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やってきたよケットシニア

 このように準備を終えると、フィルたちは植物園に向かう。

 温室にいるはずのポペットのもとへ向かうのだ。

 温室にはポペットとアーリマンがいた。

 アーリマンは半裸の女性の絵が描かれた本を読み、ポペットは毛繕いをしていた。

 アーリマンはフィルたちがやってきたことに気が付くと、真剣な表情で言った。


「……よくぞきた。勇者たちよ」


「……格好付けてもえっちな本を読んでいた事実は変わりませんからね」


「これは女体の神秘を研究していただけじゃ。デッサンの勉強じゃよ。たまたまじゃ」


 と取り繕うが、信じているのはフィルくらいだろう。


 ポペットですら、「――このじいさん、さっきからずっとエロ本ばかり読んでた」という顔をしている。


 まったく、お盛んというか、たくましいというか、セリカは言葉と表情の選択に困ったが、それ以上突っ込まないで話を進める。


「学院長様、それにポペットさん、妖精の国に向かう準備が整いました」

「おお! それは助かります」


 切り株に腰掛けていたポペットは喜ぶと、ひょいっとセリカたちの前に立つ。


「改めてよろしくお願いします。勇者様方」


「勇者はフィル様だけですわ」


「そのフィル様の全幅の信頼を寄せている美しいご令嬢も我が国の恩人となるはずです」


「コボルトたちがケットシーの国を襲っているのですよね?」


「はい、あの犬頭人たちが我が国を侵略しています。次々に城を落とされ、王都ケットシニアまで目前というところです」


「てゆうか、何時間もこっちにいたから、すでに滅んでいる可能性も」


「それは大丈夫です。妖精界は不思議な法則で満ちあふれていて、外界に出ている物が望まなければぴたりと時間が止まります」


「なるほど、便利なものです」


 セリカは納得すると、どうやって妖精界に行くのか尋ねた。


「妖精界に行く方法はふたつあります。ひとつはびっくりするほどポタホンタス! と叫びながら空中で一二回転するのです」


「そんなことできませんよ。それになんですか、その嘘くさい台詞は」


 たしかシエラが似たような呪文を考え、セリカに叫ばせようとした記憶が。


 もしかしてこれはシエラの悪戯? そんな疑が湧いたが、フィルはそれを払拭する。



「びっくりするほどポタホンタス!」



 と両手を突き上げながら、空中に飛び上がり、一二回転を決める。


 くるくると空中で華麗に回るフィル、皆が見惚れていると一三回転目でフィルの身体がまばゆいほどに光り出す。


「お、おおー!?」


 フィルが自分でも戸惑っていると、そのままフィルの身体は消えた。


 セリカはきょとんとしながら、「まじだったんですか!?」とポペットに詰め寄るが、ポペットもびっくりしている。


「最初の方法は妖精界で古くから伝わる方法だったのですが、まさか本当に実行できる身体能力を持った人間がいるなんて……」


 誰も実行したことないんかい! と突っ込みそうになったが、セリカは冷静に問うた。


 猫の襟首を掴むと、思いっきり前後に揺らしながら、ポペットに詰め寄る。


「今すぐフィルさんの元に案内なさい! すぐに! ナウで! 秒で!」


 あまりの血相にポペットは驚くが、教えないという選択肢はない。


「わ、分かりました、それではこれを持ってください」


 とペンシル型の小道具を与えられる。


「これを持って「私を妖精界に連れてって」と言ってください」


「…………」


 それだけでいいんかい! と突っ込んだら負けだろう

 そう思ったセリカはおとなしくポペットの指示に従うと、ペンシルをかざしながら言った。



「私を妖精界に連れて行って!」



 週末、父親に遊園地や動物園に連れて行ってとねだるような感覚の台詞であるが、ポペットの説明通り、そのペンシルはセリカを妖精界に誘ってくれた。




 こんな経緯で妖精界に向かったセリカであるが、最初に目に飛び込んできたのは、妖精界独特のファンシーな生き物たちではなく、大量の血だまりだった。


「……うぅぅ」


 と漏らしているのは、痛みに耐えかねている犬頭人、つまりコボルトたちだった。

 しかもそれらは一匹二匹ではない。


 三〇匹ほどのコボルとたちが、苦痛に顔をゆがめ、血反吐を吐いていた。

 ただし、皆、生きており、命に別状はない。

 どうやらとある少女にボコボコにされたようだ。

 その少女は遠くから「おおーい!」と手を振って走ってくる。

 右手をぶんぶん回し、左手には血に染まったコボルトを引きずっている。


「フィ、フィル様、いったいなにがあったのですか?」


「なにって?」


「この光景です。まるで戦場のようです」


「戦場かは知らないけど、妖精界に落ちたらワンちゃんと猫ちゃんが争ってたの。そういえばワンちゃんが悪者だと思い出したから、とりあえずボコボコにしておいた」


 もしかしてまずかった?


