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コルセット再来

 ケットシニアは想像したよりも壮大な都だった。


 石畳があり、石造りの建物もある。王宮も遠くから見ても立派だった。


 セレスティア王国の王都には敵わないが、それでもそこらの人間の街よりは立派であった。


 ただ、人間の街と大きく違うのは、いたるところに木が植えられていることだろうか。


 猫は木登りが好きなので、いたるところに配置し、ベンチ代わりにしているようだ。


 それに爪とぎにも活用されていて、ほとんどの樹が裸になるまで剥けていた。

 あと砂場が多いことも目立つ。皆、そこで用を足し、砂を掛けていた。

 その辺が猫らしかったが、あとは人間の街と基本は変わらない。


「へー、ここがケットシニアかー。いろんな猫さんがいるね」


 フィルは素直な感想を口にする。

 セリカも首肯する。


「そうですわね。短毛種に長毛種もいます」


「あ、あの白猫、セリカの家の猫さんぽい」


「本当ですわね。もしかしたら親戚かも」


「かもね」


 ふふふ、と笑いが漏れるが、そのようなやりとりをしていると、王宮に連れて行かれる。


 王宮に案内されると、まずは客間に通される。

 そこで着替えるように指示される。

 人間用の綺麗なドレスと、長靴を用意される。


「長靴は当然のような気がしますが、人間用のドレスもあるんですね」


 と侍女の三毛猫に話しかけると、彼女は説明してくれる。


「稀にこの妖精界にも人間が舞い込みます。大抵、技能を持っていたり、勇敢な戦士だったりするので、おもてなしするのがこの国の伝統になっているんですよ」

「なるほどね。普通の方々はこないのですね」


「ええ、まあ、基本的には」


 と言うとフィルはすっぽんぽんになっていた。

 ドレスを着たくてうずうずしているようだ。

 お、これは女の子らしさが目覚めたか、と思ったら違った。


 なんでもフィルはドレスを着ると美味しい料理が食べられると思い込んでいるようだ。


 前回、セリカの実家で行われたパーティーのことを覚えているのだろう。


 お城で催される夜会には美味しい料理は付き物だから、それは間違った考えではないのだが、いささかパブロフの犬的過ぎるのではないかと思った。


 まあ、それでもドレスを着るのを渋られるよりはいいか、と自分を納得させると、猫の侍女と共に着付けを行う。


 いや、その前にドレス選びか。


 フィルにはお洒落する喜びを覚えてほしかったので、十着ほどあるドレスの中から好きな物を選んでもらう。


 彼女は素っ裸で「うーん」と悩むと、ひまわり色のドレスを選んだ。

 シンプルだが素敵なデザインのドレスだった。

 なぜ、そのドレスを選んだのか、尋ねたらフィルはにこりと言う。


「お日様みたいな色をしてたから!」


 と。


 たしかにお日様の色にも見える。フィルの髪はお月様のような銀髪であるが、その存在感は太陽のようなのでとてもよく似合った。



 三毛猫の侍女とふたりがかりでフィルにドレスをまとわせる。


 三毛猫の侍女は人間の娘にコルセットやドレスをまとわせるのになれていなかったので、セリカが手伝うことになったのだ。


「ケットシーのお姫様は長靴を履かせるだけでいいから楽ですわ」


 とは侍女の言葉。まあ、たしかにケットシーの雌雄の違いはよく分からない。希に女の子がリボンをしているのでそれで見分けるしかない。


 ちなみに彼女はリボンをしていないが、すぐに女の子と分かった。

 そのことを口にすると、フィルは「まぢで!?」と驚く。


「なんで分かるの? いつの間にかパンパンしたの?」


「パンパンもパフパフもしていませんよ。声で分かるじゃないですか」


「王立学院には女の子みたいな声の男の子もいるよ」


「たしかに声変わりしていない男子もいますね。しかし、この侍女の方は確実に女の子です。しゃべらなくても分かります」


「なして?」


「だってこの子は三毛猫じゃないですか。三毛猫は基本的に女の子です」


「まじで!?」


 驚愕の表情を浮かべるフィル。三毛猫の侍女はよくご存じですね、と微笑む。


「遺伝子の法則の授業で出てきますよ。三毛猫の九九パーセントは雌なのです。雄の三毛猫はほとんど生まれない」


「へー、そうなんだ。どして?」


