と不思議がる王様の猫耳に耳打ち。
王様の猫耳がぴくぴくと動く。
フィルの作戦を聞き終わった王様は、「にゃんですと!?」と全身の毛を逆立てる。
「そのようなことが可能なのか?」
「可能可能。僕は大賢者の孫娘だから」
フィルはそう言うとウィンクをし、周囲のものを安心させようとした。
しかし、可憐な少女がウィンクをしたところで、信頼感を得られることはなく、皆、不安そうな顔をしていたが。
それでも国王を始め、ケットシニアの重臣たちは動いてくれる。
「救国の英雄、大賢者のフィル様がやると言っているのだ! 城下から兵を集めよ。西方の諸都市に布告を出せ!」
このようにフィルのアビシニアン攻略が始まる。




