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犯人みっけ

 フィルとシャロンの深夜の遊戯会は続く。


 ふたりでできるトランプをいくつかやると、次は学院で流行りつつあるカードゲーム。


 形はトランプに似ているが、カード一枚一枚に絵が描いてあり、強さも表記されている。一枚一枚にレアリティもある対戦型カードゲームだ。


 シャロンは「ドロー!」と格好よくカードを引くと、群青色目究極竜を召喚する。

 フィルは対抗として五枚のカードを使って召喚する暗黒生命体を召喚。


 火花が散るが、もとからカードゲームに興味がないフィルはすぐ飽きる。それに時計が深夜二時を指すと、シャロンがあくびをする。どうやらシャロンのコーヒーの効果が切れたようだ。


 それに明日も朝から早いとのこと。これ以上の拘束は可哀想と思ったフィルは、シャロンを解放すると、ひとりになる。


 シャロンは最初こそ最後まで起きていると言い放ったが、睡魔には(あらが)えなかったのだろう。自室へと退却していった。


 こうして深夜、ぽつりとフィルだけが取り残されるが、草木も眠る丑三つ時にいると世界から取り残されたような感覚を味わう。


 フィルはそれを紛らわせるため、ベッドサイドに置いておいた本を手に取る。


 この本はシャロンから借りた恋愛小説だ。恋愛に疎いフィルに少しでもその手の知識を植え付けるためになかば強引に貸し出されたものである。


 内容は敵国同士の王子様とお姫様が恋に落ちるというものだ。


 ベタな展開であるが、恋というものをよく知らないフィルは、お姫様が王子様に恋をしてそわそわするシーンよりも、王子様が悪漢を倒すシーンのほうが面白い。


「この人、つえええ」


 ひとりで悪漢三〇人を倒す王子に感情移入しながら、フィルはセリカたちとの約束の時間、午前四時になるのを待った。


 

 午前四時になる。まだ日が昇っておらず、辺りは薄暗かった。


 ただ、学院には魔力方式の松明が定間隔で設置されているから、困ることはなかった。


 それにフィルは梟のように夜目が利く。たとえ光がなくても照明系の魔法をいくつも習得しているので困ることはなかった。


 フィルはすいすいっと静かに廊下を歩くと、校舎に向かった。


 校舎にはすでにセリカとビアンカがいた。ふたりは注意深く下駄箱を観察している。


 フィルが後ろから近寄ると彼女たちは驚く。


「わ、フィル様、びっくりしました」


 と言いつつも下駄箱から視線をはずさないのは、さすがセリカだった。


「一瞬も見逃せませんからね。ただ、このようにずっと見ていると疲れます。ここは二交代制にして、常に誰か休んでいられる状態を作りましょう」


「ならばボクが代わる!」


 フィルとセリカが入れ替わると、フィルはじいっと下駄箱を見つめる。

 その集中力はすさまじい。


 セリカは声を掛けずに、水筒から温かいのみものを入れる。紅茶であるが、フィルはコーヒーがいいと言う。


「まあ、フィル様はコーヒーを飲めるのですか」


「飲める。昨日、大人の階段を上がった」


「シャロンに飲ませてもらったのですね。分かりました。では、わたくしの水筒を」

 と言うとセリカはそれを注いでフィルに渡す。


 フィルは「ありがと」と受け取ると、下駄箱から目を離さずコーヒーをずずっと飲む。


「…………」


 しばしの沈黙のあとに小さな声で、「……にがっ」というフィル。それでも大人だと見栄を張った手前、無理してすすっている。とても可愛らしく、セリカは彼女を抱きしめたくなったが、思いとどまる。


 今は見張り中、昨日のようにほんのわずかな隙を突かれるかもしれないのだ。

 そう思って、数時間、三人は黙々と監視を続けるが、ビアンカのお腹が鳴る。


 朝も早くからやってきたのでお腹が減ってしまったようだ。恥ずかしげにおなかを押さえるが、空腹はセリカも一緒、ここで朝食を取ることにする。


 ちょうど、セリカはもってきたサンドウィッチを彼女たちに渡すと、紅茶を注ぐ。


 彼女たちはそれを見張りを継続しながら食すが、セリカはその間におトイレに行く。


 フィルは「がんばってねー!」と手を振るのでセリカは恥ずかしげにそそくさと向かう。手早く済ませて帰ってくると、途中、ビアンカと出会う。彼女ももよおしたようだ。


 途中、視線を交差させるが、セリカはとあることに気が付き、ダッシュで戻る。


「やばい! フィル様をひとりにしたらとんでもないことに!」


 心の中でそう叫んだが、その叫びは現実のものとなる。


 帰ってみればフィルは夢中でサンドウィッチを平らげていた。渡した分では足りなかったのか、セリカが持ってきたバスケットをあさっている。


 当然、そうなれば視線は下駄箱から離れるのだが、セリカはフィルに注意するよりも先に下駄箱を確認する。


 すると下駄箱が開いていた。なにものかが開閉したのだ。


 そのことを告げると、フィルがびくりと動く。彼女は口にサンドウィッチをくわえたまま下駄箱に直行する。


 そこにいたのは――

 なにものでもなかった。


 すでに犯人は逃げ出したようだ。下駄箱の中には当然のように粉雪草が置かれていた。


「っく、千載一遇のチャンスが」


 セリカは悔しがるが、フィルは悔しがらない。まだ、犯人を逃したわけではないからだ。フィルは「ぴゅるー」と口笛を吹く。


 すると数秒もしないうちに遠くで遠吠えが聞こえ、それが近づいてくる。


「キバガミ!!」


 やってきたのは大きな狼だった。


「分かりましたわ。キバガミに匂いを嗅がせ、探索するのですね」


「そうなの。これも作戦通り」


 それは絶対嘘だろうと思った。フィルは単に食い意地が張って下駄箱に注意をそらしてしまっただけだ。しかし、今はそれを追求するときではない。


 セリカは、花の匂いを嗅ぎ、それを持ってきたものの正体を追う狼の背中を追う。


 キバガミは疾風のような速度で走るので、付いていくのがやっとだが、セリカは奇妙に思った。


 キバガミは学院の外ではなく、中心地に向かっているのだ。

 そこに犯人はいるのだろうか。

 セリカは犯人が誰であるか、まったく分からなくなった。

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