粉雪草
セリカたちが通う王立学院の敷地は広大である。
小国の王宮よりも広く、施設が充実していた。いくつもの棟があり、施設が散在する。
立派なのは建物だけでなく、敷地にある庭などもそうだ。
各建物には中庭があるものがある。
教室棟にも中庭があり、そこに噴水とベンチが設置されていた。
また四季折々の花々も植えられており、生徒たちの目を楽しませてくれる。
フィルが入学した頃はちょうど、ピンク色の花が咲き誇り、女の子の心を華やかにしてくれたものだ。
ほんの数ヶ月前のことを懐かしむように邂逅すると、フィルはベンチに座っているビアンカを見つめる。
相変わらずケモミミをぴんと立て、ひとり、静かにパンをはむはむしていた。
フィルは彼女を驚かせないように、遠目から声を掛けると近寄っていく。
「ビアンカー、一緒にご飯食べよう!!」
一瞬、迷惑そうな顔をしたのは、フィルの声があまりにもうるさいから。大声で名前を呼ばれるのはさすがに恥ずかしい。
しかしそれでもすぐに嬉しさが表情に出るのは、ビアンカには友人が少ないから。ひとりでパンを食べるのも嫌いではないが、この小うるさい娘と食べると一割増しで美味しくなるような気がする。
それにフィルの横にはセリカがいる。ビアンカにとってセリカは崇拝の対象。神様とご飯を食べるのはとても僥倖なことなのだ。
そのように思ったビアンカは彼女たちを快く迎え入れる。
ベンチに積もった木の葉を払うと、フィルとセリカに席を作る。
フィルが真ん中にどかんと座ると、にこりと微笑みながら言った。
「今日は、焼きそばコロッケお好み焼きパンを買ったの」
ご満悦のフィルであるが、ビアンカは驚く。
「え……あのゲテモ――、いえ、個性的なパンを買う人っているの?」
「いるよ、いるいる。毎週、水竜曜日に二個は売れるらしいの」
「……全部、フィルが買ってるんじゃ」
「そんなことはないの。それを証拠に三個目が売ってたの」
たしかに見ればセリカ様も包みを持っていた。
セリカは苦笑いを浮かべている。どうやら正常な味覚の持ち主のようだ。
敬愛するセリカが困っているようなので、フィルに忠告する。
「フィル、炭水化物に炭水化物はよくないと思うの」
「ほえ? どうして? 炭水化物はお友達だよ?」
「でも、フィルの部屋に一気にたくさんの友達がきたら困るでしょう?」
「困らない。山のみんなを連れてきたい」
「でも、百匹同時にきたら困らない?」
「それは困るかも。寮の部屋は小さい」
「そういうこと。炭水化物そのものは美味しいけど、それでも量が多いとね」
「なるほど、でも、みっつくらいなら平気!」
とフィルはさっそくパンを食べ始める。
焼きそばとコロッケとお好み焼きのパンをむしゃむしゃと。
とても美味しそうに食べる。
それを見ていたセリカはおそるおそる食べるが、特別三色パンはとても旨かった。
「――あら、美味しい」
と、つぶやく。
「でしょ、でしょ」
とフィル。
「はい、とても美味しいです。最初にスパイシーな焼きそばが、そのあとにパリッとしたコロッケが、最後にボリュームのあるお好み焼きが、とてもバランスがいいです」
「そうだよね」
はむはむ、とすでに一個食べ終え、二個目に向かうフィル。
あまりに急いで食べるので、軽く喉を詰まらせる。
セリカは慌てて水筒から紅茶を出すと、フィルに飲ませる。
彼女は「助かったの」と微笑む。
それにしてもフィルという少女はなんと食べ物を美味しく食べるのだろうか。彼女のように楽しそうにご飯を食べる人間を他に知らない。
今回はすべて植物、しかも小麦で作られたパンであるが、食べられるほうも本望であろう。そう思った。
ビアンカも似たような感想を持ったようで、微笑ましくフィルを観察していた。
彼女とは少しいざこざがあったが、今や誰よりもフィルと仲がいい。可愛い妹分のように扱ってくれていた。
姉としては嬉しい限りであるが、少し寂しくもある。
この学院にやってくる前は、姉はセリカひとり、しかし、今やフィルの姉のような存在はこの学院にたくさんいた。フィルは年少の部類だから、友達が必然的に年上になるのだ。
誰しもが彼女を愛おしく思い、彼女の助けになろうとする。
それはフィルの人徳のなせる技なのだが、初代姉としてはやはりちょっと寂しいな、そう思っているとフィルが口を開く。
「そういえば相談があるの」
セリカは食べかけのパンを渡す。
「違うの。――いや、くれるならもらうけど」
と、セリカの手にある内にパンにかじりつく。
フィルは「待て」ができない犬のような素早さでパンに食らいつく。あまりお行儀が良くないが、それは今さらなのでたしなめない。長い目を持ってみる。
さて、そのフィルの相談であるが、それは今朝方の続きであった。
「下駄箱に入っていた粉雪草の送り主を調べたいの」
「粉雪草?」
不思議に首をひねるのはビアンカ。彼女は事情を知らない。
セリカが代わりに説明する。
「実は一週間ほど前からフィルの下駄箱に毎日、一輪の花が捧げられているのです」
「一輪の花? 粉雪草ですか?」
「そうです」
その言葉を聞いたビアンカは怪訝な顔をする。
「変ですね。この時期に粉雪草なんて」
「時季外れの花なの?」
フィルが訪ねる。
「はい、かなりの。粉雪草はその名の通り冬の花。しかも、この辺ではあまり咲いていないはず」
「そうなんだ」
「それを毎日のように持ってくるなんて」
「しかも、持ってくる人は分からないの。気が付いたら下駄箱に入っているの」
「それも不思議ですね」
ビアンカは「うーん」と唸る。
「たしかに気になりますね。分かりました。わたしも調べてみます」
その言葉を聞いたセリカは微笑む。
「ありがとう、ビアンカ」
「いえいえ、お姉様、わたしも気になりますし。それではわたしはこの辺で粉雪草が咲いている場所を探します。お姉様方はその粉雪草を下駄箱に入れている人を探してください」
「そうね、分かったわ」
セリカがそう言うと、フィルもうなずく。「うん!」と元気に叫ばなかったのは、口の中にまだ特製三色パンがあったからだ。しかも彼女はまだお腹を空かせているようで、がま口と睨めっこをしている。購買部で買い足そうか迷っているようだ。セリカたちはフィルの底なしの食欲に呆れたが、まあ、食欲があるのはいいこと、と切り替えると、それぞれの場所に戻った。
ビアンカはまず図書室に行って、図鑑を調べるようだ。
セリカは軽く聞き込みに。
フィルは購買部に。
三者三様、それぞれの足取りでそれぞれの場所に向かった。




