ケットシーのポペット
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ケットシー――
別名、長靴を履いた猫。
二足歩行の猫の妖精、人語を解し、話すこともできる。
語尾がニャというのが特徴的の可愛らしい妖精であるが、セリカも実物は初めて見る。
ケットシーは妖精界の住人で、滅多に人間界にやってこないのだ。
なぜ、そのような珍しい妖精が、粉雪草を盗み、フィルに渡しているのだろうか。
それを尋ねようとするが、人間慣れしていないケットシーは「わにゃにゃにゃー!」と混乱し、攻撃してくる。
しかもその攻撃は妙にするどい。
俊敏で敏速、まるでネコ科の獣のようであった。
セリカの前方に放たれた爪の一撃は強力で、温室の粉雪草を見事に切り裂いていた。
ついでにセリカの頬にも一筋の傷が。
たらり、そこから血が流れる。
セリカは拭い取るが、それを見て怒ったのはセリカ本人ではなく、フィルだった。
フィルは「ゴゴゴ……」という音を立て、髪の毛を逆立てている。
「……よくもセリカを!」
やばいと思ったセリカは言う。
「フィル様、心安らかに、セリカは無事でございます」
血を拭い、自分で回復魔法を掛けるが、フィルの怒りは収まらない。
またケットシーの混乱も収まらず、手当たり次第に周囲のものを切り裂いている。
「わにゃにゃー! 犬の匂いがするー」
どうやらキバガミに恐れを成しているようだ。
ケットシーという種族自体が犬が苦手なのか、それとも彼個人の問題なのかは分からないが、ともかく、その状況は彼の立場を危うくしている。
爪の一撃が再びセリカのところにやってくると、フィルは怒りにまかせたまま行動する。
シュッ!!
と消え去ると、機敏なケットシーの後ろに回り込む。
「セリカを傷つけるものは許さない」
ゆらーりとケットシーを見下ろすと、ケットシーはぞくりと身体を震わせる。
猫としての野生の勘が死を予感させたが、すんでのところでフィルの攻撃は収まる。
都合良くセリカがカマボコを持っていたからだ。
実はセリカは長毛種の雌猫を飼っているのだが、彼女に毎朝、カマボコを与えていた。今朝も一切れ、上げたのだが、残りをポケットに入れ忘れていたのだ。
そのことを思い出したセリカは、慌ててポケットの中にある包みからカマボコを取り出すと、それをケットシーに向かって投げた。
「ケットシーさん、これを上げるから心を落ち着かせてください」
「ニャ?」
ケットシーはセリカの投げたカマボコを空中で確認する。
黒い影が俊敏に動き、空中で回転しながらカマボコを口にくわえるが、それはケットシーではなかった。
――空中でカマボコを食べたのはフィルだったのだ。
「ボク、カマボコ好きなの。東洋の料理まいうー!」
むしゃむしゃとカマボコを食べるフィルは、子猫のように愛らしかった。
その姿を見てケットシーもやっと落ち着きを取り戻したようだ。
というか、やっと目の前の女の子がフィルであると気が付く。
「あ、あなたは伝説の勇者のフィル様!」
「はにゃ?」
カマボコをもぐもぐと食べながらケットシーを見つめる。
「伝説の勇者って誰?」
「あなた、フィル様ですよね」
「そだよ。でも、本名はフィルローゼっていうらしいよ。でもフィル」
「やっぱりそうだ。実はあなたを雇うために粉雪草を毎日下駄箱に忍ばせていたのです」
「ケットシーにはそのような習慣があるのですか?」
「はい」
単刀直入にうなずくケットシー。
「ケットシーの世界では二一日連続で粉雪草を送り、相手に正体を悟られなければそのものを強制的に妖精界に転移できる秘術があるのです」
「フィル様を強制的に妖精界に誘拐するのですか!?」
「まさか。そんなことはありません。ただ、妖精界を救って欲しいだけなのです」
「救う?」
きょとんとするフィル。
「そうです。妖精界は今、コボルト族の侵攻を受けていて」
コボルトとは犬頭族と呼ばれる魔物である。やはり猫と犬は天敵なのだ。
「ケットシー王国を救えるのは、銀色の髪を持つ大賢者の少女という託宣があり、国中の戦士が該当者を探しております」
セリカは、
「大賢者、銀色の髪、少女、となるとたしかに候補はフィル様だけかも」
と、つぶやく。
「というわけで一緒に妖精界にきて頂けませんか? 強制転移ではなく、任意転移で」
「それはちょっと図々しいのではありませんか?」
釘を刺してきたのはセリカだった。
「無理矢理連れ去ろうとしたあとに、助けてくれといわれてもこちらは聖女ではないのですから」
と言うが、フィルは大聖女だった。
もぐもぐとカマボコを嚥下し終えると、
「いいよ」
あっさりと言った。昼食のメニューを決めるよりもあっさりと。
「フィ、フィル様!?」
「だって、この猫さん――ええと――」
「ポペットでございます」
うやうやしく頭を下げながら名乗る。
「ポペットか。可愛いね。――ええと、話を戻すけど、今、妖精界にあるケットシー王国は困っているのでしょう?」
「はい」
「ならば僕が助けにいってあげる」
「フィル様、駄目です」
「どして?」
「危険だからです」
「大丈夫、僕は無敵」
「はしたないです」
「困った猫を救うのは、はしたないの?」
「……王立学院はどうするのですか? 落第してしまいますよ」
「大丈夫!」
と答えたのはアーリマン学院長だった。彼は温室に入ってくると、キバガミの頭を撫でながら言った。
「妖精の世界とこちらでは時間の流れ方が違う。向こうでの一日はこっちでは一時間くらいじゃな」
「要は週末冒険可ってことだね」
フィルはにかっと微笑むと、腕をぶんぶん振る。今すぐにでも行きたいようだ。
その様子を見ている限り、フィルを止めるのは不可能なような気がしてきた。
「……ふぅ~」
セリカは大きなため息をつくと、妖精界に向かう許可を与えた。無論、自分も同行すると言う。
それを見てフィルとポペットは喜ぶが、セリカは軽く学院長を見る。
アーリマンはのほほんとひげをさすっていた。フィルを煽ったくせに彼は付いてこないようだ。その理由は、
「学院長が学院を離れることはできん。それに勇者フィルがどのように試練を乗り越えるか、興味がある」
と言う。
こちらとしては正真正銘の大賢者であり、ジョーカーのような存在のアーリマンに付いてきてもらいコボルトを蹴散らしてさっさと事件を解決したいのだが、そうは問屋が卸さないようだ。
――まったく、食えないおじいさんである。
セリカはそんな考察をすると、ポペットに温室で待つように告げる。
妖精界に行くにしても準備が必要だと思ったのだ。
セリカはフィルと一緒に寮に戻ると、冒険の準備を始めた。
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