「さあ、それは知りませんが、雄の三毛猫は珍しく、王侯貴族の間で珍重されています」


「まじかー。雄の三毛猫を見つければ高く売れるんだね」


「そうですね」


 と言うとセリカは侍女に心当たりがいないか尋ねる。


 侍女は、

「残念ながらこの王国にはいませんわ」

 と言うとフィルに足を掛け、コルセットで縛る。


「ふぎぎぎー」


 と痛みを覚えるフィル。彼女は本音を漏らす。


「……ドレスは嫌いじゃないけど、これは大嫌いなの」


「がんばです、フィル様」


 と言いつつセリカも思いっきりコルセットを絞るのを手伝う。


「ひぎぃい、セリカまで!?」


「これは愛の鞭です。淑女たるもの、コルセットの締め付けに耐える精神力を持たねば」


「……永遠に淑女になれそうもないの」


「大丈夫です。前回より青ざめていません」


 と言うとコルセット装着作業はすぐに終わる。


「なんでこんな苦しい下着を装着するの? 修行なの? 苦行なの? 悟りを開くの?」


「そうではありません。これは女性をより美しく見せる器具なのです」


「美しく見せる器具?」


「そうです。基本的に殿方はぼんきゅっぼんが好き」


「ぼんきゅっぼん?」


「胸が大きくて、ウエストが細くて、お尻がでかい女性です」


「なにそれ、みっつも欲張りなの」


「そうですね。殿方は欲張り。その欲張りに応えるために開発されたのがコルセット。これでお腹を締め上げて胸に肉を渡らせれば、あらふしぎ、誰でもぼんきゅっぼん」


「ふーん、面倒くさいね」


 と言うフィルにささっとドレスを着せる。

 本当に面倒くさがってドレスをまとわないと言い出す前に。

 三毛猫の侍女がファスナーを上げると、ドレスアップは完了。


 フィルは「わーい」と喜びながら部屋を走り回ろうとするが、ドレスアップが終わっても淑女にはやることがある。


 そのことを伝えると、フィルは「ほえ?」という顔をしながら、「野球?」という異世界の遊びをやるのかと口にした。


「淑女は野球などしません」


 と言うとセリカと侍女は、にたりと笑みを浮かべて化粧箱を手にする。


「……げ」


 という表情をするフィル。これからなにをされるか把握したようだ。


「メイクアップは淑女のたしなみです」


 と言い切るセリカだが、フィルは化粧が苦手だった。先日のミスコンでも施されたが、顔に落書きされるのはこそばゆい。


 それに化粧というのはどうも匂いがいけない。

 山にはない匂い、あるいは山にある花々の匂いを煮詰めたような匂いがする。

 嗅覚が犬並みであるフィルにはそれが辛かった。


 辛かったが、今は我慢するしかない。夜会というやつが始まれば、あるいは終われば、そのご褒美として美味しいものを山のように食べさせてくれるのを知っていたからだ。


 こういうのを、

「嵐の前の静けさっていうんだよね」

 と、得意げに言うと、セリカは違います、と断言する。


 しかし、くすくすと笑いながら、

「ある意味間違っていないかも」

 と言う。


 ちなみに正解は、

「一時の我慢」

 だろうか。


 他にも適切な言葉はあるかもしれないが、ともかく、セリカはフィルに耐えることを覚えてほしかった。


 フィルもいつかは女王となり、このような席に連日のように出席することになるだろう。


 そのとき、集中力をなくし、パーティーにやってきた人々をおろそかにしたり、あるいは無礼を働いてほしくなかった。


 だからセリカはなるべくこのような席に連れていき、将来に備えているのだ。

 セリカは改めてフィルを見る。


 夜空に銀を溶かして紡ぎ上げたかのような銀髪、宝玉のように綺麗な瞳、しなやかな肢体にはあどけなさが残るが、とても綺麗だった。


 何度見てもその美しさに嘆息しか出ない。

 まるで銀河に鎮座する星々の女王のような美しさを誇っている。


 それは他種族、ケットシーの娘も同様に思ったらしく、彼女もフィルの美しさに感嘆していた。

 このようにフィルのドレスアップタイムが終わると、セリカもさくっとドレスに着替える。


 フィルにコルセットを締め上げてもらうと、内臓が口から出てしまうので、侍女に頼むが、彼女はこころよく引き受けてくれた。

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