 フィルは上目遣いに尋ねてくるが、セリカとしては溜息しか漏れ出ない。今さら危険なことをするなとも言えない。


 ただ、ポペットは驚いているというか、喜んでいる。


「たったの数分でこの数のコボルトたちを倒したのですか?」


「そだよ」


「す、すごい。凄まじすぎる」


「まあ、フィル様の実力ならば意外でもなんでもありませんが」


 ポペットにはその声が届かない。


「聞きしに勝る大賢者だ。これは勇者ではなく、大英雄、いや、ケットシー王国の救世主に違いない」


 いやっほー! と喜ぶポペットであるが、奥から黒い影がやってくる。


「何者!?」


 とセリカは警戒するが、フィルはのほほんとしていた。ポペットもである。

 どうやらやってきたのはポペットの仲間のようだ。

 剣に槍、盾を持ったケットシーたちがやってくる。


 白猫に黒猫、キジトラに三毛猫もいる。皆長靴を履いており、服を着ていないのが特徴だった。


「全裸に長靴~」


 とはフィルの言葉であるが、ケットシー族はそれが普通らしい。毛皮があるし、それで不自由しないのだろう。たしかにセリカの家の長毛種の猫も服を着せると厭がる。


 そんな考察をしていると、ざざーっとケットシーの兵士は展開し、隊列を組む。

 両脇にずらっと並んで、中央を開け、花道を作る。

 そこにやってきたのは侍女ふたり。

 彼女たちは籠から花びらを巻きながら進んでくる。


 その花びらを踏みしめて進んでくるのは、長靴以外も履いた猫だった。長靴にマント、それに小さな冠も付けている。


 見た目が絵本に出てくる王子様ぽかったが、その想像は正しかった。


 偉そうにやってきた灰色の猫は、「えっへん」という擬音が似合いそうなほど胸を反らしながら言った。


「我こそはケットシー王国の第一王子マイケルである!」


 アメショ柄の猫がマイケルと名乗ると、周囲の家臣と思わしき人物は平伏する。


 セリカは偉そうな猫、と思ったが、事実、偉いのだろう。この猫は未来の王様なのだから。


 しかし、フィルに助けてもらったのに、この態度はいかがなものか、と思っていると、一応礼を言う。


「そこの銀髪の娘、よくぞ僕を助けてくれた。褒めてつかわす」


「どういたしまして、猫さん」


 にっこりと微笑むフィル。


「うむ、気立ての良い娘だな。それになかなか美人だ」


「フィル様は最高の美人です」


「その娘の名はフィルというのか。いい名前ではないか」


「えへへ、どうも。本名はフィルローゼって言うらしいけどね」


「それもいい名前だ」


 と言うとマイケルはフィルの足下から頭頂を観察する。

 ふうむ、と己のあごに手を添えると、決意を固める。


「なかなかに美しい。それにとても強い。立派な跡継ぎを産んでくれそうだ」


「跡継ぎ?」


 その言葉で警戒をするのはセリカ、フィルの一歩前に出ると彼女を庇うように覆い隠す。


「よし、決めた。この娘を妃候補とする。いや、婚約者とする」


 その言葉を聞いた家臣たちは「おお!」と、どよめく。

 先ほどのフィルの活躍具合を見ていた家臣たちは、誰ひとり反対しないようだ。



「フィル様ならば強い男の子を産めましょう」

「いや美しい姫子だ」

「いっそ、両方で」



 わいわいがやがやと五月蠅いが、セリカはぷるぷると震えながら言った。


「フィル様は猫のお嫁になんかなりません!」


 その声にはマジ怒りが入っていたので、マイケルとその一行は震え上がったという。

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