もてもてフィル
三匹目の悪魔を倒し、ミスコンテストにも優勝したフィル。
オオカミのキバガミと獣人のビアンカも友達になったし、いいことづくめである。
ただし、男子生徒にもてるようになってしまったのが玉に瑕だが。
ミスコンでその魅力を周囲に知らしめたフィルの下駄箱には恋文が絶えない。
「君の髪は夜空に浮かぶ月、君の心は東から浮かび上がる太陽」
「君は瞳は千粒万粒の宝玉よりも美しい」
「君の心を得ることが出来れば、爵位さえもいらない」
そのように猛烈にアピールされれば、女性としては嬉しくないわけがないのだが、フィルは『まだ』女性ではなかった。
フィルは送られた手紙にすべてきちんと返信するが、どれもお断りの手紙だった。
「ごめんね、僕はセリカが好き。 にゃー 猫の絵(下手) 」
手紙の内容は一律で同じである。フィルは手紙の送り主たちも心をいちいち忖度できない。
あまりにも膨大な量が来るので細やかな対応ができないのだ。
クラスメイトのシエラいわく、
「もともとフィルさんのかわゆさに血迷ったロリコンどもだから、まともに相手をしなくていいよ」
とのことだった。
ロリコンとはなんだろう?
と思わなくもないが、セリカも似たようなことをいう。
「フィル様は今後、多くの人々を魅了していくでしょう。たしかにいちいち対応するわけにもいきますまい」
セリカがそう言うのならばそうなのだろう、と納得していたが、フィルにはひとつだけ気になることがあった。
それはフィルの下駄箱に毎朝、花を入れる人物だった。
毎朝、下駄箱を開けると、そこには綺麗な花が一輪だけあった。
フィルは首をかしげながら、もぐもぐとそれを食べる。
その姿を見たセリカが慌てて注意する。
「フィル様、はしたない。朝食を抜いてきたのですか? お腹が減ったからといって花を食べるなんて」
「ちゃんと食べてきたよ。このお花は粉雪草といって薬効があるの。それに甘くて美味しい。爺ちゃんは毎朝、煎じてお茶にしていた」
「へえ、食べられる花なんですね」
「そだよ」
「しかし、食べられる花を贈るとは送り主も分かっていますね。フィル様は花より団子タイプの女子です」
「たしかにお団子のほうが嬉しい」
「ご飯を上げるからと言われても知らない人についていかないでくださいね」
「はーい」
「しかし、それにしても毎朝、花を一輪だけ添えるなんて素敵ですね。紳士の予感がします」
「紳士かは知らないけど、誰が置いているか分からないんだよね」
「気持ち悪いですか?」
「気持ち悪くはないけど、変な気分」
フィルは煮え切らずにそう言うと、靴をはき直した。
授業開始五分前の鐘の音が鳴ったからだ。
フィルはセリカとふたり、一緒に教室へ向かおうとしたが、途中、下駄箱の中に忘れ物をしたことに気が付く。
「がま口を忘れた。てへへ……」
と戻ると、フィルは異変に気が付く。
またしても下駄箱に花が入っていたのだ。
「また粉雪草??」
花を手に取り、香りを嗅ぐが、とても新鮮な匂いがした。
フィルは考えざるを得ない。
下駄箱にある忘れ物に気が付いたのは下駄箱を背にしてほんの数秒、この花の送り主はその隙に下駄箱に花を置いたことになる。
周囲を見渡すと、下駄箱付近にはでもいなかった。真面目な生徒たちはとっくに各自の教室で席に着いている。
つまり花を置いた人物を捕捉できなかったのだ。
圧倒的動体視力と感知力を持つフィルの隙間を縫って花を置く。
そのようなことができるのだろうか。
フィルは二輪目の花をむしゃむしゃと食べると、花をくれた人物に興味を持った。
無論、それは恋などというものではない。知的好奇心だ。
フィルは最近、セリカからオススメされた本を読んでいる。
それは「探偵」と呼ばれる職業の人が、依頼人の持ってくる謎を解く、推理小説というやつであった。
本の中の探偵は、華麗に優雅に事件を解決していく。まるで相手の頭の中を覗き見ているかのように見事に事件を解決するのだ。
ちなみにその探偵小説の主人公には決め台詞がある。
「身体は大人、頭も大人! 解けない謎はこの世にない! ばっちゃんの名にかけて事件を解く!」
だったかな。
セリカは小説自体は面白いが、その掛け声がダサイといっていた。
逆にフィルは超格好いいと思っている。
感性の違いというか、珍しくそりが合わないところであるが、フィルは自分の感性を信じる。
びしっと誰もいない空間を指さすと、声を張り上げる。
「爺ちゃんの名に懸けて!」
うん、とても格好いいが、セリカが慌ててやってきた。
「どこからか苦情がきそうな掛け声です。フィル様、お控えください」
それにもうすぐ授業ですよ、と言われる。
たしかに廊下を歩く他の教室の生徒が白い目を向けていた。
セリカに恥を掻かせたくないし、担任のミス・オクモニックに苦情でも言われたら大変だ。
フィルは小走りに教室へ向かう。
「……ん?」
なにかの気配を感じたフィルはさっと背中を振り返るが、そこには誰もいなかった。
ただ爽やかな緑風が通り過ぎるだけだった。




