食券の使い道
暴食の悪魔グラトニーを倒したフィル。
結局、フィルたちはそのことを学院には報告しなかった。
もしも報告してしまえばシュリンが退学になることが明白だったからである。
悪夢から覚めたシュリンは、フィルたちに深く頭を下げ、二度と悪魔の誘惑には屈しないと誓ってくれた。
先ほども言ったが、人間は誰しもが誘惑に弱いものである。一時期、たったの一時、それに屈したからと言って、誰が批難できようか。
というわけで、フィルは、「気にしないで」と言うとシュリンを許し、なにもなかったことにした。
セリカも「それがよろしいでしょう」と同調すると、シュリンに健康的に痩せるようにアドバイスをする。
「食事を減らすのではなく、運動をしましょう。汗をかくのは気持ちいいです」
「はい」
とシュリンは素直にうなずくと、学院の部活に入るようだ。マジックボール部に入るという。
マジックボールとは、魔法使いの競技で、箒にまたがりながら、魔法を使って相手のゴールに球を運ぶスポーツである。見た目よりもかなりハードでカロリーを使うスポーツである。
「考えただけで痩せちゃう」
シュリンは「ポテトチップス」を食べながら、そう言って立ち去っていく。
……まあ、食欲があるのはいいこと、と総括すると、セリカはフィルのほうを見る。
「さて、思わぬ事態でミスコンは中止してしまいましたが、実行委員会がフィル様をミス王立学院にしたいと言っています。どうしますか」
「まじで!」
と驚くフィル。
「結局、秘宝探しはうやむやになっちゃったけど」
「たしかにそうですが、その後、参加者に聞き取り調査を行って誰がミス王立学院にふさわしいか決めたそうです。満場一致でフィル様になりました」
「まじで! そういえば僕も聞かれたような。でも、セリカがいいって答えたよ」
「ならば得票率99パーセントでフィル様になったのです。ま、どちらにしろフィル様の美しさはすべての人が認めるところ。その容姿も、心根もです」
「まじかー。まあ、みんながそう言うなら、ミス王立学院になってもいいの」
少し気恥ずかしいようだが、まんざらでもない。たぶん、美人だと認められるよりも、賞金の学食の券のほうが嬉しいように見える。
フィルはまだまだ花よりも団子の年頃なのだ。
しかし、少しだけ大人になったところもある。
翌日、フィルは実行委員会のところに行くと、ミス王立学院のトロフィーと賞状、それに学食の券をもらうと、喜び勇み、セリカのところへやってくる。
そのまま学院で一番高いレストランに行くと、
「セリカ、好きなものを頼んでいいの」
と言った。
どうやら普段、お世話になっているセリカに恩返しがしたいらしい。
その心遣いにセリカは少し涙する。セリカには子供はいないが、子供が初任給でなにかプレゼントしてくれたような心境だ。
ここで遠慮をするのもフィルの心意気に添えないので、セリカは迷った末に、ロブスターのグラタンを注文する。フィルのお小遣い一ヶ月分はする高級品だ。
さすがに少し引きつるフィルだったが、自分も同じものを注文すると、美味しそうにぱくつく。
「なにこれ、ちょーうまいの。いつものエビフライの10倍美味いの」
「10倍大きいですからね」
「うん、すごいの。毎日、ロブスターを食べたいの」
「それは王女様になっても難しいですが、なにか記念日があればまたきましょう」
「記念日、最強なの。ちなみに僕の誕生日は明日なの」
「本当ですか?」
目が泳ぎ始めるフィル。どうやら嘘のようだ。しかし、分かりやすい嘘である。セリカは怒ることなく微笑む。
「明日とは言いませんが、またきましょうか。そうですね。来週にでも」
「なにか、記念日なの?」
「はい、そうですよ。フィル様と出会ってちょうど二ヶ月目の記念日です」
「おお、もう、そんなになるのか」
「はい、あっという間でした」
「うん、今日が楽しいと、明日も楽しいの。明日が楽しいとあさってはもっと楽しいの。きっと来週はもっともっと楽しいの」
「そうですね。フィル様といると本当に時間が過ぎるのが早い。来週など、あっという間にきますよ、きっと」
「うん」
「それでは来週、またここにきますが、来週はシャロンやシエラも誘いましょうか」
「うん、あとビアンカとテレジアとローエン、それにシュリンも」
「あら、そんなに誘ったらフィル様の食券がなくなってしまいますよ」
「来週もボクのおごりなの!?」
目を丸くするフィル。その姿はとても可愛らしかったので、すぐに「冗談ですよ」と返す。
「来週はわたくしのおごりです。皆を呼んで盛り上がりましょう」
「さすがは侯爵令嬢なの!」
フィルがそう結ぶと、ふたりから笑顔が漏れ出る。
同時に笑い声も漏れ出るが、その笑い声は聞いているものすべてを幸せにする魔法のように素敵な笑い声だった。




