マイケル王子の求婚
「にゃ、にゃんですと!? 僕のお嫁さんにならないだと?」
フィルを自分の後ろに隠すとセリカは断言する。
「しません、絶対に」
「僕はこの国の王子だぞ?」
「王子だろうが王だろうが駄目です」
「僕はこんなに可愛いぞ?」
にゃん、とポーズを取る。
「うちの家の猫のほうが可愛いです」
「け、毛繕いも上手いぞ」
毛繕いをするマイケル王子だが、セリカは呆れながら言った。
「……妖精の国の人間になら言ってもいいからいいますが、フィル様はセレスティア王家の娘なのです。次期女王なのです」
「にゃんと!」
一同は驚く。ただ、ここで「ははー!」とひれ伏すことはなく、逆に身分が釣り合って良かったにゃ、となる。
なんと楽天家な一同なのだろうか。まるで猫のようである。いや、猫だけど。
ともかく、こんな連中にフィル様は上げられないので、ポペットのほうを振り向くと、彼に尋ねる。
「ポペット、我々をこの国に連れて行きたのはコボルトを退治するためでしょう。もうすでに倒しましたが、まだ戦いは必要なのですか?」
「え、ええ。まあ、コボルトは何千匹もいますから。せめて主要都市を奪い返すまでご協力願いたいです」
「……はあ、面倒です。それでは戦争ではないですか」
「……そうなりますね」
「さすがのフィル様もひとりで戦争はできないでしょう」
ちらりと王子のほうを一緒に見ながらポペットに尋ねる。
「……やはり王子の協力が必要でしょうか」
「……兵を集めるならば」
「……ふう」
セリカは溜め息を吐くと、懐に忍ばせたカマボコを取り出し、マイケル王子に与える。
「みゃ! その白いのは!」
にゃんか、旨そう、と食いついてくる。猫まっしぐらであるが、セリカはマイケルの喉元をゴロゴロさせながら言った。
「マイケル王子、わたくしたちは異世界よりやってきた戦士でございます。コボルトを倒し、この世界を平和にしますから、どうかご協力を。――フィル様はお嫁にあげませんが」
「にゃにゃー……」
とカマボコを美味しそうに食べながら、マイケル王子は脳内に天秤を思い浮かべる。
ケットシニアと救った救国の王子という立場、世界一の美姫を手に入れる、そのどちらが嬉しいか測っているようだが、前者が勝ったようだ。
救国の王子となれば自然と国中の美人にもてると思ったようだ。
「よかろう。お前の口車に乗せられてやる」
と偉そうに同意したあとに、二個目のカマボコを所望してきた。
所詮は猫よのう、と思いながら二個目を与えるとセリカたちはマイケル王子が乗ってやってきた馬車に乗せてもらう。
連れてきた犬、キバガミも嬉しそうに乗り込もうとするが、それは侍女の三毛猫に制された。
「コボルトと犬は高貴な馬車に乗ることは出来ません」
「く、くぅ~ん」
と鼻を鳴らすが、キバガミは大人しく引き下がると、馬車の後ろを走る。健脚のキバガミならば後れを取ることはないだろう。
――問題なのは、馬車に入るなり、フィルの膝の上に飛び乗り、ごろ~んとしているマイケル王子のほうである。
フィル様は諦めると言ったあとのこれである。約束が違う、と怒りたいところであるが、フィルは「いいの、いいの」と言う。
「ボクは猫さんが大好きなの。ふさふさでもわもわだし」
と、マイケルの頭と尻尾の付け根を撫でる。そこは猫の気持ちいいポイントでもあった。
「……うーん、この娘はいいわー」
と、ご満悦である。
セリカは我慢するが、もしもこの王子が人間だったら、あるいは猫以外の種族であったら、即座にぶっ飛ばしていただろう。それくらい猫という種族はチートであった。その可愛らしい姿でなにをしても許されるのである。まったく、ケットシーという種族はずるいと思った。
そんなことを思いながら馬車に揺られる。
ケットシー王国の首都、ケットシニアは馬車で数時間ほどのところのようだ。
そこまでいって兵を集め、コボルトに奪われた主要都市を奪還する。
それがセリカたちの当面の目的であった。
目的だけ書くとまるで「戦記物」の一節であるが、馬車の中で「ニャーニャー」鳴くケットシーたちを見るととても真剣な空気は伝わってこなかった。
聞けばやはりケットシーという生き物は何百年も戦争をしてこなかった一族のようだ。
今回、紛れ込んだコボルトも数百匹程度だという。
「こっちは数千匹で迎撃したんだけど、連敗に次ぐ連敗だったんすよね」
とはポペットの言葉。
「ケットシーは基本臆病で……」
その中でもポペットは戦士の中の戦士として異世界に助けを求めに行くくらいの根性があるそうだが、ポペットのような男は数匹しかいないらしい。
そのポペットですら、かなりのびびりであることは明白であった。彼との出会いを思い出す。
セリカはマイケル王子の軟弱な姿を改めてみると、大きな溜め息を漏らす。
「この人たちの力を借りても意味はないんじゃないか」
と。
その推測はかなり正しいのだが、結局のところ、王都に向かうしかなかった。
コボルトと戦うにしても情報が不足していたからである。
それにセリカは魔術師の端くれだった。
妖精の国の王都というやつをその目に見ておきたかったのだ。
妖精の国というやつは然う然う訪れることはできない。それになによりもセリカの忠誠の対象であるフィルの表情を見るとケットシニア行きを反対することは出来ない。
彼女はマイケル王子をなでなでしながらも、時折、窓の外を見て、彼に質問をしている。
「ねー? ねー? あれはなに?」
「あれはマタタビの畑ですにゃ。マタタビ酒を作ります」
「あの変な樹は?」
「あれは爪とぎ用ですな」
「あ、鼠だ!」
「まじですか!?」
ポペットや従者たちですらそわそわし始める。
猫たちの反応はいつまで見ていても飽きなかった。
こうしてセリカたちはマイケル王子に連れられ、王都ケットシニアに向かうわけだが、そこで一騒動待っているとは、このときは想像していなかった。




